魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Phase2-8 足りないもの

(新聞を発行する準備は整った。だが……)

アインズの意識は現実から浮遊していた。

執務室では、至高の存在の傍らに侍るにふさわしい美貌の守護者統括――アルベドが、いつものように流暢な声で政務の報告を行っている。

(何かが足りないんだよなぁ。新聞には必ずあって、今のこれにないもの……。見えている物には誰もが気づく。でも最初から「ない物」には、なかなか気づけないもんだ。うーん、なんだっけ……)

 

思考の迷宮に迷い込んだアインズの耳には、アルベドの声はもはや意味を持った言語としては届いていなかった。ただ、鼓膜――ないが――を心地よく揺らす、極上の音色として響いている。

(室内楽のヴィオラのような、深みのある音色だな。……ストラディバリウスって、確かこんな感じの響きだったっけ。聴いたことないけど)

 

現実逃避の極みに達したアインズは、つい、心の中の呟きをそのまま口から漏らしてしまった。

「美しいな、アルベドの声は……」

一瞬、執務室の空気が凍りついた。

直後、アルベドの腰から生えた二枚の漆黒の翼が、バサリと激しく天を向いて直立した。その顔は驚愕と、それを遥かに上回る狂喜に染まっている。

「ア、アインズ様……っ! いま、なんと……?! 私の声を、美しいとっ?!」

「……はっ?!」

しまった、とアインズが頭蓋骨の中で冷や汗を流した瞬間、脳内に割り込みが入った。

<メッセージ>の呼び出しだ。アインズは救いを求めるように、即座にそれを受信した。

 

『アインズ様!』

『アウラか。どうした』

『またやりました! ンフィーレアが!』

(またあいつかよ!)

 

アインズが内心で頭を抱えた瞬間、スピーカーの音量を最大にしたかのような怒声が脳内に響き渡った――。

 

――トブの大森林。

アウラの両肩をルプスレギナがつかみ、ガックンガックン激しく揺らす。

「私がホウレンソウしたかったっすぅー! 私があぁー!」

『ちょっとルプスレギナ、やめて! アインズ様とお話しできないじゃない!』

『……アウラ?』

『あっ、すみません、いまトブの大森林なんですけど……ちょっとぉ! 引っ張らないでよっ!』

「ズルいっすー! 私がホウレンソウするっすぅー!」

『だからやめてってば!』

がすっ! 「あうっ!」

『…………アウラ? ルプスレギナ?』

 

脳内で繰り広げられる、鼓膜――ないが――が破れそうなドタバタ劇。

アインズはそっと精神安定の緑の光に包まれながら、静かに告げた。

『……三人まとめて、今すぐ私の執務室へ来い』

 

◇ ◇ ◇

 

<ゲート>を通り、アウラ、ルプスレギナ、そして若き天才薬師ンフィーレアが姿を現した。

 

三人が跪くよりも早く、アインズの視線はンフィーレアが大事そうに抱えている「それ」に釘付けになった。

黒い筐体、中央に突き出た円筒形のガラスレンズ。

アインズは立ち上がり、思わず叫んでいた。

「カメラではないか?!」

「っ!?」

 

執務室にいた全員の身体が強張った。

アインズが大声を出したこと、そして、またもや彼らの知識にない「未知の単語」を口にしたことに、守護者たちとンフィーレアは畏怖の眼差しを向ける。

特にアルベドは、目を見開いてアインズを凝視していた。

(あ、やべ。またやってしまった……)

アインズは内心で激しく動揺しながらも、威厳に満ちた態度でゆっくりと椅子に腰掛け直した。

 

「驚かせてすまなかったな。皆、楽にするが良い」

「は、はっ! アインズ様、今これを『かめら』と……? まだこの世に一台しか存在しないものの正体を、一目で看破されるとは……!」

ンフィーレアが崇拝の眼差しで震えている。

(だって、どう見てもカメラじゃん?)

そんな内心を隠し、アインズは深く頷いた。

「う、うむ。まあ、そのようなものだ。……して、ンフィーレア。それが何かを説明してもらおうか」

「はい! これはいま見えている景色を、一瞬で紙に記録するものです。ドワーフたちが坑道で利用している、あの光る鉱石の性質を利用しました」

「フェオ・ライゾの坑道で、アインズ様と一緒に見たやつです」

アウラが補足する。

「なるほど、あの発光鉱石か」

「はい。その鉱石を微粉末にして混ぜたインクで紙をコーティングしました。そして、このレンズから入った光の強弱に応じて、背面にセットした『魔導電池』から『液状魔力』を霧吹きのように吹き付けるのです。すると、魔力が光の跡に反応し、一瞬で鮮明な映像が紙に定着します!」

(チェキか?! こいつ、ファンタジーの技術でチェキを創りやがったのか?!)

アインズは驚愕を押し隠し、さも当然のように言った。

「ふむ。液状魔力を単なる動力源としてだけでなく、化学反応――いや、魔力反応の現像液としても利用した、ということだな?」

「アインズ様の高度なお言葉を完全に理解できているかは怪しいですが……はい! その通りです!」

(こいつ、とんでもねえな……。いったいこの世界の文明を何世紀進めるつもりだよ)

 

 

【挿絵表示】

 

 

「アインズ様……」

不意に、アルベドが消え入りそうな、か弱い声を漏らした。

先ほどまで天を突くほどに直立していた漆黒の翼は、いつの間にか力なく垂れ下がっている。

「私には、ンフィーレアの言っている仕組みが、半分も理解できません……。守護者統括でありながら、アインズ様のお言葉の深淵に追いつけぬ己の無能さが、恥ずかしく……」

(いや、俺だって雰囲気で言ってるだけだから! 理系の知識なんてゼロだから!)

アインズは慌てて、しかし慈愛に満ちた声でフォローを入れた。

「気にするな、アルベド。仕組みを理解することと、それを統治に活かすことは別だ。我々が考えるべきは、この発明を魔導国の発展のためにどう利用するか、だ。お前にはそのための、類稀なる知恵がある」

「……! はい、アインズ様! このアルベド、必ずやご期待に応えてみせます!」

 

一瞬で元気を取り戻したアルベドに安堵しつつ、アインズはンフィーレアに向き直った。

「ンフィーレアよ。まったく、お前には驚かされる。顎の骨が外れて床に落ちるかと思ったぞ」

(アンデッドジョーク、決まったな)

アインズが内心でドヤ顔を決める中、ンフィーレアは「え? 顎が外れる? 怒らせた? それともギャグ?」と、どう反応していいか分からずギクシャクと引き攣った笑みを浮かべている。

そこへ、アウラが救いの手を差し伸べた。

「良かったね、ンフィーレア! アインズ様にそこまで褒めてもらえるなんて!」

え、あれって褒め言葉だったの? と思いつつ、「あ、ありがとうございます!」とンフィーレアがお礼を言った。

「うむ。これを『魔導カメラ』と名付けよう。量産は可能か?」

「申しわけありません。現状はまだ、僕の手作業に頼る部分が多く、量産は難しいです……」

やはりそうか、とアインズは頷いた。

液状魔力、魔導電池、そしてこの魔導カメラ。ンフィーレアという超天才のハンドメイドに依存している現状では、一般普及は遠い先の話だ。

 

沈黙するアインズの横から、アルベドが凛とした声で提案した。

「アインズ様。この『魔導カメラ』、まずは現在準備を進めている『新聞社』の記者へ、優先的に供給してはいかがでしょうか。文字だけの新聞よりも、現地の『映像』が載っている新聞の方が、愚民どもへの宣伝効果は劇的に高まるかと存じます」

(――それだ!)

アインズの脳内で、ピースがカチリと噛み合った。

新聞に足りないもの――それは「写真」だったのだ。

「素晴らしい提案だ、アルベド。実は私も、全く同じことを考えていた」

アインズはさも「最初からそのつもりだった」という風に、深く、尊大に頷いた。

「ルプスレギナよ」

「はっ!」

「量産体制が整うまでの間、魔導カメラの供給先は新聞記者を最優先とせよ。我々が見せたい真実を、民の目に直接焼き付けるのだ」

「かしこまりましたっす!」

 

こうして、魔導国の情報戦略は、一歩先へと進むことになった。

アインズの「うっかり」と、ンフィーレアの「天才」が、またしても世界を揺るがす発明を実用化させたのである。

 

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