魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
アインズは窓の外へ視線を向けた。
夜のエ・ランテル――。
かつては日が沈めば人通りも絶えた街だ。だが今は違う。大通りには魔導ライトが並び、その柔らかな光が石畳を照らしている。家々の窓からは灯りが漏れ、夜だというのに人々の姿が絶えない。デスナイトによる警ら巡回も、今ではすっかり街の日常となっていた。
支配直後こそ、人々は恐怖した。無理もない。全身を鎧で覆った巨大なアンデッドが無言で街を歩き回るのだ。だが犯罪者たちは次々と姿を消し、盗賊も、ならず者も、夜盗も消えた。気が付けば、人々は安心して夜道を歩くようになっていた。
さらに、液状魔力の普及。魔導ボンベによって明かりが灯り、生活は便利になった。工房は夜遅くまで稼働し、商店は営業時間を延ばし、人々の活動時間そのものが増えている。
(なんというか……みんな、豊かになってるんだよな)
アインズは椅子にもたれた。
ふと、鈴木悟だった頃の記憶が脳裏をよぎる。
有毒な大気に覆われ、息をするためだけに重いマスクを装着しなければならなかった灰色の世界。どれだけ働いても富は企業に吸い上げられ、明日の命さえ定かではない、絶望的なディストピア。
――みんなこんな世界で暮らしたかったんじゃないか。
口に出さぬ言葉が、骨の胸奥で反響する。
あそこで自分たちが求めていたのは、ただ健やかに生き、明日を夢見られるだけの、人として当たり前の暮らしだったはずだ。
(……もし、皆に見せられたら。皆がいれば……)
ふと、ユグドラシルの輝くような光景と、仲間たちの笑い声が浮かぶ。
かつての仲間たち――たっち・みーさん、ウルベルトさん、ペロロンチーノさん、ぶくぶく茶釜さん、ヘロヘロさん……大勢の仲間たち。彼らにこの街を見せたら、なんと言うだろうか。
『モモンガさん、素晴らしい国を創りましたね』
『僕たちも、こんな国で暮らしてみたかったです』
そんな言葉が聞こえた気がした。アインズの眼窩の赤い光が、静かに、しかし激しく揺らめく。
そうだ。これはただの統治ではない。自分がこの世界に降り立ち、魔導国の王となった意味。彼らが遺した愛すべきナザリックの名を冠するにふさわしい、理想郷の建設――。
(もっともっと、皆が憧れるような、誰もが希望を持てる国を創ろう)
アインズは立ち上がった。その決意に迷いはない。
そこでアインズは、ふと思考を切り替えた。
かつて読んだ歴史書――戦後日本の復興。一面の焼け野原から始まった経済成長。
平和が訪れ、生活が豊かになり、未来に希望が生まれる。その結果として起きる現象。
(……ベビーブームだ)
人は未来を信じられるようになると子を成す。今の魔導国は、少なくとも王国時代よりは明日への不安が少ない。ならば人口は増える。十年、二十年という単位で見れば、確実に限界が来る。
アインズは窓の外に広がる街並みを見下ろした。
(やがて土地が足りなくなる……)
そして脳裏に浮かんだのは、先日アルベドと訪れた、あの瓦礫の山――リ・エスティーゼ王国の姿だった。
(待てよ。失われたのではない。残っている。利用されず、放置されているだけだ)
人口が増えるなら土地が必要になる。なら開発すればいい。誰も住まなくなった大地を蘇らせ、かつての仲間たちに見せても恥じない、理想の国家を建設する。
その構想は、まるで一本の線が引かれるようにアインズの中で繋がった。
(旧王国の領土を再開発しよう)
アインズはまだ知らない。その何気ない思いつきが、魔導国最大の国家事業――新天地開拓プロジェクトの始まりとして、歴史書に記されることを。