魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Phase3-9 裏ルート再起動

魔導国より下された、前代未聞の「知能犯罪」への対処。

その前線基地となったのは、トブの大森林の奥深くに佇むログハウス〈深緑の隠れ家〉であった。

 

シャルティアとラナーが〈ゲート〉の向こうへと消え去った静寂の中、残された八本指の面々は、張り詰めた空気の中で机を囲んでいた。

 

「しかし、まさか、あのラナー王女が、あのようなお姿に……」

「その話はいいわ」ぴしゃりと、ヒルマが冷徹な声で制止した。

「そんなことより、今は『ネズミ捕り』の方法よ。アインズ様の名を汚したネズミを、どうやって引きずり出すか。それだけを考えなさい」

 

「伝達役としてシャドウデーモンを置いていくでありんす。何かあれば伝えなんし」

そう言い残したシャルティアの言葉通り、部屋の隅の影が、時折不自然に蠢いているように思える。その監視の気配に背筋を凍らせながらも、彼らはかつて王国の裏社会を支配していた頭脳をフル回転させ始めた。

 

「順番に整理して考えよう。……まず、犯人の目的は『勝ち逃げ』だ」

元金融部門の長が口を開く。

「金貨30万枚――重さにして約4.5トンだ。馬車を何台連ねようと、そんな大金を引きずって国境を越えれば、一発で軍に捕まる。犯人はバカじゃない。必ず、軽量で足のつかない資産に換えるはずだ」

「魔導電池に変える可能性は?」

「それはないんじゃないのん?」

元奴隷部門の長、コッコドールが、生気を欠いた顔で首を振った。

「液状魔力を再充填できるインフラがあるのは、現状この魔導国だけ。高跳び先となる聖王国や法国へ持ち込んでも、『再充填できない高級な鉄クズ』にしかならないでしょ?」

「ならば、宝石や、希少な魔法スクロールか?」

「それも限界があるだろうな。大量の宝石を市場に流せば、価格が暴落するか、裏社会に目をつけられる。やはり、最も現実的なのは『エン紙幣』への両替だろう」

元金融部門の指摘に、全員が頷いた。

「魔導国が『金兌換』を保証しているエン紙幣は、今や周辺国でも金貨と同等の価値を持ちつつある。軽く、かさばらず、他国でも使える。犯人が狙うなら、これしかない」

 

かつて互いに利権を争っていた八本指の姿は、もうどこにもない。

恐怖公の部屋という「本物の地獄」を共に生き延び、ナザリックという絶対的な暴力の傘下に置かれた彼らには、世界中のどこを探しても存在しないほどの、奇妙で強固な連帯感が生まれていた。

 

「だが、金貨30万枚を一度にエンに換えれば、魔導国中央銀行がすぐに気づく。犯人はどう動く?」

「代理人を使う。それも、互いに素性を知らない『使い捨ての末端』を幾重にも挟むはずだ」

「下っ端を捕らえたところで、犯人にはたどり着けない、か」

「拷問しようにも、下っ端自身が『上の雇い主』の顔すら知らない可能性が高い」

「それに、一人ひとり拷問してたら、時間がかかりすぎる」

「犯人へたどり着くのは至難の業、だろうな」

 

メンバーが苦渋の表情を浮かべる中、ヒルマの瞳だけが、怪しく、鋭く輝いていた。

(ラナー様は仰った。私たちの『裏社会の知識と人脈』を使え、と……)

 

かつて八本指は、帝国へも大規模な麻薬密輸ルートを築いていた。

その末端にいた帝国の密売人や闇商人、密輸業者たち。彼らの多くは、今も帝国の底辺で喘いでいる。犯人が「人手」を必要とし、かつ「足のつかない裏の換金ルート」を求めるならば、彼らに接触してくる可能性は極めて高い。

 

「下っ端を捕らえてはいけないわ」

ヒルマが不敵な笑みを浮かべた。

「捕らえれば、犯人は異常を察知してトカゲの尻尾を切り、逃げてしまう。だから、泳がせるのよ」

「泳がせる? だが、どうやって追跡するんだ?」

「ラナー様が言っていた。アインズ様の忠実なる影――ハンゾウ様の隠密能力は、この世界の常識を遥かに超えていると。そして、姿形を完全に模倣するドッペルゲンガー様の存在も」

 

ヒルマは身を乗り出し、声を潜めた。

「帝国の裏ルートを『再起動』し、可能な限り広い網を張るの。犯人の手先が接触してきたら、ハンゾウ様にその影を踏んで追跡していただく……。そして、末端の代理人が一人で行動する瞬間を狙い、ドッペルゲンガー様に『成り代わって』いただくのよ」

「成り代わる……?!」

「そうよ。末端の代理人をドッペルゲンガー様に置き換えれば、その『上』の指示役に自然に接触できる。その指示役もまた、隙を見てドッペルゲンガー様に置き換える。それを繰り返せば、犯人が築いた『代理人の壁』を内側から食い破り、最上流の犯人へたどり着けるわ」

 

八本指の面々が、息を呑んだ。

裏社会の隙を突き、ナザリックの「人外の能力」を最も効果的に組み合わせた、完璧なハッキング作戦。

「素晴らしい……。だがヒルマ、俺たちにはハンゾウ様やドッペルゲンガー様を動かす権限はないぞ」

「わかっているわ。だから、ラナー様に『嘆願書』を書くのよ」

 

ヒルマは、卓上の羊皮紙を引き寄せ、ペンを握った。

「ラナー様を通じて、アルベド様へこの作戦を提案していただく」

ペン先が滑り、ヒルマの狂信的な執念が文字となって刻まれていく。

「魔導王陛下の御名を騙った不届き者に、本当の地獄を教えてやるわ!」

 

かつての「裏社会の女帝」の顔を取り戻したヒルマの背後で、部屋の隅の影――シャドウデーモンが、満足そうにその身を揺らした。

 

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