魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
新都市内覧会の2日後。
魔導国が発行する新聞「魔導国報」は、異例の売れ行きを見せていた。
全面を使って「新都市ノヴァリア内覧会」の模様を報じただけでなく、どの面もノヴァリアの鮮烈な写真で埋め尽くした。そのため、文字を読めない者までもが新聞を買い求め、急遽増刷が決定される騒ぎとなった。
新聞記者としては喜ばしいことだった。
が、シン・ワーナベはデスクに座り、頭を抱えて考え込んでいた。
「あれ? 係長、どうかしたんですか?」
「……クルトか」
「増刷の件でしたら、夕方には配達できるそうですよ。これでまた、係長の評価も上がりますね」
クルトは軽口を叩きながら、シンにスパイス・ティーを差し出した。
「俺が引っかかっているのは、そんなことじゃない」
シンは受け取ったカップをデスクに置き、葉巻を取り出して火を付けた。
紫煙をゆっくりと吐き出し、下を向いたまま呟くように言った。
「伝えられてない……ノヴァリアの真の姿が」
「はあ? 何を言ってるんですか? あんなに写真を撮って、全面を使って報じたじゃないですか。これ以上どうしろと?」
「全然足りてないっ。俺たちが報じたのは、いわば止まっている点の集合だ。だが、俺たちが見たものは、そうじゃないだろ。あの都市は生きている、呼吸しているんだ。その躍動感を、どうすれば伝えられるんだ……!」
シンは苛立ちを隠さず、握りしめた拳でデスクを軽く叩いた。
「なにが言いたいのかわかりませんけど、じゃあどうしろって言うんです? 写真を動かせ、とでも言うんですか? そんなことできるわけ……」
クルトの言葉は途中で途切れた。シンがハッと顔を上げたからだ。
「写真を、動かす……?!」
シンは何か閃いたように、目をカッと見開き、頭をガリガリとむしる。クルトは呆れたように肩をすくめ、自分の席へと戻っていった。シンはそれを見もせずに、思考の海へと沈んでいった。
(あの感動を伝えるには、紙面では駄目だ。もっと違う、何かだ……!)
◇ ◇ ◇
数日後――。
魔導国がノヴァリアを新首都とし、移住希望者を募ったところ、応募は殺到――どころか、まさに洪水のように押し寄せた。魔導国各地の役所には、朝早くから長蛇の列ができ、申請書類は瞬く間に山と積まれた。
特に目立ったのは、若い世代――新婚の夫婦、まだ幼い子どもを抱えた夫婦――の応募者たちだった。彼らの瞳には、新天地への希望と、未来への期待が満ち溢れていた。
さらに、亜人種からの応募も予想をはるかに上回った。魔導国の寛容な政策と、ノヴァリアの先進的なインフラが、彼らにとって新たな生活の場として魅力的に映ったのだ。
噂を聞きつけた他国からの移住希望者も後を絶たず、国境管理官たちは対応に追われた。
これは、アインズが予見した「ベビーブーム」が、現実のものとなる兆しを明確に示していた。
◇ ◇ ◇
数週間後――。
ノヴァリアへの第一陣移住が始まった。
その飛行船の一室で、一人の若い母親が窓の外を見つめていた。
膝の上には三歳ほどの娘。隣には夫。まだ二十代半ばの、ごく普通の夫婦だった。
エ・ランテルの片隅で生まれ、魔導国となった今も、決して裕福とは言えない暮らしを続けてきた。
「本当に良かったのかな」
妻がぽつりと呟く。
夫は苦笑した。
「今さら降りるわけにもいかないだろ」
「そうじゃなくて……」妻は娘の頭を撫でた。
「知らない街なんて、少し怖いなって」
夫は窓の外へ視線を向けた。――遠い雲海の向こう。
新聞で見た。内覧会の記事で見た。何度も見た。
空へ突き刺さる白亜の巨塔。その周囲に広がる整然とした街並み。
それはまるで神話の都――。
「俺は楽しみだよ」夫は静かに言った。
「少なくとも娘には、俺たちより良い暮らしをさせてやれる」
妻は何も言わなかった。ただ娘を抱きしめる腕に力が入った。
飛行船がゆっくりと高度を下げる。
乗客たちが窓際へ集まり始めた。
そして――誰かが息を呑んだ。ノヴァリアが、その全貌を現したのだ。
「うわぁ……」子どもが声を上げた。
真っ直ぐに伸びる街路。広大な公園。白く輝く建物。無数の魔導ライト。
それは人類の都市というより、未来そのものだった。
着陸後、移住者たちは案内人に導かれて住居へ向かった。
若い夫婦に割り当てられたのは、住宅街の中にある一軒家だった。
「こっ、こんなに、立派な家を……?!」
夫は玄関の前で立ち尽くした。
妻が恐る恐る扉を開く。
「え……?!」
妻も固まった。
明るい。広い。清潔だ。窓は大きく、家具まで備え付けられている。
夫は蛇口をひねった。水が出た。何度ひねっても出た。井戸へ行く必要はない。
娘は家の中を走り回っている。
「お城みたい!」
妻の目から涙が零れた。
夫が慌てる。
「お、おい……。まさか、後悔してるのか?」
「違うの」
妻は泣きながら笑った。
「違うのよ」
そう言いながら娘を抱きしめる。
「この子が幸せになれる気がしたの」
その夜――。ノヴァリアの窓という窓から灯りが漏れていた。
移住者たちは新しい生活に胸を躍らせ、子どもたちは新しい友だちを夢見て眠りにつく。
ノヴァリアは単なる新都市ではない。魔導国が約束した未来そのものだった。
その未来へ向かう第一歩が、今、確かに踏み出されたのである。