魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Phase3-10 ハニーポットにかかったネズミ

ヒルマの嘆願書を読み、それを即座に採用したラナーの采配によって、ナザリックの恐るべき眷属たちが帝国の闇へと滑り込んだ。

 

犯人であるアルセン・ルパンティエが、安全のために幾重にも張り巡らせた「使い捨ての代理人」という名の防壁(ファイアウォール)。それは、ナザリックが誇るドッペルゲンガーたちの能力によって、内側から完全にハックされていった。

 

末端の換金役が路地裏に入った瞬間、音もなくドッペルゲンガーへと置き換わる。その上の指示役も、さらにその上の仲介人も、ルパンティエが「互いに素性を知らぬ完璧な匿名ネットワーク」と自負していた手足は、本人が知らぬ間に次々とナザリックの「のっぺらぼう」へと変貌していた。

 

そして今、包囲網は最後のミリ単位まで絞り込まれようとしていた。

 

◇ ◇ ◇

 

バハルス帝国の帝都、その最外縁部に位置する『カリオストロ貿易商会』の地下倉庫。

 

薄暗いランプの光に照らされた空間には、木箱が整然と積み上げられていた。その蓋を開ければ、八本指の裏ルートを伝って綺麗に洗浄された、魔導国発行のエン紙幣がぎっしりと詰め込まれている。

 

(ククク……ハハハハ! 魔導王アインズ・ウール・ゴウン。貴様は世界を滅ぼす武力を持っていながら、自らが作り出した「恐怖」という脆弱性に気づかなかった。誰も貴様に事実確認などできない。それ(セキュリティホール)こそが、私の最大の武器だったのだ)

 

ルパンティエは、最高級のワインを片手に、歪んだ全能感に酔いしれていた。

倉庫の周囲には、フールーダの研究所から盗み出した最高峰の「探知妨害結界」と「侵入警報」が張り巡らされている。安全確保も完璧だった。

 

「さて、明日の朝にはスレイン法国行きの馬車が出る。この金があれば、向こうでも最高位の魔導官僚として返り咲ける。私の勝ちだ」

ルパンティエは満足そうにワイングラスを掲げ、部屋の壁際に控えていた三人の部下たちに笑いかけた。

「お前たちもよくやった。約束の報酬だ、受け取るがいい」

しかし、部下たちは動かない。

歓喜するわけでも、恭しく一礼するわけでもなく、ただ無言でルパンティエをじっと見つめている。

 

「……どうした? 早く受け取れ」

ルパンティエの脳裏に、わずかな不協和音が走る。

 

その時、中央に立っていた大商人の代理人が、おもむろに自分の「顔」に手を当てた。

「ず、るり」

濡れた粘土を捏ねるような、不快で、粘り気のある音が響く。

男の顔から、目、鼻、口、そして人間らしい皮膚の凹凸が融解するように消え去り、滑らかな白い「のっぺらぼう」が現れた。左右に控えていた部下たちも同様に、自らの顔を目も鼻もない異形の怪物へと姿を変えていく。

「な、なんだ……?! お前たちは、誰だ?! 結界は……私の探知結界はどうした?!」

ルパンティエは総毛立った。

 

ドッペルゲンガーたちは何も答えない。その沈黙が、かえって異様な不気味さを際立たせ、室内の温度を急激に引き下げていく。

結界が反応しないのは、ルパンティエが見ている世界そのものが、すでにナザリックによって都合よく偽装された「サンドボックス」だからに他ならなかった。

 

「あ、ありえない……! 私の計画は完璧だったはずだ! どこで漏れた?!」

絶叫するルパンティエの背後に広がっていた薄暗い「影」から、滑り込むようにして、漆黒の装束を纏った異形の隠密――ハンゾウが姿を現した。ルパンティエが仕掛けた探知結界など、レベル80を超える忍者モンスターにとっては、何の役にも立たない。

 

「ひっ……あ、アンデッド……?!」

その時、地下倉庫の重い扉が静かに開き、二人の影が姿を現した。

一人は、背中に不吉なコウモリの翼を生やした悪魔――ラナー。

そしてもう一人は、烈火のごとき憎悪を瞳に宿した女性――ヒルマ・シュグネウスであった。

 

「お前、が……アインズ様の、名を……」

ヒルマは一歩前に出ると、床にへたり込むルパンティエを見下ろした。その声は、蛇が幾重にも蠢くように低く、純粋な殺意に満ちていた。

偉大で、慈悲深い魔導王陛下の御名を、小賢しい詐欺の手口で汚したドブネズミ。もしこの件で陛下を失望させれば、自分たちはあの「恐怖の部屋」へ逆戻りするかもしれないのだ。恐怖と狂信が混ざり合った彼女の精神は、すでに限界を超えていた。

 

「偉大なる神の威光に泥を塗ったこと……その罪の重さを、あなたはこれから嫌というほど知ることになる! 死ぬことすら許されない地獄を味わうがいいわ!」

ルパンティエの手からワイングラスが落ち、鮮血のような赤い液体が飛び散った。

「私の手で息の根を止めてやりたいところですが……」

ヒルマはそこで言葉を区切り、呼吸を整え、横に立つラナーへ恭しく一礼した。

「ラナー様。この身の程知らずのネズミの身柄、間違いなく拘束いたしました」

「ええ、よくやりました、ヒルマ」

ラナーが冷酷に微笑む。

「さあ、連れて行きなさい、ハンゾウ。アインズ様がお待ちです」

ラナーの静かな命が下ると同時に、ハンゾウの強靭な手がルパンティエの首根っこを容赦なく掴み上げた。

「ああっ……あああああああっ!!」

 

天才ハッカーの全能感は見る影もなく吹き飛び、恐怖に歪んだ絶叫は地下室の壁に吸い込まれていく。そして身柄を拘束されたルパンティエは、至高の存在が待つ漆黒の〈ゲート〉の向こうへと引きずり込まれていった。

 

アルセン・ルパンティエの計画は完璧だった。しかし、一つ、大きな誤算があった。まさかジルクニフ皇帝が、魔導王に「ちゃんと送金したよ」と『完了メール』を送るとは、まったく予想していなかったのだ。

 

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