魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
Phase3-1 属人化によるボトルネック
執務室の重厚な空気の中で、アインズ・ウール・ゴウンは暗い思考の海に深く沈んでいた。
赤い眼窩の奥の光が、不吉にゆらりと揺れる。
(恐れていた事態が、ついに現実になってしまったな)
ンフィーレアを起点とする数々の魔導技術の発明――それは、この世界の文明水準からすれば、あまりにも早すぎた「オーバーテクノロジー」だった。
液状魔力をはじめとするそれらの新技術がいかに便利であるか――新聞というメディアを通して民たちに広く知れ渡った。その結果、需要は爆発的に増大し、供給はその背中を見失うほどに引き離されつつある。
アインズの懸念は杞憂ではなかった。地中に燻っていた火種が、ついに制御不能な炎となって噴き上がったのだ。
(もはや、一刻の猶予もならん……)
魔導ボンベの普及率はまだ低く、一般家庭が液状魔力の恩恵を直接受けるには至っていない。
だが、それ以上に深刻なのは、新聞の普及に伴って発生した「写真」への異常なまでの熱狂だった。新聞記者が魔導カメラを持って取材のために街へ出ようものなら、たちまち大騒動が巻き起こる。
「おい、あれが魔導カメラか!」「見せてくれ!」「どこで買えるんだ!」「いくら出せば譲ってくれるっ?!」と、人々が血眼になって群がるのだ。
今や、街を警ら巡回するはずのデス・ナイトたちの主な任務は、魔導カメラに群がる野次馬の群れを、その巨体で物理的に押し留める「交通整理」と化していた。
かつて一国を滅ぼしかねないと恐れられた伝説のアンデッドが、民衆の整理に追われている。あまりにもシュールな光景だが、それでも日々あちこちで騒ぎが起き、魔導ボンベが設置された実験店舗にも人々が押し寄せているという。
(やはり、問題の根っこは……属人化か)
アインズは、かつての世界で嫌というほど見せつけられた、デスマーチ・プロジェクトの光景を思い出していた。
「アルベド。魔導ボンベ、魔導電池、それに魔導カメラ――それらの生産状況はどうなっている」
「はい、アインズ様。ドワーフの技術者と、我が国のアンデッドによる共同作業で生産を進めておりますが……。アンデッドはごく単純な定型作業しかこなせず、精密な調整はすべてドワーフに頼らざるを得ないため、彼らの労働力が完全に限界を迎えております」
「ふむ……」
「ただ……」
一瞬の間を置いて、アルベドがその美しい顔を曇らせ、言葉を濁した。
「アインズ様なら、すでにお見通しでしょうが。仮にそれら――魔導ボンベや魔導カメラの生産ラインを、魔法や人員補強で無理やり拡大したとしても……」
「液状魔力そのものを精製するンフィーレアが、最大のボトルネックになる、か」
「仰る通りにございます。さすがはアインズ様、すべてをご理解の上で……」
アルベドが感極まったように胸元に手を当てる。
アインズの内心は冷や汗で満ちていた。
需要に供給が追いつかないうちは、まだ機会損失で済む。だが、最大の問題はそこではない。ンフィーレアは人間だ。いずれ老い、死ぬ。彼が不慮の事故や寿命でこの世を去った瞬間、この世界から『液状魔力』というエネルギーインフラは完全に消滅する。一人の人間に、国家の基幹エネルギーを依存することなどできないのだ。
(でもなー、元の世界の自動化工場みたいなテクノロジーを、この世界に持ち込むことはできないしなー。そもそも俺、文系だし……)
「申しわけございません、アインズ様。この事態を予測していながら、事前に有効な手を打てなかった私の不徳にございます……」
「よい、アルベド。いくらお前の優秀な頭脳をもってしても、事前に手を打つことは難しかったであろう」
(まあ、俺にもさっぱり解決策なんて分かってないし……)
アルベドは申しわけなさそうに身を縮めつつも、その瞳には「それでも、至高の御方であるアインズ様なら、すでにこの窮地を脱する素晴らしいお考えがあるに違いない」という、狂信的な期待の光が満ち満ちていた。
(うわぁ、そんなキラキラした目で見るのやめて。胃が痛い。ないけど)
元の世界のテクノロジーを持ち込めない以上、この世界のルール――魔法やスキルなど――を使って、何とか「自動化」に近い仕組みを作らなければならない。
(俺にできること……死霊系魔法、アンデッド創造、使役……。ん? 待てよ? ……試してみる価値はあるか?)
かつての世界で、事務職の同僚たちが、エクセルの「ある機能」を使って業務を効率化していた光景が、アインズの脳裏にフラッシュバックした。
やや長い沈黙の後、アインズは威厳に満ちた声で、静かに口を開いた。
「アルベド。帝国から我が国に引き渡された犯罪者の中に、相応の知能を持った『知能犯』はいるか」
「はい。詐欺や横領、あるいは高度な密造に関わった者など、何名か地下牢に収容しておりますが……。彼らを何かに?」
「よし。『PoC』を行うぞ」
「ぴー、おー、しー……? それは、いかなる儀式、あるいは魔法にございますか?」
アルベドが、未知の神聖な言葉を聞いたかのように、美しい目を見開く。
「彼らを素材とし、より高い知性を持つエルダー・リッチを作成する」
「知能犯を、エルダー・リッチの素材に……?」
「そうだ。人間はどれほど優秀であっても、疲労し、精神を摩耗し、24時間働き続けることはできん。労働効率の観点からも、人間をそのまま使うのは非効率極まりない。だが……アンデッドならどうだ?」
「不眠不休、食事も休息も不要。24時間、永久に稼働し続けます」
「その通りだ。そして、そのエルダー・リッチの脳(システム)に、『マクロ』を組むのだ」
「まくろ……、にございますか?」
「そうだ。彼らの知性に、一定の調合手順や魔法処理のプロセスを『記録』させ、それを強制的に『実行』させる。通常のアンデッドでは無理だが、元の素材に高い知性があれば、あるいは可能かもしれん」
バサリ。アルベドの翼が広がる。
「アルベド。これが成功すれば、ンフィーレアの技術を、疲労を知らぬアンデッドたちが、寸分の狂いもなく24時間体制で再現し続けるようになるぞ」
アルベドは、あまりの衝撃に息を呑んだ。
彼女の脳内で、アインズの言葉が恐るべき超理論へと変換されていく。
(人間の知性をアンデッドの不滅の肉体に移植し、そこに命令式(マクロ)を書き込んで永久機関の労働力とする……! なんという恐るべき、そして合理的な発想! これこそ、神の領域に達したアインズ様だからこそ成し得る、新たなる創造の御業……!)
「素晴らしい……! あまりにも素晴らしいお考えにございます、アインズ様! すぐに地下牢から、実験体となる知能犯たちを連れてまいります!」
「うむ。手配を頼む」
魔導国の裏で、禁断の「アンデッド自動化プロジェクト」が、今静かに幕を開けようとしていた。