魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
魔導国が新たに建設した、白亜の記者会見場。
そこには、バハルス帝国、ローブル聖王国、ドワーフ国からの高官・補佐官、そして魔導国の新聞記者たちが、一言一句聞き漏らすまいと、張り詰めた空気の中でペンを握りしめていた。
壇上に現れたのは、魔導国の公式スポークスマン――パンドラズ・アクターである。
今日はアインズから「くれぐれも、普通にやれ。変なポーズやドイツ語は禁止だ」と厳しく釘を刺されているため、彼はのっぺらぼうの顔に、無理やり理知的な影を落とすような雰囲気で壇上に立った。
しかし、その指先は、ドラマチックな衝動を抑えきれずに微かに震えている。
「――コホン。皆様、お集まりいただき感謝いたします。魔導国スポークスマンのパンドラズ・アクターです。本日は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が直々に設計された、『新天地開拓プロジェクト』について発表いたします。これは、旧リ・エスティーゼ王国領を、一から再開発するものです」
記者たちの間に、さっと緊張が走った。
あの、徹底的に破壊され、瓦礫の荒野と化した王国。誰もが「見せしめのために放置される」と思っていたあの地に、魔導国が手を加えるというのだ。
パンドラズ・アクターは、アインズから借り受けた『おぅエッチぴー』を起動した。
背後の壁面に、美しく、かつて誰も見たことのない「未来都市」の設計図が鮮明に映し出される。
「陛下が掲げられた基本方針はただひとぉーつ! 無から、至高の理想郷を創造する――これに尽きます!」
パンドラズ・アクターは、つい右手を大きく振り上げ、劇的なポーズを取りそうになったが、アインズの「普通にやれ」という言葉を思い出し、不自然にその手を胸元に当てて「敬意を示すポーズ」へと誤魔化した。
「まず、第一段階として、我が国の誇るアンデッド労働力による『大掃除』を行います。瓦礫の撤去、土地の整地は、すべてデスナイトをはじめとする軍勢が不眠不休で行います。そして――」
彼はスライドを切り替えた。そこに映し出されたのは、巨大な「学校」の図面だ。
「次は教育改革です。陛下は、すべての民――子供から大人に至るまで、無償で読み書きと算術を学ぶことができる教育機関の設立を決定されました!」
「な、何だと……」
帝国の補佐官が思わず声を上げた。
「教育を、平民に……それも無償で?!」
「フッ……」
パンドラズ・アクターは、デミウルゴスの真似をして、かけてもいない眼鏡のブリッジを押し上げる仕草をした。
「魔導王陛下の見据える未来は、ディ・ツークンフト――遥か先にあります! 液状魔力による産業革命が進む今、国民が文字も読めぬようでは、国家の発展はあり得ない! 陛下は、民の知性を高めることこそが、魔導国の真の国力になると見抜かれているのです!」
記者たちは息を呑んだ。魔導王の器の大きさが、すでに人間の王たちの理解を超えている。
「さらに、交通インフラの劇的な変革です」
スライドが切り替わり、奇妙な乗り物の絵が映し出される。
「都市内には、一定のルートを巡回する『アンデッドバス』、および個別移動用の『アンデッドタクシー』を配備します。アンデッドバスを牽引するのは――伝説の魔獣、ソウルイーターです!」
「ヒッ……!」
聖王国の補佐官が、恐怖のあまり椅子から転げ落ちそうになった。
「ソ、ソウルイーター?! 一国を滅ぼすと言われる、あの災厄のアンデッドを、ただの馬車馬として使うと言うのですか?!」
「如何にも!」
パンドラズ・アクターは天井を仰ぎ見るように、ドラマチックに両手を天に掲げ……るのをなんとか我慢した。
「陛下の絶対的な支配の前には、災厄の魔獣とて、従順なる市民の足に過ぎない! 排気ガスも出さず、餌も不要、疲労も知らぬ、究極にクリーンな公共交通機関の誕生です!」
記者たちは、恐怖と、それを上回る圧倒的な合理性に、ただただ震えるしかなかった。
「さらに、遠方への高速移動を可能にする『魔導高架鉄道』。これは地上を走るのではなく、空中を渡る道路を、魔導の列車が疾走します。これにより、物流と人の流れは、これまでの数百倍の速度で循環することになります!」
「空を……走る……?」
記者たちのペンが止まる。彼らの想像力の限界を、発表内容が軽々と飛び越えていく。
「そして、生活の根幹たるライフライン。すべての家庭に、濁りなき清浄な水を届ける『水道』を敷設します。金属の栓――『蛇口』をひねるだけで、いつでも清らかな水が溢れ出るのです。川へ水を汲みに行く必要など、もはや過去の遺物!」
「さらに、エネルギーはすべて、我が国が誇る『液状魔力』。各家庭に魔導ボンベを設置し、街頭には魔導ライトを配備。夜であっても、街は昼間のような光に包まれます。そして、街の衛生を保つため、冥府の猟犬『ネザー・ハウンド』を放ち、ゴミや害虫をすべて冥府へと送り込みます。病魔の入り込む隙など、この新都市には存在しません!」
パンドラズ・アクターの説明が熱を帯びるにつれ、記者会見場は、静まり返った。
誰もが、その「未来図」のあまりの美しさと、それを実現可能にしてしまう魔導国の圧倒的な技術力、そして何より、それを一人で描き上げたという魔導王アインズ・ウール・ゴウンの「神のごとき知性」に、魂を奪われていた。
「……これが、アインズ様が設計された新天地の姿です。質問があれば、お受けしましょう」
パンドラズ・アクターが、すっと「普通」の姿勢に戻り、冷徹な微笑――表情はないが――を浮かべる。
一人の記者が、震える手で挙手した。
「あ、あの……。これほどの、神話のような都市を造るのに、一体どれほどの歳月と、どれほどの予算がかかるのでしょうか? 国家が傾くのでは?」
パンドラズ・アクターは、のっぺらぼうの顔を少し傾け、憐れむような声をあげた。
「予算? 歳月? ……おやおや、まだご理解いただけてないようだ。我が国には、疲労を知らぬ無尽蔵のアンデッド軍団があり、ンフィーレア殿が開発した液状魔力という無限のエネルギーがある! そして、何より――」
パンドラズ・アクターはとうとう我慢の限界を超えた。
ザッ! 両足を開き、バッ! 両腕を広げ、ブワッ! 天を見上げる――
劇的な(レインメーカー)ポーズを決めた。
「至高の御方、んんんアインズ様! アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の『御意志』がある! 陛下が『造る』と仰られたのだ!」
カツーン! 踵を合わせ、ザッ、ザッ! 切れ味鋭く腕を振る。
そしてシャキーン! とポーズを決めたパンドラズ・アクターの声がひときわ高くなった。
「ダス・ヴォルト・ウンメークリヒ・ギプト・エス・ドルト・ニヒト(そこに不可能の文字などない)! 近い将来、皆様は、世界で最も美しく、最も安全で、最も豊かな都市を目にすることになるでしょう!」
その力強い宣言に、記者たちはもはや反論の言葉を持たなかった。
ただ、この驚天動地の計画を、一刻も早く自国へ、世界へと報じるため、狂ったようにペンを走らせた。
(よし! アインズ様の偉大さを存分に伝えることができた! ポーズは決めてないし、ドイツ語も使ってない……ちょっとしか)
パンドラズ・アクターは、満足感に満ちた敬礼を記者たちに送り、優雅に壇上を後にするのだった。
◇ ◇ ◇
会見の夕刻――。
茜色に染まるエ・ランテル。魔導ライトがぽつぽつと静かな光を灯し始める街角に、売り子たちの甲高い声が響き渡った。
「ごうがーい! 号外だよー! 魔導王陛下による『新天地開拓プロジェクト』のニュースだよー! 旧王国領の瓦礫の荒野に、至高の理想郷が建つぞー!」
配られたのは、魔導国初となる号外記事である。
インクの匂いも新しい紙片を求め、人間、ドワーフ、エルフたちが、我先にと群がった。
「おい、本当かよ……。あの瓦礫の山を、アンデッドが全部片付けるって……」
「学校? 平民の子供もタダで文字を学べるのか?!」
「蛇口をひねるだけで水が出る……? おいおい、魔法の道具がタダで使えるようなもんじゃないか!」
紙面を食い入るように見つめる元王国民たちの瞳には、かつての絶望ではなく、未来への困惑と、それを上回る希望の光が宿り始めていた。
魔導王アインズ・ウール・ゴウン。彼らにとって死の象徴であったその絶対強者は、今や「神話の創造主」として、その脳裏に刻まれつつあった。
◇ ◇ ◇
この驚天動地の発表がもたらした波紋は、魔導国内だけに留まらなかった。
会見に出席していた他国の高官・補佐官や、各国の情報網を通じて、この「新天地開拓プロジェクト」の詳細は、瞬く間に周辺諸国へ伝播していった。
中でも、バハルス帝国の衝撃は計り知れない。帝国の若き「鮮血帝」ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、届けられた報告書を前に、またしても胃を激しく痛め、頭を抱えることになる。
しかし、魔導国のこの壮大な計画は、帝国に生き残りをかけた「決断」を下すこととなる。
やがて、バハルス帝国による、魔導国への思わぬ逆襲の嵐を呼び起こすことになるとは――この時のアインズは、まだ知る由もなかった。