魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
「ところで、アインズ様。金貨・銀貨・銅貨は、どこでエンと交換するのでしょうか」
紙幣に描く肖像画の話が一段落したところで、アルベドが尋ねた。
(あ……銀行の話……するの忘れてた)
「銀行を設立するのだ」
「銀行……ですか」
「そうだ。銀行にはエンを預けておくこともできる。これを預金と言う」
「預ける……? どうして銀行にエンを預けるのでしょうか。自分で持っていればよいのでは?」
「長く預けるほど『利息』がつくのだ。これが預けることのメリットとなる」
――アインズが元の世界の義務教育で習った知識(預金・融資・為替)を一通り話す。
(これであとはいつも通り、デミウルゴスとアルベドがなんとかしてくれるだろ。よし、今日のお仕事終了!)
「なるほど。銀行は融資を行うことで、経済を成長させる役割も担うのですね」
「その通りだ、アルベド」
「となると、融資を受けたい者が殺到した場合は……」
アルベドが思案する顔になる。
「よくわかりんせんが、紙幣を大量に作るのでありんしょう? いくらでも作って貸せばいいんじゃありんせんか?」
デミウルゴスが眼鏡のブリッジを押し上げる。
「シャルティア、それでは駄目なのだよ」
「どうしてでありんす?」
「ふむ。デミウルゴス、わかりやすく説明してやれ」
「はっ」
デミウルゴスが立ち上がる。
「シャルティア、君が持っている武器は何かな?」
「スポイトランスのことですかえ?」
「そうだね。素晴らしい武器だ。きっと多くの者たちが欲しがるだろうね」
「何を言っているのでありんすか?! ペロロンチーノ様から授かった大切なゴッズアイテムでありんす! 譲るわけありんせん!」
「そう。非常に貴重な物だ。しかし、もしそのスポイトランスが、世界中に100万本あったとしたら?」
「……誰もほしいとは思わない、ってことでありんすか? でもこれはペロロンチーノ様が――」
「そこまででよろしい」
デミウルゴスが手で制した。
「つまりだね。多くなればなるほど、そのものの価値が下がる――ということなのだよ」
「エンも同じってこと?」アウラが屈託のない声で尋ねる。
「その通り」デミウルゴスが満足気に頷く。
「発行するエンの量は多ければいいってものじゃない。簡単には決められないのだよ」
「見事だ、デミウルゴス。私が話すよりわかりやすかったと思うぞ」
「恐れ入ります。ですが、私などアインズ様の足元にも及びません」
アインズが威厳のある声で続けた。
「お金の価値が下がることをインフレと言う。その逆をデフレと言う。今後これらの言葉は使う場面が多くなるだろう。覚えておくとよい」
「ははっ!」一同が深く頷いた。
(うん、覚えてたことちゃんと言えた。俺って偉い)
「アインズ様。銀行は複数作るということでしょうか。近くにないと不便かと」
「その通りだ、アルベド。銀行は複数作ることになるだろう。そして――」
アルベドの頭脳が高速回転する。
(利息はどうやって決める? 銀行が持つエンが不足したら? それに……)
このとき、ラナーも同じ疑問を抱いていた。
そこへアインズが次の言葉を告げた。
「魔導国中央銀行を設立するのだ」
「魔導国中央銀行……?!」
「そうだ、アルベド。いわば銀行の銀行だ」
(日銀だよね。うん、合ってる、間違ってない)
「アインズ様、その魔導国中央銀行の舵取りは誰が行うのでしょうか」
「総裁に誰を据えるか、ということだな」
数秒の沈黙の後、アインズが続ける。
「アルベドには宰相という役目がある。他の者が良いだろうな」
ぞわり……。ラナーの背中に生えた小さな翼がわずかに揺らいだ。
「銀行の銀行という役割……エン発行のコントロール……」
アルベドのつぶやきを聞いたアインズが先を続ける。
「デミウルゴスなら当然できるだろうがな」
「身に余る光栄です。ご指名とあらば、喜んでお引き受けいたします」
デミウルゴスが右手を胸にあてながら応えた。
「デミウルゴス、あなたは多忙すぎるわ。総裁を引き受けることは、逆にアインズ様にご迷惑をおかけるするのではなくて?」
もはやその言葉が決定的だと感じたラナーは、肩を震わせていた。
私がエン説明会に呼ばれた理由――そしてこの場に同席を求められた理由――。
魔導王陛下ははじめから私を総裁に据えるつもりだった……?
全世界の金貨を吸い上げ、ただの紙――紙幣――をばら撒く『世界最大の詐欺機関』の総裁に、この私を据える……?!
もし、この紙切れの信用が落ちて暴動が起きたら……そのすべての泥と責任を被って処刑されるトカゲの尻尾――生贄――となる。
そうなれば、私だけでなく、クライムの命もない……。
もはやこれはテストではなく、絶対に失敗の許されない死刑宣告に違いない……。
デミウルゴスが眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、アルベドと視線を交わし、フッと冷徹に微笑む。
ナザリックの二大頭脳が「生贄はこいつだな」と合意した――ラナーにはそう見えた。
「ラナー」
冷たく冷静な声が静かに響く。
(やはり来た……!)
「はい、アルベド様」
いつもの可憐な声を意識し、『黄金』と称えられる顔をアルベドに向ける。
「あなたは元第三王女。これまでずっとその眼で、人間の愚かな国政を見てきたでしょう」
「はい。仰る通りです」
「ならできるわね。アインズ様が仰る『総裁』の役割が」
アルベドの金色の瞳が蛇のように突き刺さる。
「もちろんです。命に代えましても、完璧な中央銀行を構築してみせます」
小さな翼を震わせながら、ラナーが平伏する。
(あー、思い出したー。俺、銀行のことよくわかんないから、頭のいいラナーに総裁のポジション丸投げしちゃえばなんとかなるかーとか思ってたんだわ)
「アインズ様。総裁はラナーに一任したいと存じます」
「アルベド。よくぞ意図を汲んでくれた。私もラナーが良いと思うぞ」
その重厚な声を聞いたラナーは、床に額をこすりつけた。
(やはり、はじめからそのつもりだった……。失敗すれば、私はクライムとともに『不渡り』として処理されるのだわ……!)
ラナーに圧倒的な緊張感と、何があろうが絶対に失敗させないという狂気が生まれた。
「ねーねー、アルベドー。『利息』とか『銀行の銀行』とかさー、意味がわかんないよー」
アウラの屈託のない声を皮切りに、皆が騒ぎはじめる。
「そうでありんす! 置いてけぼりはイヤでありんす!」
「フム、武人ニハ少々難シイ」
「ボ、ボクも、教えてほしいです!」
プラアデスたちも、全力で首を縦に振っていた。
ナーベラルはラナーをキロりと睨みつけ、
「人間ごときにアインズ様の深遠なるお考えが理解できるとは思えません」
と不満げに口をとがらせる。――ラナーはもう人間ではないが。
「そうね。難しい話かもしれないわね」
そう言いながら、アルベドが再びラナーを見る。
(痛い……アルベド様の視線が痛い)
「僭越ながら、よろしければ私からご説明させていただきます」
「そうね。総裁から、わかりやすく、説明してもらおうかしら」
そして付け加えられた一言。「私を失望させないでね」
アルベドの冷たい声もまた、痛かった。