魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
「なによ、これ……」
他の守護者たちより早く玉座の間に到着したアルベドは、その光景に思わず驚きの声を漏らした。
ナザリックの権威の象徴であるはずの玉座の間が、ガラリと模様替えされていたのだ。
アインズが座るべき玉座の前には、天井から巨大な白い布が吊り下げられている。広間では、デスナイトたちがせわしなく行き来し、机と椅子を整然と並べていた。
これは一体何事か――と問いかけようにも、デスナイトは喋らない。
(使役しているのはアインズ様。デスナイトはただ、主の命令に従って動いているだけ……。ならば、このままやらせておくしかないわね……)
黙々と机と椅子が並べられていく異様な光景を、アルベドはただ静かに見守るしかなかった。
やがて、他の階層守護者やプレアデスたちが次々と入場してくる。しかし、厳かなはずの玉座の間が「講義室」のようになっているのを見て、誰もが「こ、これはっ?」と一様に驚愕の声を上げた。
「あ、あの、アルベド様。ボクたちはどこに跪けばいいんでしょうか……」
マーレがおどおどしながらアルベドに尋ねる。
「座る……しかないわね。用意されている椅子に」
守護者たちが戸惑いながらも着席して待つ中、空間が歪んだ。
◇ ◇ ◇
アインズが玉座の前に転移してくると、NPCたちが一斉に起立した。
「ああ、構わん。着席してくれ」
「アインズ様」アルベドが代表して発言する。
「これでは、私どもはアインズ様に跪くことができません。臣下としての礼を失することに……」
「良いのだ。今日は私の話をかしこまらずに聞いてもらいたい。ああ、堅苦しい挨拶も不要だ」
アインズはそう言って、事前に設置させておいた手元の魔道具を起動した。
見たこともない奇妙な魔道具に魔力の光が灯り、玉座の上方に吊るされた白い布に、鮮明な文字が映し出される。
「おおっ……!」
守護者たちの間から感嘆の吐息が漏れた。至高の御方がまたしても、ナザリックの未知なる秘宝を起動されたのだと彼らは確信した。
「この魔道具は『おぅエッチぴー』と言うものだ。<遠隔視の鏡>は指定したポイントを手元に映すが、これは指定した手元のものを大きく投影する機能を持っている」
「これより、私が旧王国領をどのような姿にしたいかを説明しよう。途中で質問を挟まずに、私の話を一通り聞いてもらいたい」
(質問されても困るからな。説明が終わったら『急用ができた』とでも言って、さっさと転移してしまおう。あとはデミウルゴスとアルベドがきっとなんとかしてくれる)
アインズは威厳に満ちた態度で手元のスライドを交換した。
(よし、サラリーマンだった頃を思い出して、一生懸命やるぞ!)
「まずは『掃除』だな。デスナイトをはじめ、多くのアンデッドを使い、一気に瓦礫を片付ける。皮肉なことに、何もない大地だからこそ、これから我々の好きなように街作りをすることができる。アンデッドたちが『掃除』をしている間、皆にはこれから話す内容について、具体的な『設計』をしてもらいたい」
守護者たちは深く頷く。ナザリックが誇る無尽蔵のアンデッド軍団を「労働力」として一斉投入する。これほど合理的で、かつ周辺諸国に魔導国の圧倒的国力を見せつけるデモンストレーションはない。
「では次だ」
「以前、『子どもたちを教育する機関を作ったほうが良い』という提案を出してくれた者がいる」
その言葉に、ユリ・アルファが大きく目を見開いた。それを提出したのは、他ならぬ彼女自身だったからだ。
「私はかつて、その提案を棄却した。知識の広がりが、民の間に不必要な不満を膨らませることもあると考えたからだ」
ユリは申し訳なさそうに俯く。しかし、アインズの声は優しかった。
「しかし、液状魔力、そしてそれに続く発明がなされ、いまや魔導国は、経済大国への道を歩み始めている。――つまり、時代の針が進んだことで、状況が変化したのだ」
ここでアインズは数秒の間を置き、言葉が皆に浸透するのを待った。
「時代が進み、状況が変化すれば、考えを変えなければならない。よって、『学校』を設立することとする。読み書きを覚えさせ、算術を教える。また、学校への入学は子どもだけに限定しない。国民が読み書きすらできないようでは、いずれ他国に追い抜かれてしまう。それに、新聞を読みたいと思う大人も多いだろうからな」
ユリは感動のあまり、眼鏡の奥の瞳を潤ませ、胸元で両手を握りしめた。
(アインズ様は、私の拙い提案をただ却下されたのではなかった……。この『液状魔力による経済発展』という未来を見据え、最も効果的なタイミングで実現するために、あえて温めておいてくださったのだ……)
一方、デミウルゴスは眼鏡の奥の目を怪しく輝かせ、驚愕に震えていた。
(なんという深謀遠慮! ンフィーレアが液状魔力を開発すること、そしてそれによって魔導国が経済大国化することすら、アインズ様はあの時点で全て予見し、この教育計画のパズルを組み立てておられたというのか……)
そんな守護者たちの狂信的な視線に気づかないふりをして、アインズは次のスライドに変えた。
「では次だ。交通インフラおよび公共交通機関を整備する」
「産業が発展すれば、人々の移動距離・移動回数が増えることになる。そこで、『道路』を造り、アンデッドバス、アンデッドタクシーを走らせる。アンデッドバスは多くの人が乗ることができる乗り物だ。一定の距離ごとに『バス停』を設け、人々はそこから乗り降りすることになる。牽引はソウルイーターに行わせる」
「ソウルイーターを……?!」
シャルティアが思わず小さく声を漏らした。
かつて一国を滅ぼし、数万の魂を喰らったという伝説の魔獣。それを、ただの「バスの牽引役」として日常の風景に溶け込ませるというのだ。
(アインズ様のアンデッド使役のスケールは、本当に底が知れないでありんす!)
「アンデッドバスは多くの人が乗ることができるメリットがあるが、『バス停』からしか乗降することができない。そこで、乗降場所を限定しないアンデッドタクシーも走らせる。こちらは4名ほどしか乗ることはできないが、指定した場所へ直接行くことができる」
「次は魔導高架鉄道だ」
「例えば遠方にある工場などへ働きに行きたい場合、アンデッドバスでは時間がかかる。より遠方へ、より速く移動できるようにするため、魔導高架鉄道を造る。こちらはアンデッドバスよりさらに多くの人を運ぶことができ、かつ高速だ。高速で走らせるがゆえに、地上を走るバスやタクシーと同じ道路を通すのではなく、地上高く架け渡し、空中を通す構造とする」
空中を走る、魔導の乗り物。守護者たちは、アインズが提示したその「未来図」の美しさと壮大さに、ただただ圧倒されていた。
「次はライフラインだ」
「これまで民たちは濁った川へ足を運び、重い水桶を担いで泥道を往復していた。だが、これからは違う。我らが造りし浄水場から、街の隅々へ、地を這う血管のように、魔法で清浄された水を運ぶ道『水道』を通す。『蛇口』と呼ぶ金属の栓をひねるだけで、水は淀みなく溢れ出る」
デミウルゴスがダイヤモンドの目を輝かせる。
(これは単なる水路ではない! 魔導国の統治そのものを、骨の髄まで浸透させるための、命の循環ではないですか!)
アインズがスライドを変える。
「当然、エネルギーは液状魔力一択だ。すべての家々に魔導ボンベを設置する。あらゆる建物を、はじめから魔導ボンベを設置するに適した構造で造るのだ。街には一定間隔ごとに魔導ライトを設置し、夜でも安心して歩けるようにする。液状魔力は極めてクリーンなエネルギーだ。一気に普及を目指す」
「また、街にはネザー・ハウンド(冥府犬)を放つ。街を巡回させ、ゴミや害虫などを食べさせる。食べると言っても、アンデッドなので本当に食べるわけではない。ネザー・ハウンドが食べたものは冥府へ送られ、二度と戻ることはない。ネザー・ハウンドのお陰で、街は常に清潔に保たれるというわけだ」
(ナザリックが治める街が、不潔であってはならないからな。これならゴミ問題も一発解決だ。我ながら良いアイデアだな)
ここまでを一気に説明し、アインズは一呼吸置いた。
「まだ続きがあるのだが、一度にすべてを説明しても混乱するだろう。まずはここまでを第一段階とする」
(ふぅ、疲れた。本当はまだこの先は何も考えてないんだけどな。これだけ風呂敷を広げれば十分だろう)
アインズが手元の魔道具を切り、皆を見渡すと――。
案の定、守護者たちは口をぽかんと開けたまま、完全に固まっていた。
彼らは混乱していた。いや、混乱という生易しいものではない。
あまりにも先駆的な「新世界の設計図」を突きつけられ、魂を奪われていたのだ。
特に、元リ・エスティーゼ王国第三王女であったラナーの衝撃は、筆舌に尽くしがたいものだった。かつて天才(化け物)と称され、王国の内政を裏から操っていた彼女でさえ、これほど合理的で、美しい「国の未来像」を描いたことなど一度もなかった。
(何……これ……? これが、アインズ様の『知性』……。私が一生をかけても届かない、神の領域……。この感情が、「感動」というものなの……?)
ラナーは、生まれてこの方、他者に対して「感動」という感情を抱いたことなどない。己の敗北感と、至高の主への崇拝の入り混じった感情に、ラナーは全身を激しく震わせていた。
沈黙が玉座の間を支配する中、「ガタっ」――デミウルゴスが、まるで神の啓示を受けた預言者のように立ち上がった。その顔は、興奮と歓喜で紅潮している。
「素晴らしい! 言葉もございません、アインズ様!」
デミウルゴスは深く、深く頭を垂れた。
「ただ瓦礫を片付けるだけでなく、教育、交通、エネルギー、そして衛生管理に至るまで……。これほど緻密に計算された『新時代の都市計画』を、まさかこれほど短期間でお示しになられるとは! 特に、液状魔力をインフラの核に据え、それを前提とした都市構造をはじめから設計する手腕。我々守護者の浅知恵など、アインズ様の深遠なる御計画の前には、塵芥に等しいと痛感いたしました」
「ええ、本当に……」
アルベドもまた、うっとりとした表情で両頬を染め、玉座のアインズを見つめる。
「アインズ様が描かれる未来は、あまりにも美しく、そして慈悲に満ちています。この計画が実現した暁には、世界は魔導国の偉大さを、骨の髄まで思い知ることになるでしょう」
「「「「「アインズ様万歳! 至高の御方に栄光あれ!」」」」」
守護者たちが一斉に立ち上がり、割れんばかりの喝采と忠誠の叫びを上げる。
(えええええ……?! 戦後日本の都市計画を真似しただけなんだけど? なんでそんなにハードル上げるの?! デミウルゴス、お前本当に余計なこと言わなくていいからっ)
アインズは内心パニックに陥りながらも、表向きはあくまで「すべてを計算通りに進める絶対の支配者」として、深く、重々しく頷いてみせる。
「うむ。皆が私の意図を正しく理解してくれたようで、嬉しく思う。では、この第一段階の設計と準備は、アルベドとデミウルゴス、お前たちに一任する」
そこでアインズは、骨しかない顔で「あ、そうだ」という表情を必死に作った。
「すまないが、急ぎ処理せねばならぬ案件を思い出した。今日のところは、ここまでとさせてもらおう」
「はっ! お忙しい身でありながら、我々のために尊いお時間を割いていただき、感謝の極みにございます!」
「うむ。では後は頼むぞ。<グレーター・テレポー……>」
「お待ちください、アインズ様!」アルベドが鋭く声をかけた。
(ぎくぅっ!)
「な、なんだ、アルベド」
「本日アインズ様がご使用された魔道具、『おぅエッチぴー』をお貸しいただけませんか。今後我々で議論を進めるうえで、適宜参照させていただきたく」
「良いだろう。活用すると良い」
「ありがとうございます!」
<グレーター・テレポーテーション>
今度こそ転移魔法を唱えたアインズは、逃げるようにその場から消え去った。
残された守護者たちは、魔導国の輝かしい未来へ向けて、熱い議論を開始するのだった。