魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Phase5-2 新通貨「ダラ」

ノヴァリア王宮。アルベドの執務室。

 

磨き上げられた黒曜石の机に、一枚の羊皮紙が置かれていた。

それは、バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスからの謁見の申し入れであった。

 

差出人の名を見ただけで、アルベドの完璧な顔に微かな笑みが浮かぶ。

(ジルクニフ……何か企んでいるのかしら?)

 

申し入れの内容は「両国の経済発展のためのご相談」。

 

アルベドは羊皮紙を指先でなぞった。

魔導国への敬意を装いながら、一体何を要求してくるのか。あるいは何を仕掛けてくるのか。

 

「アインズ様にご報告を」

アルベドは静かにメイドへ命じた。

その脳裏では既に無数の可能性が計算されていた。

 

◇ ◇ ◇

 

――数日前、バハルス帝国皇城。

 

皇城内でもっとも広い会議室には重苦しい空気が満ちていた。

中央の巨大な円卓を囲むのは、皇帝ジルクニフ、帝国筆頭秘書官ロウネ・ヴァミリネン、帝国騎士団長バジウッド、そして帝国最高峰の学者たち。

 

議題は一つ。

魔導国が発行した新通貨『エン』への対抗策である。

 

「このままでは帝国は『エン』に制圧される」

 

ジルクニフの呟きに誰も反論できなかった。

魔導国の圧倒的な経済力。無尽蔵とも思える液状魔力。そして高度な印刷技術。

両国の差は開く一方だった。

 

「陛下、帝国も独自通貨を発行しては如何でしょうか」

学者の一人が恐る恐る言う。

「紙幣を刷る技術がない」

別の学者が即座に否定した。

「エンほど精巧な紙幣を作れる技術は帝国には存在しません」

「ならば魔導国へ発注すれば――」

「愚かな!」

怒声が飛ぶ。

「そんなことをすれば帝国通貨の生殺与奪を魔導国に握られる!」

議論は堂々巡りだった。

 

やがてジルクニフが口を開いた。

 

「我が帝国も新通貨を発行する」

「しかし、陛下……」

ジルクニフが軽く手をあげ、学者が口を開こうとするのを制止した。

「魔導国の紙幣印刷工場を丸ごと購入するのだ」

室内が静まり返った。

 

「ただし、工場は帝国領内に建設させる。所有権は帝国が持つ。紙幣の素材は帝国内でしか採れない特殊素材を使用する。さらに、独自の魔法加工を施す」

 

ヴァミリネンが目を見開く。

「陛下、それは……」

「魔導国の技術を利用しながら、帝国の独立性を確保する。そして――」

ジルクニフは一拍置いてから言った。

「この新通貨の名前は、魔導王に決めてもらう」

 

今度はバジウッドが眉をひそめた。

「それに何の意味が?」

ジルクニフは薄く笑った。

「権威だ。魔導王が名付けた通貨というだけで信用は跳ね上がる。さらに仮に失敗した場合――」

その笑みが深くなる。

「魔導王の威光にも泥を塗れる」

会議室に沈黙が落ちた。

危険な賭けだった。

だが、何もしなければ帝国はゆっくりと呑み込まれる。

 

「魔導国の『エン』という太陽を広めるための鏡になる、とでも言えばよい」

ジルクニフは言った。

「これが帝国の反撃の第一歩だ」

 

◇ ◇ ◇

 

――数日後。

 

魔導王への面会を求め、ノヴァリア王宮を訪れたバハルス帝国一行は、王宮中央塔の最上階に設けられた大謁見の間へと案内された。

 

重厚な扉がゆっくりと開く。

その先に広がっていた光景に、ジルクニフは思わず息を呑んだ。

 

天井は遥か頭上。陽光は巨大な窓から惜しげもなく注ぎ込み、磨き上げられた白大理石の床を照らしている。床面に描かれた巨大な魔法陣が青白く輝き、その光は静かに広間全体へと広がっていた。あまりにも広大な空間。

 

玉座は、その遥か先にあった。玉座の背後には壁一面を覆う巨大な窓。その向こうには、新首都ノヴァリアの中央を一直線に貫く都市軸が、地平線の彼方まで伸びている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

玉座には、まるで世界そのものを背負うかのように、魔導王アインズ・ウール・ゴウンが腰掛けていた。

玉座の右には宰相アルベド。左にはデミウルゴス。そして今日は、アウラの姿もあった。

対する帝国側は、ジルクニフ、ヴァミリネン、そしてバジウッドの三名である。

 

ジルクニフたちは玉座の前で片膝をついた。

「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。御前に参上いたしました」

アインズが静かに頷くのを見たアルベドが声をかける。

「面を上げなさい」

「はっ」

「楽にしてよろしい」

 

許しを得たジルクニフは立ち上がった。

「魔導王陛下。貴国の紙幣印刷技術には深い敬意を抱いております」

 

そして計画を説明する。

帝国独自通貨の発行――それに伴う工場の建設。所有権。特殊素材。独自加工。

全てを淀みなく語った。

 

最後にジルクニフは最重要事項を口にする。

「この新通貨の名称を、ぜひ陛下に決めていただきたく存じます」

 

アインズは内心首を傾げた。

(通貨の名前?)

予想外だったが、工場建設費用も設備費用も全てエンで支払うという。

悪い話には思えない。

(まあ……売れるなら売ればいいか)

「うむ。承知した。帝国の発展に役立つのであれば協力しよう」

 

(承諾された……! こうもあっさりと……!)

ジルクニフは歓喜を押し殺した。

「陛下の御慈悲に感謝申しあげます」

再び頭を下げる。

 

「では名前だが……」

アインズは考える。

(エンと来たら……ドルだよな……。でもそのままってのはなぁ。少しひねった方がいいか?)

 

「『ダラ』としよう」

「ダラ……!」

ジルクニフは即座に頭を下げた。

「かしこまりました」

 

計画は成功した。そう確信した。その時だった。

 

アインズはふと、転生前の世界の知識を思い出した。

(そういえば……通貨って、交換比率とかあったよな……)

守護者たちが見守る中、アインズは何気なく口を開いた。

 

「それと……そうだな。両国の通貨の価値を決めておこう」

大謁見の間が静まり返る。

 

ジルクニフは息を呑んだ。

(通貨の……価値?)

アインズは記憶を手繰る。

(以前の世界では……確か……100で区切ると便利だった……気がする……)

 

「1エン=100ダラとする」

 

その瞬間、帝国側はもちろん、守護者たちも息を呑んだ。

 

ジルクニフは一瞬、混乱した。

(100……? なぜ100だ? ……この化け物の叡智は俺を遥かにしのぐ。鬼才過ぎて手が読めん……!)

しかし、単純で覚えやすい。市場への浸透もしやすい。

何より、魔導王が提示したという事実が、帝国通貨の信用を保証する。

(くっ。これ以上の沈黙はまずい……!)

ジルクニフは迷いを振り切った。

「1エン=100ダラ。承知いたしました」

 

こうして帝国通貨『ダラ』は、その名称だけでなく、価値の基準までも魔導国によって定められることとなった。

しかし、その事実の意味を、この場で完全に理解していた者は――アインズを含めて――誰ひとりいなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

帰路の馬車。

 

ヴァミリネンが抑えきれぬ興奮を滲ませた。

「お見事でした陛下。魔導王陛下は何も疑われなかったようです」

ジルクニフは窓の外を見ながら頷く。

「まだ始まりに過ぎん」

それでも確かな手応えはあった。

「だが、ようやく反撃の糸口が見えた」

 

「ああ、そういえば……。陛下」バジウッドが口を開く。

「出資をしてくれないかと、何度も皇城を訪れてる男がいるそうです」

「出資だと? この俺にか?」

「はい。何度追い返しても、『これは帝国のためだ、ぜひ陛下にお目通りを』と、しつこく通って来るそうで」

「ふん。その男はついてるな。いま俺は気分がいい。会ってやってもいいぞ」

「本当ですか? では次に来たときは、通すように言っておきます」

 

◇ ◇ ◇

 

一方、その頃。ジルクニフが辞去した後の大謁見の間。

 

アルベドが口を開く。

「通貨名をアインズ様に決めさせることで、権威を借りるつもりなのでしょう」

デミウルゴスが頷く。

「加えて、失敗した際の責任を、我々へ転嫁する布石でもあります。その程度の策は容易に見抜けます」

アルベドはアインズを見た。

「それを承知で受け入れられたのですね?」

デミウルゴスの口元が歪む。

「当然でしょう。今ごろ彼らは『これで反撃の糸口が見えた』とでも思っているのでしょう。しかし、成功しても失敗しても利益を得るのは魔導国です。帝国が繁栄すれば属国としての価値が高まる。失敗すれば我々への依存度が増す」

デミウルゴスは恍惚とした表情になった。

「アインズ様はすべてのものを盤上の駒として利用される。実にお見事です」

 

アウラが目を輝かせた。

「これって、前にアインズ様が言ってた、『うぃんうぃん』ってやつですよね?!」

アインズは心の中で頭を抱えた。

(え、言ったっけ? いつ? 聞いてもいい? 「どの時だよ!」って)

「うむ。そうだ」

混乱を表情には出さず、重々しく頷く。その姿に守護者たちは深く感銘を受けた。

 

「ところでさぁ、アルベド。どうしてこの場にあたしを呼んだの?」

アウラが屈託なく訊いた。

「帝国が独自通貨発行の承諾を求めてくる、と思ったからよ。でも彼らに紙幣印刷の技術はない。だから印刷工場ごと購入することを考える。そうなれば、印刷工場の管理をしているあなたにも聞いてもらった方がいいでしょ?」

「あー、そういうことかー」

 

アインズは内心で驚愕した。

(そこまで読んでたのっ? アルベド様の深謀遠慮、恐れ入りましたぁ!)

「もちろん、アインズ様は最初からわかってらしたわ」

「ふむ……。想定通り、か」

 

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