魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
「いったい何をしに来ると言うのだ、あの化け物はっ?!」
鮮血帝ジルクニフ・ルーン・ファロード・エル=ニクスは、美しい金髪を右手でぐしゃぐしゃと掻きむしっていた。
「また魔導国からの親書ですか?! 今度はなんと……?」
ジルクニフが乱暴に差し出した羊皮紙を、バジウッドが恐る恐る受け取る。
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親愛なるバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファロード・エル=ニクス殿へ
近日中に貴国へ訪問の機会をいただきたい。
こちらは魔導王、および宰相の二名で訪問させていただく。
貴国側は皇帝陛下、および側近の者のみでの面会を乞う。
場所は貴国帝都皇城、中庭を希望する。
都合の良い日時を指定されたし。
なお、出迎えは不要である。直接伺わせていただく。
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「魔導王が来るっ?! しかも中庭って……まさか、またあのドラゴンを連れてきて、我が城を物理的に破壊する気ですかい?!」
バジウッドが大声を上げたことで、ジルクニフはかえって冷徹な思考を取り戻した。
「落ち着け。魔導王、宰相の二名と書いてある。ドラゴンを降り立たせるなら、そう書くだろう。あの底知れぬ魔導王が、そのような無駄な嘘をつくとは思えん」
「……そうですね。しかし、なぜわざわざ『中庭』を指定するんでしょうか。謁見の間では不都合でもあると?」
「わからん。……すでに我が国から魔導国へ、例の投資分として金貨30万枚を送金しているんだ。まさか、中庭で新たな魔法の実験をすることはないだろう……」
「テーブルや椅子は出しますか」
「いや、出さん。相手の出方が読めない以上、余計な歓待はかえって無礼に映る可能性がある。ただし、要求されたら一瞬で極上のものを用意できるよう、影に控えさせておけ」
ジルクニフはこめかみを押さえた。胃の奥が、焼けるように熱い。
(このタイミングで魔導王自らが帝国に来る目的はなんだ……? 液状魔力、兌換制度……今後の貿易について話に来るのか? しかし、それならば、中庭を指定するはずがない。密談なら室内を選ぶべきだ。……駄目だ、あの怪物の思考は到底理解できん……)
「5日後で返事を出しておけ。それと、休暇中のヴァミリネンを呼んでおけ。こちらは私とバジウッド、ヴァミリネンの3名で出席する。これ以上人数を増やせば、魔導王に『警戒している』と取られかねんからな」
「了解しました」
◇ ◇ ◇
バハルス帝国帝都、皇城の中庭。
抜けるような青空とは対照的に、張り詰めた緊張感がその場を支配していた。
指定の時刻ちょうど。空間がぐにゃりと歪み、漆黒の<ゲート>が開く。
そこから、死そのものを体現した魔導王アインズ・ウール・ゴウンと、絶世の美女でありながら底知れぬ冷気を放つ宰相アルベドが姿を現した。
ジルクニフの視線は、瞬時にアルベドの手に釘付けになった。
彼女が携えているのは、持ち手が螺旋を描き、先端に拳ほどの漆黒の球体が何の支えもなく浮遊している、奇妙な杖――。
(何だ、あの不吉な武器は……?! 光を吸い込んでいる……? まさか、都市一つを消滅させるような決戦用の魔法具か?! そんなものを、なぜわざわざ持参してきたっ?!)
ジルクニフの背中に、冷たい汗がどっと噴き出す。
「やあ、ジルクニフ殿。急な訪問を受け入れていただき、感謝する」
「お久しぶりです、魔導王陛下。我が帝国は、いつでも貴方を歓迎いたします」
ジルクニフは完璧な営業スマイルを貼り付け、胃の痛みに耐えながら一礼した。
アインズは(よし、機嫌は悪くなさそうだな)と内心で安堵しつつ、威厳に満ちた声で本題に入った。
「さっそくだが、ジルクニフ殿。お渡ししたい物がある。ここへ運ばせてもらいたいが、構わないかな?」
「渡したい物……? もちろん、構いませんが」
「少々、かさばる物でな。量も多いため、私の部下たちに運ばせてもらう」
アインズが軽く手を振ると、<ゲート>の奥から、重苦しい足音が響いてきた。
現れたのは、全身を漆黒の鎧で包む禍々しい伝説級のアンデッド――デス・ナイトたちだった。
しかも、1体や2体ではない。ぞろぞろと、這い出るように現れたデス・ナイトたちは、それぞれが木箱を抱えていた。
「げえ!!」
バジウッドが思わず叫び、剣に手をかけそうになる。それをヴァミリネンが必死に目で制した。
デス・ナイトたちは、中庭の芝生を踏み荒らしながら、木箱を積み上げていく。
その数、実に30箱。
中庭の中央に、整然とした木箱の山が築かれた。
(な、何だこれは……?! 嫌がらせか? それとも、この中に詰まっているのは、我が帝国の役人たちの首だとでも言うのか?!)
ジルクニフの顔から血の気が引いていく。
「こ、これは……。一体、何なのですか?」
ジルクニフが震える声を絞り出すと、アルベドが冷徹な、しかしどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「300億エンです」
(……は?)
ジルクニフは、自分の耳を疑った。
(300億……エン……? 魔導国の、あの紙の通貨が、300億……!?)
アルベドは、優雅に説明を始めた。
「先日、貴国から我が国へ『送金完了』の知らせが届きました。しかし、我が国には、その資金が届いていなかった。……アインズ様は瞬時に、これが『フィッシング詐欺』であると見抜かれたのです」
(な、何だと……?!)
ジルクニフの脳裏に、電撃が走った。
「我が国の情報機関が即座に動き、首謀者であるアルセン・ルパンティエを拘束いたしました。しかし、その時にはすでに、貴国から騙し取った金貨30万枚は、すべてエン紙幣に両替された後だったのです」
アルベドは、積み上がった木箱を指し示した。
「アインズ様の慈悲により、回収した300億エンは、そのまま帝国へ返還することといたしました。すでにエンに両替されてしまっているため、エンのままお返しするしかありませんが」
(やはり……詐欺だった、のか……。魔導国は、こちらが送った完了報告の知らせと、実際の入金データのズレから、一瞬で詐欺を検知した……)
ジルクニフは、目の前の木箱の山を見上げた。
300億エン。金貨にして30万枚。
(失ったはずの金が戻ってきた……。良かった、のか……?)
(……待て。待て待て待て!!!)
ジルクニフの脳内CPUが、高速演算を開始する。
そして、その結論に至った瞬間、彼の全身に鳥肌が立った。
(我が国の金貨30万枚は、300億エンに両替された……。これは……罠だ。恐るべき、魔導王の金融兵器だ! もし、この300億エンという巨額の紙幣が、帝国市場に流れ込んだらどうなるっ?!)
帝国の商人たちは、魔導国の圧倒的な物資を買い求めるため、こぞってこの「エン」を使いたがるだろう。結果として、帝国の通貨の価値は暴落し、帝国の経済は完全に「エン」に支配される。
つまり、帝国は「経済的にも魔導国の完全な属国」にされてしまうのだ。
(魔導王は、最初からこれを狙っていたのか……?! 詐欺事件の犯人をあえて泳がせ、エンに換えるのを待ってから回収する。それを「善意の返還」という名目で我が国に押し付ける……。拒否すれば「魔導王の慈悲を無下にした」として宣戦布告の口実にされる。受け入れれば、帝国経済は死ぬ……。なんという、なんという悪魔的知略……!)
ジルクニフは、アインズの骸骨の顔を見た。その眼窩の奥で、赤い光が「どうだ? 抗ってみせよ」と嘲笑っているように見えて、胃液が逆流しそうになる。
「……魔導王陛下。この、あまりにも莫大な『慈悲』……確かに、受け取りました。我が帝国は、この恩を一生忘れぬでしょう」
ジルクニフは、血の涙を流すような思いで、深く、深く頭を下げた。
「うむ。気にするな。隣国同士、困った時はお互い様だからな」
アインズは満足そうに頷いた。
(よしよし、恩を売っておけば、今後の液状魔力ビジネスも円滑に進むだろうしな。我ながら完璧な外交だな)
「時に……その、詐欺の首謀者であるルパンティエの身柄は、どうされるおつもりでしょうか」
ジルクニフが恐る恐る尋ねる。
「ああ、あの男か。貴国との『犯罪者引き渡し条約』に基づき、身柄はこちらで引き取らせてもらった。良いかな?」
「も、もちろんです」
ジルクニフは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「では、用件は以上だ。ジルクニフ殿、今後とも良好な関係を築いていこうではないか」
「……はい。ぜひ今後とも良好な関係を、魔導王陛下」
アインズとアルベドは、満足げに<ゲート>の向こうへと消えていった。
静寂が戻った中庭。
残されたのは、うず高く積み上げられた300億エンと、冷や汗でびしょ濡れになった帝国皇帝、そしてその側近たちだけだった。
「陛下……」バジウッドが、消え入りそうな声で呼びかける。
ジルクニフは、その場にがっくりと膝をついた。
「……バジウッド。すぐに財務大臣と、帝国最高峰の学者たちを集めろ。今すぐだ! 帝国が『エン』という名の怪物に飲み込まれる前に、防衛策を立てねば、我が国は終わる!」
美しい中庭に、皇帝の悲痛な叫びが虚しく響き渡るのだった。