魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
<ゲート>を抜けると、そこは広大な草原だった。
トブの大森林が夕闇に包まれ始めた頃、各国から集まった要人たちは、その広大な草原の集合場所に立っていた。
やや離れた場所には、マーレの結界によって隠されたエン印刷工場や液状魔力精製工場などが建ち並ぶが、彼らの目に映るのは、ただただ広大な草原と森だった。
バハルス帝国、ローブル聖王国、ドワーフ国。要人たちの顔ぶれは多岐にわたった。
魔導国からは、案内人であるパンドラズ・アクターと、副案内人であるユリ・アルファ。サポートにシズ・デルタ。さらに(他の者たちには見えないが)シャドウ・デーモンが複数体。
また、シン・ワーナベ、クルトをはじめとする魔導国の記者10名も招かれていた。
彼らの眼前には、巨大な飛行船が着地していた。その上空には、白銀の輝きを放つ骸骨の鳥――ボーン・アルバトロス(骨のアオウドリ)が浮かぶ。巨大な骨の翼は、この一帯の夕闇をさらに色濃くするに十分な大きさで、飛行船とは人の体よりも太い鎖で頑丈に繋がれていた。
「さあ、皆様。お時間でございます」
そう告げたのは、今日の案内人――パンドラズ・アクターだった。
「どうぞ、こちらの飛行船にお乗りください。新都市ノヴァリアへご案内いたします」
「まさか……これに乗れ、と言うのか……。あの鳥のアンデッドが、この船を空へ……?」
ジルクニフの背筋に嫌な汗が滲んだ。液状魔力の空輸が始まったことで、この巨大なアンデッドを見たことはある。しかし、生まれてこの方、空を飛んだ経験など一度もない。
「陛下。私も膝が震えております。しかし……」
ヴァミリネンが小声で言う。
「わかっている。拒否権などあるわけがない。覚悟を決めるしかなかろう」
「空を……飛ぶ……?」
ドワーフ国の総司令官が呟いた。ドワーフ国には空を飛ぶ技術も魔法もなく、空から地上を見下ろした経験などない。それは総司令官だけでなく、摂政会の面々もみな同じだった。
「総司令官。震えておるぞ。さあ、乗った乗った」
ゴンドに促され、ドワーフ国の面々が飛行船に乗りこんでいく。
「素晴らしい! これぞ正にアインズ様の御慈悲! 我らに空から新都市を見せてくれようと言うのです! 見てください、この巨大な鳥を! これこそアインズ様の――」
「……ネイア。ここで演説しない」
「でも、シズ先輩。この巨大な飛行船は――」
「……後ろがつかえてる」
ジャキっ!
「うわぁっ、銃を構えないでくださいっ! 乗ります、すぐ乗ります、いま乗ってます!」
魔導国の新聞記者たちは、早くも何枚もの写真を撮っていた。
特にシン・ワーナベは、上空に浮かぶボーン・アルバトロスをはじめ、飛行船や、各国の要人の姿など、あらゆるものを写真に収めていた。
クルトが呆れて声をかける。
「係長。出発する前からそんなに撮ってたら、魔導電池が切れますよ」
「ふっ。問題ない。予備を10個持ってきた」
シンはニヤリと笑みを浮かべた。
飛行船は静かに上昇し、旧リ・エスティーゼ王国の領土へと向かう。
――やがて旧王国の領土が見えてきた。
窓から見下ろす大地には、瓦礫の山と化していた面影は、もはやどこにもない。
シンがクルトに声をかけた。
「見ろっ。魔導王陛下はすべてを都市化したわけじゃないぞ」
そこには広大な農地が広がっていた。大地は美しく整備され、道路沿いには規則正しく並ぶ魔導ライトが青白い光を発し、農業用水路も整備されている。それは未来の豊穣を予感させた。
――そして、彼らの視界の先に、それは現れた。
「……あれが……ノヴァリア」
誰かが呟いた。
巨大な光の塊が、地平線に姿を現す。それは徐々にその全貌を露わにし、やがて彼らの眼前に、想像を絶する光景が広がった。
天空から見下ろす新都市ノヴァリアは、まるで青白い宝石を散りばめたかのような光の回廊に包まれていた。その中心でひときわ異彩を放つのが、魔導王の威光を体現したかのような中央駅である。張り巡らされた高架の軌道からは、液状魔力による青白い光が脈動するように街全体へと流れ込み、網目状の都市構造を鮮明な光の線で縁取っていた。
幾何学的に配置された広場や大通りは、規則正しくも荘厳な美しさを湛え、視界の果てまで一直線に光の導線が続いている。それは支配の象徴であると同時に、計画された都市の完璧な調和を物語っていた。
「……し、信じられん……」
ジルクニフの口から、思わず声が漏れた。
隣に立つバジウッドとヴァミリネンは、すでにその光景に魅入られ、言葉を失っている。
ローブル聖王国のカスポンド聖王もまた、その完璧な美しさに感嘆の息を漏らした。
いつもは大騒ぎするドワーフたちも、石像のように固まっていた。
誰もが感嘆の息を漏らし、言葉を失い、ただ体を震わせていた。
「かっ、かっ……係長……」
ぶるぶると震えていたクルトが、必死に声を絞り出す。
「しゃ、写真を……写真をっ……!」
「そ、そうだ。俺達の使命は、これを……この光景をっ、国民に伝えることだ……っ!」
我に返ったシンが記者たちに号令をかける。
「お前たち、写真を撮れっ!」
飛行船はゆっくりと高度を下げ、巨大な「ノヴァリア中央駅」の駅前広場へと降り立った。
駅の正面広場へと降り立つと、そこは別世界のような静謐と華麗さに満ちていた。
天を突き刺すかのような尖塔と、複雑に重なり合うステンドグラスのような輝きで構成された駅舎が、夜空の下、圧倒的な存在感を放っている。液状魔力が満ちる石畳は鏡のように街の光を反射し、足元から世界が青く発光しているかのようだ。
夢でさえ見たことがない。想像したことすらない。いや想像し得ない――圧倒的な光景に、全員が言葉を失い、立ち尽くしていた。
そこへ、「ガラガラガラ……」遠くから近づいてくる音がある。
アンデッドバスだった。黄金の光をまとった二体のソウルイーターが車両を牽引してくる。
一体で国を滅ぼすとも言われる恐るべきアンデッド。しかし、ノヴァリアのあまりの美しさに感動している面々は、その禍々しい存在に恐怖を感じることはなく、むしろ「美しい」とさえ思ってしまうほどだった。
冷ややかな青白い輝きの中で、ソウルイーターが放つ黄金の灯火が、この異形の都市に、残酷なほどの美しさを感じさせていた。
カッ、カッ、カツーン! パンドラズ・アクターの靴音が響く。
「この素晴らしい新都市ノヴァリアこそ、我らが魔導王、アインズ・ウール・ゴウン陛下の御威光の証! この完璧な都市計画、この比類なき美しさ! これこそが、ダス・ヴァーレ・ビルト・アイネス・イデアーレン・シュタアテス! 真の理想国家の姿なのです!」
パンドラズ・アクターに触発されたネイア・バラハが、両腕を大きく広げ、胸を反らせて叫ぶ。
「その通りです! この新都市ノヴァリアは、まさにアインズ様の御英知と御慈悲の結晶! 我々が目指すべき、いや、目指すことすら畏れ多い、究極の理想郷なのです!」
ネイアの人差し指が天を突き刺す。
さらにパンドラズ・アクターがネイアに同調し、二人はまるで演説合戦のように、アインズへの賛辞を競い始めた。
「この御方に従うことこそ、我らの至福!」
「ああ、魔導王陛下こそ、真の救世主!」
ネイアの扇動力は凄まじい。その言葉は、まるで魂に直接語りかけるかのように、人々の心を揺さぶる。
バハルス帝国のバジウッドとヴァミリネンは、ネイアの言葉に深く感銘を受け、アインズを崇拝するような言葉を漏らし始める。
ジルクニフには肌見放さず身につけているネックレスがある。しかし、バジウッドとヴァミリネンは違う。
(なんだ、どうした? バジウッドとヴァミリネンがおかしい……。これは……あの娘か?! あの殺し屋のような眼から何か魔法を発しているのかっ? とにかく、あの娘を黙らせないとまずい!)
パンっパンっ! ユリ・アルファが手を叩いた。
「はい、そこまで。パンドラズ・アクター。案内人を交代します」
「は?」
「アインズ様から言われています。パンドラズ・アクターが暴走したら、ユリ・アルファよ、お前が案内人を交代せよ――と」
パンドラズ・アクターの動きが静止し、静かになった。
静寂を取り戻した中央駅前広場に、シズの小さな声が聞こえた。
「……思った通り。この二人が揃うとうるさい」