魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
新首都ノヴァリアにそびえ立つ魔導放送局「MHKビル」。
最上階会議室では、シン・ワーナベとヒルマ・シュグネウスによる定例の企画会議が開かれていた。
「――というわけでね、シン。まったく新しい産業――キャラクター産業を立ち上げることが決まったわ」
ヒルマは手元の書類を卓上に広げ、熱を帯びた声で言った。
「キャラクター産業……。それがいま殺到している問い合わせに応えることになる、と」
「ええ、その通りよ」
そしてヒルマは、国際水平分業の全貌をシンに語り聞かせた。
最も利益率の高い意匠権(知財)は魔導国が独占する。中綿の原料には、白霧の湖の周辺に自生している熱帯植物の繊維を用い、表面の布地となる綿花は、温暖な竜王国で緑ポーションを用いて促成栽培させ、同国の新たな基幹産業とする。さらに、顔の命である目玉パーツは細工に長けたドワーフ国に作らせ、それらを大量に縫い合わせる製造工程は「世界の工場」たるローブル聖王国に担わせる――。
「魔導王陛下が、なぜ一見何の利益もないように見えた南境へ探検隊を送り出し、合同調査隊の派遣を許し、そして竜王国に土地をお譲りになったのか……。そのすべてが、この『キャラクター産業』と大陸規模の供給網を創り出すために、最初から陛下が描いておられたロードマップの一つだったのよ」
語り終えたヒルマは、自らの両腕をぎゅっと抱きしめるようにして言った。
「統治評議室でその真意を知ったとき……私は全身に鳥肌が立ったわ」
シンは葉巻を指に挟んだまま、しばらく身動き一つしなかった。
やがて、灰皿に葉巻を置くと、深く、魂の底から絞り出すような声で頷いた。
「……わかる。よくわかるぞ、ヒルマ」
シンの脳裏に、決して忘れることのできないあの日――テレビ放送という概念がこの世に産声を上げた瞬間の光景が蘇っていた。
ンフィーレアが「動く写真」の構想を語ったとき、魔導王陛下は何気ない口調で「テレビ放送だな」と仰り、走査線の原理を示された。しかも、広域へ電波を飛ばすために不可欠な333メートルの塔を、新天地開拓プロジェクトが始まるよりも前に、すでに建てておられた。
あのとき、ラナーが白目をむいて卒倒し、デミウルゴスですら空から落下したという伝説の瞬間――シンはその場に立ち会っていた。
「あのお方には、数か月先どころか、数十年、数百年先の世界の姿が、すでに『確定した未来』として見えておられるのだ」
「ええ、本当にそうね……。だからこそ、現場を預かる私たちが絶対に足を引っ張るわけにはいかないわ」
震えるような畏怖と、絶対者に仕える歓喜を分かち合ったあと、シンの瞳にプロデューサーとしての猛烈な炎が宿った。
「ヒルマ。陛下が描かれたその壮大なロードマップを、より完璧な熱狂へと昇華させるため、俺から二つ提案がある」
「二つ? 言ってみて」
シンは立ち上がり、窓の外に広がるノヴァリアの摩天楼を見据えながら指を一本立てた。
「一つ目は『世界同時発売』だ」
「世界同時発売……?」
「ああ。今回、MHKやノヴァリア百貨店に届いた問い合わせは、魔導国内だけにとどまっていない。世界中から『いつ買えるのか』という悲鳴にも似た渇望の声が届いている」
シンは振り返り、強い語気で続けた。
「これほど世界が待ち望んでいるんだ。魔導国での先行発売ではなく、世界中の店舗で同じ日の同じ時刻に一斉に売り出す『世界同時発売』としたらどうだろう。当然、発売の瞬間はテレビで生中継する。世界が一つの熱狂で結ばれる祝祭になるはずだ」
ヒルマはハッと目を見張り、次の瞬間には艶やかな唇に笑みを浮かべた。
「素晴らしい案だわ。各国への事前配送などを考えたら目が回るほど大忙しになるでしょうね。でも、すべては魔導王陛下の慈悲を世界中の民へ等しく届けるためよ。エイト・リーブスの総力を挙げて、必ず成功させてみせるわ」
ヒルマが力強く頷くのを見て、シンは二本目の指を立てた。
「そして二つ目だ。『縫いぐるみ』は主に少女や女性向きの商品になるだろう。少年たちに向けた商品も、同時に作れないだろうか」
「少年向けのもの? いったい何を?」
首を傾げるヒルマに、シンはニヤリと不敵に笑った。
「思い出してみろ。あの特番で、世界中の少年たちの心を最も鷲掴みにした場面は何だった?」
「それはもちろん……古代遺跡の最深部で、シズ様が壁に張り付いたまま右腕だけでハンドガンを引き抜き、守護巨獣の額を一撃で撃ち抜いた、あの狙撃シーンでしょうね」
「その通りだ。あの狙撃はまさに世界に衝撃を与えた。放送の翌日から、ノヴァリアの路地裏では木の枝を片手で構えて『シズ先輩ごっこ』をする男の子たちが溢れ返っている」
シンは身を乗り出し、熱っぽく語った。
「そこで思い浮かんだ。シズ様のあのハンドガンのおもちゃを作れないか、とな。むろん、銃弾を発砲するような危険なものは駄目だ。だが、季節はこれから夏に向かう。見た目はシズ様のハンドガンにそっくりで、引き金を引くと銃口から勢いよく水を噴射するおもちゃ――『水鉄砲』というのはどうだろう」
「水鉄砲……!」
ヒルマの目が大きく見開かれた。
「それいいじゃない! 夏の暑さの中で水を撃ち合って遊べるなら、親たちも喜んで買い与えるし、少年たちは誰もが競って欲しがるわ! 商品名はシンプルに『シズ先輩の水鉄砲』としましょう!」
興奮冷めやらぬまま、ヒルマは頭の中で即座に生産体制を組み立てた。
「引き金の機構や、水を遠くまで真っ直ぐ飛ばすポンプ構造の設計は、バハルス帝国に依頼しましょう。そして大量製造は、縫いぐるみと同じくローブル聖王国に担わせるわ」
シンは頷くと、再び葉巻を手にした。口に含み、紫煙を吐き出す。
「それと……この新しいキャラクター産業を世界に打ち出すにあたり、シャルティア様の『ブラッド』のように、象徴的なブランド名が必要じゃないか?」
シンの問いかけに、ヒルマは長い指先を額に当てた。
「そうね。せっかくなら、あの番組を象徴する言葉で、可愛い響きの名前がいいわね……」
二人は顔を見合わせ、ほぼ同時に同じ場面を思い浮かべた。
巨獣の牙が迫る絶体絶命の瞬間、シズが無表情のままエクレアを空高く放り投げた、あの一言――。
「「でこい!」」
二人の声が重なった。
「ブランド名は『でこい』、第一弾の縫いぐるみの商品名は、『しずせんぱい』と『えくれあ』でどうかしら」
「ああ、決まりだ」
さらにヒルマは、版権管理の切り札として、商品タグに貼付する公式認証マークの仕様をシンに明かした。
モチーフとしたのは、特番のクライマックスでシズがエリスの額に貼った、あの『一円シール』である。
ただし、ただの銀色の丸いシールではない。魔導国独自の特殊錬金インクが施されており、手で触れ続けて表面の温度が上がると、銀色から眩い黄金色へと光り輝き、中央の『1』の文字の背後に魔導国の隠し紋章が浮かび上がるという、他国には絶対に真似できない偽造防止の仕掛けが組み込まれる。
「これで企画のすべてが揃ったわね。忙しくなるわよ」
「ああ、世界をひっくり返す夏にしようじゃないか」
◇ ◇ ◇
初夏のある日。
魔導国発のキャラクターブランド『でこい』がついに誕生した。
記念すべき第一弾商品である『しずせんぱい』『えくれあ』の縫いぐるみ、そして『シズ先輩の水鉄砲』が、魔導国、バハルス帝国、ローブル聖王国、竜王国、ドワーフ国の五か国で「世界同時発売」を迎えた。
発売当日の朝。
新首都ノヴァリアの百貨店前はもちろん、帝都アーウィンタールや聖王国ホバンス、竜王国の新装された大通りに至るまで、各国の店舗前には夜明け前から長蛇の列ができていた。
開店を告げる鐘が鳴り響くと同時に、人々が怒涛のように売り場へと雪崩れ込む。
「お母さん、見て! ふわふわでとっても軽い!」
「わあっ、テレビで言ってた通りだ! 銀色の『一円シール』を指で押さえて温めると……金色に光る!」
百貨店の広場では、さっそく買ってもらった縫いぐるみを両腕いっぱいに抱きしめる少女たちの笑顔が花開く。
そしてその横では、少年たちが『シズ先輩の水鉄砲』を誇らしげに手にしていた。
充分な数が用意されていたはずの初期ロットは、世界中で「即日完売」という伝説的な記録を打ち立てた。
探検隊が南境の深淵から持ち帰った奇跡は、こうして世界中を笑顔と熱狂で包み込む新たな巨大産業へと結実したのだった。