魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
「――ばぁ」
「ひぅ!!」
「……今日もいい感じに驚いた」
「シズ先輩! いいかげん、驚かせるのはやめてください!」
「……やめない。日課。お約束。定番。任務。義務。ルーティン……」
「わかりましたっ! もういいですっ!」
「……今日の新聞」
どさっ! と音を立てて渡されたのは、魔導国で発行されている「魔導国報」だった。
「いつもありがとうございます、シズ先輩!」
「……ん!」
シズは無表情のまま、短く親指を立てた。
魔導国が新聞を発行し始めて以来、ローブル聖王国のネイア・バラハの元へ、シズが毎朝100部の新聞を届けるのが日課となっていた。アインズの慈悲により、これらは無料で提供されている。
もちろん100部では、いまや数十万人にまで膨れ上がった「教団」の信徒全員に行き渡るはずもない。だが、この新聞は聖遺物として扱われ、ベルトラン・モロの手腕によって写本が作られ、聖王国(北部)全土へとその教えがコピーされていく仕組みが完成していた。
「……今日のトップ記事は、昨日の合同記者会見」
差し出された新聞を受け取り、ネイアが記事に目を通す。その凶眼が、みるみるうちに熱を帯びて開かれていく。鋭い殺意は霧散し、そこには盲信とも言える純粋な崇拝の念が浮かんでいた。
「魔導国の慈悲を無下にした王国を……?! アインズ様は……なんと慈悲深く、なんと未来を見据えた御方なのでしょうか!」
左手に持った新聞を胸に当て、右手を天に掲げて人差し指を突き上げ、胸を反らせてネイアが叫ぶ。
「身分や富に関係なく、すべての者に読み書きを無償で学ばせる! 民の知性を高めることでより良い国家を築こうとする、アインズ様の慈愛! そして――」
「……もったいない」
「え?」
「……ネイアの演説。もっと大勢の前でやるべき」
シズの言葉に、ネイアはハッと息を呑んだ。
「そ、そうですね! このアインズ様の素晴らしいご計画を、御慈悲を、聖王国に生きるすべての人々に伝えるのが私の使命です!」
いまやネイア・バラハの影響力は聖王をも凌駕する。彼女が口を開けば、群衆は熱狂する。新天地開拓プロジェクトへの賛美は、またたく間に聖王国全土へと響き渡っていった。
◇ ◇ ◇
同日――。
バハルス帝国。帝都。薄暗い工場の片隅に置かれた事務机。
そこに一人の男が座っていた。
(アンデッドバス、アンデッドタクシー、魔導高架鉄道……。バハルス帝国は軍事力だけでなく、技術的・経済的にも絶望的な状況だ……。このままでは、バハルス帝国は生き残れない。いずれ魔導国に飲み込まれ、この国の産業は死滅する……!)
男は机に肩肘をつき、その手の平に額を預け、思考の海に沈んでいた。
(何か……そう、何か……逆転の一手がないか。盤面全体をひっくり返すことはできない。だがどこか、一点でも、食い破ることができたら……)
男は引き出しから葉巻を取り出し、火をつけた。
ゆっくりと紫煙を吐き出す。帝国産特有の辛味ある香り。
男はこの葉巻を愛していた。
帝都の大通りを、一台の荷馬車がゆっくりと横切っていく。
積み荷は木材。馬は疲れ切り、御者は苛立っている。
「遅い……」
男はぽつりと呟いた。荷馬車を見つめる目が、異様な熱を帯びていた。
「もっと速く運べるはずだ」
紫煙が揺れる。
まだ誰も知らない。その男――キーロ・タヨト――が帝国最大の企業を築くことを。そして、帝国製の乗り物が、魔導国の交通網を脅かすことになることを。