魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Phase5-3 タヨトの直訴

バハルス帝国、皇城。その威容は、訪れる者の心を常に圧し潰す。

重厚な扉の前に立つキーロ・タヨトは、乾いた喉で深呼吸を繰り返した。

胸に抱えるのは、工場の片隅で密かに作り上げた「試作エンジンの筒」。

粗末な布に包まれたそれは、彼の存在をかけた、あまりにももろい希望だった。

 

(怖い。もしこの発明が届かなければ、帝国は、我々の未来は、確実に終わる……!)

彼の心臓は、まるでその筒に閉じ込められた液状魔力のように、激しく脈打っていた。

 

重々しい音を立てて扉が開く。

玉座の間は、静寂と威圧感に満ちていた。深紅の絨毯の先に鎮座するは、バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。その両脇には、皇帝首席秘書官であるヴァミリネンと、帝国最強と呼ばれるバジウッドが控える。帝国の頭脳と武力が、今この場に集結していた。その視線が、一介の技師であるキーロに突き刺さる。

 

キーロは膝をつき、額が床に触れるほど深く頭を下げた。震える声が、静寂に吸い込まれる。

「陛下……帝都工場の技師、キーロ・タヨトと申します。本日は……帝国の、未来に関わる発明について、どうしても、どうしてもお耳に入れたく、参上いたしました……!」

 

ジルクニフは、その若き技師を冷徹な眼差しで見下ろした。片眉をわずかに上げ、その表情は「戯言か?」と語っている。

「工場の片隅の技師が『帝国の未来』を語るか。面白い。話してみろ。だが、無駄な時間であれば、それ相応の覚悟はあろうな?」

その言葉に、キーロの背筋に冷たいものが走る。だが、ここで怯むわけにはいかない。彼は震える手で布を解き、磨き上げられた金属筒──彼の全てを注ぎ込んだ試作エンジンを、畏れ多くも皇帝の御前に差し出した。

 

ヴァミリネンが目を細め、訝しげに問う。

「……ただの金属筒に見えるが?」

キーロは、その問いに首を振る。

「いいえ。液状魔力を、この筒に閉じ込め……そして、ある刺激を与えると──」

彼は懐から取り出した金属棒を、筒の上部に当て、渾身の力を込めて叩きつけた。

 

キンッ!

乾いた、しかし鋭い金属音が玉座の間に響き渡る。直後、筒の内部から青白い光が弾け、小さな金属片が火花を散らしながら宙を舞った。

バジウッドが、その武骨な体を思わず前のめりにした。

「今のは……一体?!」

 

キーロは、その驚きを確信に変えるように、声を張り上げた。

「液状魔力は、押し込めば力を溜めます。そして、刺激を与えれば、かくも暴れ狂う。この力を利用すれば、『鉄の馬』を作れます! 馬より速く、疲れず、重い荷を運ぶ、新たな乗り物を!」

 

しかし、ジルクニフは腕を組み、その表情は依然として動かない。むしろ、その瞳には「夢物語」と断じる冷たさが宿っていた。

キーロは、その拒絶の気配を肌で感じ取った。ここで引き下がれば、全てが終わる。彼は、自らの命を削るかのような勢いで、皇帝へ思いをぶつけた。

 

「陛下! 魔導国のアンデッドに、我々はただ怯えることしかできないのでしょうか! 彼らの圧倒的な力に、ただ蹂躙されるのを待つだけなのでしょうか! いいえ! この『鉄の馬』があれば、我々は彼らと対等に、いや、それ以上に戦えます! この技術こそが、帝国の未来を切り開く剣となるのです! どうか、どうか私に、この剣を作らせてください! 我らが帝国のために!」

 

ジルクニフは、キーロの熱弁を冷ややかに遮った。

「キーロ。お前の情熱は理解した。だが、現実を見ろ。帝国の道は馬車のために作られた。深く刻まれた轍、未舗装の道。お前の言う『鉄の馬』など、まともに走ることすらできまい」

その言葉は、キーロの胸に鉛のように重く響いた。絶望が、彼の視界を覆い始める。

 

その時、ジルクニフの脳裏に、まるで雷鳴が轟いたかのような閃きが走った。

(待て……。帝国では走れない……。だが……!)

 

ジルクニフの脳裏に鮮明に蘇るのは、ノヴァリアの、あの異常なまでに整備された石畳の道路だった。馬車が通るにはあまりにも滑らかで、広すぎる道……。

「……ノヴァリアの道路……ならば……走れる……」

 

ジルクニフの呟きに、ヴァミリネンが息を呑んだ。その瞳に、皇帝の意図を読み取った驚愕の色が浮かぶ。

「陛下……まさか……!」

 

ジルクニフは、ゆっくりと、しかし確固たる足取りで玉座から立ち上がった。まるで新たな時代への一歩を踏み出すかのように――。玉座の階段を降り、キーロの目の前に立つ。その眼差しは、もはや冷徹な皇帝のものではなく、未来を見据える鮮血帝のそれだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「キーロよ。お前の『鉄の馬』は、この帝国では走れないだろう。だが、魔導国であれば、いや、魔導国だからこそ、走るのだ!」

ジルクニフの瞳が、燃えるような光を放っている。

「ノヴァリアの道路は、異常なまでに整備されている。あの滑らかな石畳は、馬車のためではない。あれは、お前の言う『鉄の馬』を走らせるために作られた道だ! ならば──」

ジルクニフは、その場にいる全員に、そして見えざる魔導国に宣戦布告するかのように、高らかに宣言した。

「帝国がその『鉄の馬』を作り、魔導国へ売りつけてやればよいではないか!」

 

キーロの胸に、激しい震えが走った。それは恐怖ではなく、途方もない希望と興奮だった。

「魔導国へ……輸出……?」

 

ジルクニフは目を閉じ、深く息を吸った。

帝国は、魔導国にただ飲み込まれるのを待つだけの存在になりつつあった。

だが──工場の技師にすぎない男が、 帝国の未来を変える「火種」を持ってきた。

ジルクニフは高らかに宣言した。

「いまこの時より、『鉄の馬』の開発を、 帝国の最重要国家事業とする!」

「ひゅっ」キーロが息を飲み込み、大きく目を見開いた。

 

「キーロ。帝国はお前に、必要な資金を惜しみなく出す。最高の工場を与えよう。腕利きの職人も集めさせる。お前は──」

ジルクニフは、より一層声を張り上げて叫んだ。

「未来を作れ! 我が帝国の新たな武器を創り出すのだ!」

 

キーロは、もはや畏れも忘れ、床に額が触れるほど深く頭を下げた。その声は、歓喜と決意に満ちていた。

「陛下! このキーロ・タヨト、必ずや! 必ずや帝国の、そして陛下の御期待に応えてみせます! この命に代えても、必ずや完成させてみせます!」

 

ジルクニフは、キーロの肩を力強く掴み、まっすぐ目を見据えた。

「期待しているぞ、キーロ。お前の『鉄の馬』は、魔導国に風穴を開ける! いや、開けてみせろ!」

 

その瞬間、バハルス帝国の歴史は、静かに、しかし確実に、そして不可逆的に、新たな方向へと舵を切った。それは、魔導国との新たな戦いの狼煙であり、世界を変える発明の序章であった。

 

 

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