魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
――ジルクニフが魔導国からの親書を受け取る一週間前。
バハルス帝国の帝都、その片隅に位置する薄暗い隠れ家。
かつて宮廷魔術師フールーダ・パラダインの元で「次代の神童」とまで謳われながらも、官僚機構の再編で居場所を失った男――アルセン・ルパンティエは、卓上に置かれた「ある代物」を前に、恍惚とした笑みを浮かべていた。
それは、魔導国から帝国の最高位貴族へと、技術アピールを兼ねて贈られたばかりの『魔導カメラ』であった。
帝国の最高位貴族たちはこれを「一瞬で精緻な絵が写し出される、高価な愛玩用の魔導具」としか認識していなかった。だが、元宮廷魔導官僚であり、魔術を「情報の構築(システム)」として捉える天才ルパンティエの視点は違った。
「愚かな凡俗どもめ。これは絵の具のいらない筆などではない。対象の形状、色彩、そして表面の『構造(コード)』すらも歪みなく一瞬で切り取る、史上最悪の複写道具(スキャン端末)だ」
魔導カメラの隣には、一枚の写真。
彼が自身の地位と隠密魔術を駆使し、帝国の最厳重保管庫に潜入して「撮影」してきた代物――かつて魔導国から届いた、本物の『アインズ・ウール・ゴウンの親書』の写真であった。
ルパンティエは片目に拡大用の魔術ルーペを嵌め、親書の写真を凝視する。
「……素晴らしい。実に見事な構文(アルゴリズム)だ。一見すると慇懃無礼なほどに丁寧なビジネス調の書式。しかし、行間から滲み出る絶対的な暴力の気配が、受け手から『否』という選択肢を完全に奪い去っている。これを書いた者は、人間の心理を極限までコントロールする恐怖政治の天才か……」
ルパンティエは机の上に、裏社会のルートで大金を叩いて入手した最高級の羊皮紙――魔導国が親書に使うものと同一の羊皮紙――を広げた。そして、フールーダの研究所から盗み出した秘術を使い、アインズの持つ「死のオーラ」に酷似した微弱な負のエネルギーを、特製の魔力インクへと調合していく。
「魔導王アインズ・ウール・ゴウン。貴方はあまりにも強大で、あまりにも完璧だ。だからこそ、誰も貴方に『事実確認の問い合わせ』をする勇気など持ち合わせていない。世界最強の軍事力と、絶対的な畏怖――それ自体が、貴方の最大の脆弱性(セキュリティホール)なのだ」
ペン先が羊皮紙に触れ、滑らかな音を立てる。
偽造されるのは、帝国の国庫から金貨30万枚を指定のダミー商会へ即刻引き渡せ――という完璧なる偽の親書。
「これより、帝国史上最悪の『魚釣り(フィッシング詐欺)』を始めよう」
闇の中で、アルセン・ルパンティエの瞳が、愉快そうに細められた。