魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ローブル聖王国、王城の一角にある聖王カスポンドの執務室。
重厚な調度品に囲まれた室内には、大型の魔導テレビが据えられていた。
その正面のソファーには、聖王カスポンドと、その隣で背筋をぴんと伸ばして座る一人の女性の姿がある。
ネイア・バラハ――いまや聖王国を実質的に導く存在である。
彼女は膝の上で両手を固く握りしめ、瞬きも忘れて画面を凝視していた。
『アインザック探検隊 完結編スペシャル 〜深淵の守護巨獣と七色の奇跡〜』
全世界が固唾を呑んで見守るその番組は、いまや絶体絶命のクライマックスを迎えていた。
壁に縫いとめられたシズ。
その右腕を解放するため、エリスが泣き叫びながら<マジック・アロー>を撃ち込んでいる。
「わかる……わかります、エリスさん……!」
ネイアの瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「シズ先輩に魔法を向けねばならない、その苦しみ……! でも、信じるのです! シズ先輩の強さを!」
『シズせんぱーーーーい!!』
エリスの渾身の詠唱が響き渡り、放たれた<マジック・アロー>がついに岩盤を砕いた。
シズの右腕が自由になる。
太もものホルスターからハンドガンが引き抜かれ、片手で構えられた銃口が閃光を放つ。
額の紅いルビーが砕け散り、巨獣が轟音とともに崩れ落ちた。
「シズ先輩ぃぃぃぃっ!!」
ネイアは両手を胸の前で組み、天を仰いで感涙にむせんだ。
カスポンドも感嘆の息を漏らす。
「なんという狙撃……! あれほど激しく動く小さな的を、片手で、一撃とは……!」
――画面が切り替わる。
杖を放り出して駆け出したエリスが、シズの胸に飛び込んで号泣している。
シズはその金髪をぽんぽんと撫でた。
そして一円シールを取り出し、ぺたりと、エリスの額に貼り付けた。
その瞬間――。
ネイア・バラハの動きが、止まった。
組んでいた両手が、胸の前で凍りついたように固まる。
カスポンドがカップを持つ手を止め、恐る恐る隣を見やる。
ネイアの目が、変わっていた。
その目元からは光が消え失せている。目尻はきりきりと吊り上がり、黒目は針の先のように小さく縮み、その下には深い影がくっきりと刻まれている。
凶眼――父パベル・バラハから受け継いだ――あるいは父をも凌駕する、完全なる殺し屋の目。
「……あの女は、誰です」
地の底から響くような、低く平坦な声だった。
「さ、昨夜の番組にも出ていた、MHKのエリス・ヴァレンシア殿ですね」
カスポンドが努めて穏やかに答える。
ネイアは画面から目を逸らさないまま、ゆっくりと首を横に振った。
「名前を訊いたのではありません」
ギリ、と何かが軋む音がした。
「シズ先輩にとって、あの女は何なのか、と訊いているのです」
「…………」
カスポンドは賢明にも沈黙を選んだ。
「あのシールは……私とシズ先輩の、絆の証です」
ネイアの視線は、画面の中で額にシールを貼られたまま呆けているエリスに、まっすぐ突き刺さっている。
「それがなぜ……あの新参の女の額に、貼られているのですか」
画面越しに放たれる、射殺さんばかりの眼光。
「ひっ……!」
扉の脇で直立していた近衛兵が、思わず半歩後ずさる。
その鎧が、カタカタと小刻みに鳴り始めた。
ネイアは画面の中の金髪の女を、微動だにせず見つめ続けていた。
「……エリス・ヴァレンシア」
その名を、ひとつひとつ噛み砕くように呟いた。
「……覚えました」
暖かな春の夜。聖王の執務室には、凍てつく真冬の木枯らしが吹き抜けていた。