魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
――――――――――――――――――――――――――――――――
親愛なるバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファロード・エル=ニクス殿へ
我が魔導国では現在、新たな魔法実験を計画している。
ついては、実験の円滑な進行のため、帝国国庫より金貨30万枚を、『カリオストロ貿易商会』の帝都倉庫へ即刻運び込まれたし。
なお、本件は最高機密につき、他国への口外、および我が方への『事実確認の問い合わせ』は一切禁ずる。
もし期日までに金貨の引き渡しが確認できない場合、実験の対象を貴国の帝都へと変更せざるを得ない。
――――――――――――――――――――――――――――――――
(な……なんだ……なんなのだ、これは……!)
今朝届いた魔導国からの親書。ムラや毛羽立ちが一切ない、滑らかな手触りを持つ魔導国特産の羊皮紙を凝視するジルクニフの顔から、見る見る血の気が失せていく。
(金貨30万枚だと……? 我が国の国庫にある「有事の際の蓄え」と同額ではないか。あの化け物は知っていてこの額を要求してきたというのかっ? 我が国の軍事防衛資金を全額没収し、抵抗する牙をもぎ取るつもりかっ……!)
「……陛下、顔色が……。どうかしたんですかい?」
ジルクニフが手にしている羊皮紙を、バジウッドが横から覗き込もうとする。
我に返ったジルクニフは、とっさに親書を背中へ回して隠した。
「陛下……なにかあったんじゃないんですか? 教えてくれなきゃお力になれませんぜ」
確かにそうだ。金貨30万枚は重さにして約4.5トン。いくら皇帝とはいえ、それだけの量を動かすためには、一人ですべてを指示することなど不可能だ。
若干の冷静さを取り戻したジルクニフは、無言でバジウッドに親書を渡した。
「なんですかい、こりゃあ!」
親書の内容に目を剥いたバジウッドが大声を上げる。
こんなときは畏まった言い方をする官僚より、気心の知れたこの男がいてくれた方が、不思議と冷静になれるものだった。
「これ、どう考えたってニセモノでしょう?! あまりにもふざけてやがるっ」
「……そう思いたい。だが、よく見ろ、バジウッド」
ジルクニフは乾いた声で呟いた。
「慇懃無礼なほどの書式でありながら、その行間から滲み出る絶対的な暴力の気配。正に、あの化け物が送ってくる親書そのものではないか」
「陛下……まさか、本物だと……? なら、魔導王に直接確認したらどうですか?」
「バカ者。問い合わせるな、と書いてあるのが読めないのか」
「普通そんなこと書きますかね? 問い合わされたら困るってことは、やっぱりニセモノなんじゃないでしょうか」
「その通りだ、普通ならな。だが……万が一、万が一だ、これが本物だった場合、どうなる?」
ジルクニフは背中に冷たい蛇が這うような感覚に襲われた。
「魔導国から『兌換制度』の連絡が来てから、まだ一ヶ月しか経っていない。なぜこのタイミングなのか、怪しい点は山ほどある。……しかし、もしこれを無視した先にあるのが、あのカッツェ平野での惨劇、いや、それ以上の地獄がこの帝都に現出することだとしたら……俺は賭けに勝たねばならんのだぞ」
「ごくり」バジウッドが喉を鳴らす。帝都が、あの黒い仔山羊たちに踏み荒らされる光景が脳裏をよぎったのだろう。
「バジウッド。即刻ヴァミリネンを呼び戻してくれ。可能な限り情報を集めるのだ」
「了解です」
「それから魔法省の優秀な人間を集めろ。この親書に込められた魔力を鑑定させ、本物かどうか調べさせるのだ」
「それでしたら、フールーダに調べさせましょう。あの老人の目なら一発だ」
「いや、爺は駄目だ。決して知られぬよう最大の注意を払え」
「……魔導国に、密告するかもしれないってことですかい」
「そうだ。爺は今や完全に魔導王の犬だ。我が国が動揺している姿を見せれば、それだけでアインズ・ウール・ゴウンの思う壺だ」
「承知しました。秘密裏に動きます」
バジウッドが慌ただしく部屋を出ていった。