魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
「アインズ様。バハルス帝国から親書が届いております」
「バハルス帝国から? なんだろうな」
「アインズ様にお見せする前に確認しようと思ったのですが、ジルクニフ皇帝の特別な封蝋(ふうろう)がされておりまして、私はまだ中を見ておりません」
「封蝋?」
アインズの手元に届く親書に封蝋がされていたことはなく、すべて事前にアルベドが目を通していた。
アルベドは恭しく頭を下げた。
「もちろん、害意ある魔法や毒物の検知は済ませております。ただ、アインズ様が帝国に対して仕掛けられた、私どもには明かされていない『深謀遠慮』の範疇かもしれないと判断し、あえて開封を控えた次第にございます」
(いや、深謀遠慮なんてないからね! 単にジルクニフが厳重に封印しただけだと思うよ?)
「ふむ。良い判断だ、アルベド」
「恐れ入ります」
アルベドが差し出した封筒には、ジルクニフがいつも指につけている豪華な指輪――その指輪の紋章が封蝋となって形作られていた。
「パキっ」アインズが封蝋を割って一枚の紙を取り出す。
(……なにこれ……? どゆこと?)
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アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下殿
ご用命通り、金貨30万枚の搬入を完了したことを、お知らせいたします。
バハルス帝国皇帝 ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス
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アインズが下顎の骨を「ぱかーん」と開けて沈黙しているのを見て、
「アインズ様? なにが書かれていたのですか?」
アルベドが声をかけた。
アインズは下顎の骨を戻すのも忘れ、親書をアルベドに手渡した。
「え?」
アルベドは呆けたように口を少しだけ開けた。
しかしすぐに気を取り直し、冷徹な声で控えていたメイドに命じた。
「ラナーをこれへ。大至急よ」
数分後――。
「お呼びでしょうか。アルベド様」
執務室に到着し、跪いたラナーにアルベドが無造作に親書を渡す。
「ジルクニフ皇帝から届いた親書よ」
一枚の紙を手渡されたラナーは、その中身を読むと……
「はぇ?」
ラナーらしからぬ、間の抜けた声を上げた。
「魔導国中央銀行に、帝国から金貨30万枚が送られてきたのかしら」
「いいえ、アルベド様。そのような入金はございません。金貨30万枚といえば、およそ4.5トンになります。それほどのものが動き、我が国の国庫や銀行に運び込まれれば、すぐに気づきます」
「……そうよね」
二人の怪物の脳細胞が、常人には不可能な速度で火花を散らし、同一の結論へと収束していく。
「……ということは……」
アルベドの顔から、温度が完全に消え失せた。
「アインズ様の名を騙り、帝国から大金を毟り取った不届き者がいる……」
「はい。アインズ様の名を語った、国家規模の詐欺行為です」
(え? そゆこと?)
「おおお恐れ多くも、アインズ様の名を語り、詐欺を働くとはぁっ!」
アルベドの背後から、メラメラと巨大な黒い影が立ち上った――ように見えた。
いや、見えたのではない。レベル100のステータスから放たれる圧倒的な殺気が、物理的な圧力となって室内の空気を凍らせたのだ。
控えていたメイドたちは「ひっ!」と短く叫び、恐怖のあまり完全に身体を硬直させ、石像のようになった。
「アルベド様、ご冷静に」
ラナーの声に、アルベドが辛うじて殺気を収める。
「バハルス帝国がどこへ金貨を搬入したか――が書かれておりません」
「そうね。場所を特定する必要があるわ」
「そして、それをどうやって持ち去るか」
「ええ。4.5トンもの金貨をそう簡単には持ち出せない」
「だからこの時期を狙った……」
「そういうことでしょうね。犯人が兌換制度を知ることとなり、それを利用することを思いついた」
(あ、なるほどー。金貨のままだと重くて運べないから、紙幣に変える気かー)
「マネー・ロンダリング、か」
アインズにとっては、単に前世で知った言葉を呟いただけだった。
しかし、その一言に、アルベドとラナーは「ぐるんっ」とアインズに顔を向けた。
「まねー……ろんだりんぐ、ですか?」
ラナーの怪物の脳が、その未知の単語を高速で分解し、再構築する。
(マネー……資金。ロンダリング……洗浄……! なんという本質を射抜いた表現。汚れた犯罪資金を、エン紙幣という『清潔な通貨』に交換することで、出所を洗い流して綺麗に見せる。この事態を、アインズ様は一言で定義してしまわれた……!)
「まさかアインズ様は、この事態までをも予測しておられた……?」
目を泳がせながらラナーが尋ねる。
「ん? ま、まあ……そうだな。バハルス帝国はフィッシング詐欺にあった、ということだろう」
(フィッシング……魚釣り? 餌を撒き、獲物が自ら食いつくのを待つ……。相手の心理を釣る悪魔の技法……。まさに今回の手口そのもの!)
尊敬と畏怖の眼差しを向ける二人から目をそらしつつ、アインズは絶対支配者の威厳を持って言った。
「アルベド。これは非常に高度な犯罪だ。犯人の思考を読み取る必要があるだろう。デミウルゴスにも支援を仰げ」
「はっ」
「わずかであっても必ず痕跡は残っているはずだ。ドッペルゲンガー、ハンゾウなど、必要な者はすべて使え」
「御意に」
「ラナー。金貨の流れを追え。お前たちの読み通り、犯人はエンに換えることを考えるだろう」
「かしこまりました」
しかし、ラナーは考えていた。
(アインズ様のご指示はお見事だわ。でも……)
ドッペルゲンガーやハンゾウのような「表の探索網」だけでは、この狡猾な犯人にたどり着くことはできない。表の目が光れば光るほど、犯人はより深く、裏社会の闇へと潜り込んでいく――。ならば、こちらも「裏の網」を張る必要がある。
(アインズ様が自分にこの任務を与えた意図は、そこにあるはず。アインズ様は私に、アルベド様へ裏組織の投入を提案させ、表裏一体の包囲網を敷くこと――を期待されているのだわ)
「アルベド様」
ラナーは跪いたまま、隣に立つ純白の悪魔を見上げた。
「表の探索と並行して、アルベド様が管理されている『裏のネットワーク』の活用をご提案したく存じます。よろしければ、その具体的なプランを、今すぐここでご説明いたしますが……」
アルベドは一瞬、意外そうに目を細めたが、すぐに艶然とした笑みを浮かべた。
「……ええ、聞かせてもらいましょう。アインズ様のご期待に応えるためにもね」
(おお! なんか俺の知らないところで、二人がめちゃくちゃ高度な連携を始めようとしてるぞ)
アインズは内心で冷や汗を流しながらも、絶対支配者としての威厳に満ちた笑みを、その骸骨の顔に張り付かせるのだった。