魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
バハルス帝国。帝都アーウィンタール郊外。
皇帝ジルクニフの勅命により新設された『鉄の馬』開発専用工場は、夜になっても熱気を帯びていた。
最新鋭の製図台が並ぶ設計室には、油の匂いと、熱い議論の声が満ちている。
ジルクニフ皇帝からの言葉が、この場の全ての者の心に響いていた。
──未来を作れ──
キーロ・タヨトは、中央の大型製図台に広げられた巨大な設計図を前に、腕を組み、その全体像を睨んでいた。
彼の周囲では、数名の熟練技師や若き製図士たちが、それぞれの担当箇所で鉛筆を走らせ、計算尺を操っている。
「車輪の素材は、やはり金属でいく。魔導国の石畳を高速で走破するには、馬車の木製では強度も耐久性も不足する」
キーロの指示に、一人の技師が頷き、手元の設計図に修正を加える。
「軸受けには、回転摩擦を極限まで減らす機構が必要だ。ベアリングの構造を再検討しろ。速度と安定性を両立させる」
別の技師が、すでに描かれた車輪の設計図を指差し、議論を始める。
「キーロ様、この形状では、高速域での振動が懸念されます。もう少しリムの強度を上げるべきかと」
「うむ。だが重量が増えすぎても問題だ。素材の配合と構造で最適解を探る。試作段階で徹底的に検証するぞ」
設計室の中央には、あの「試作エンジンの筒」が厳重に保管され、その周囲には詳細な分析データが貼り出されていた。
青白い光を放つ液状魔力の残滓が、未だ内部に宿っている。
「エンジンの配置だが……駆動方式と合わせて再考が必要だ」
キーロは、全体図に描かれたエンジンの位置を指し示す。
「魔導国の道路は基本的に平坦だが、一部には勾配もある。後輪駆動で十分か、それとも四輪駆動も視野に入れるべきか?」
「キーロ様、初期段階では後輪駆動でシンプルにまとめるべきかと。複雑化はコストと開発期間に影響します」主任技師が意見を述べる。
「しかし、将来的な拡張性も考慮すれば……」別の技師が反論する。
キーロは彼らの意見を聞きながら、自身の思考を整理する。
「まずは後輪駆動で進める。ただし、将来的な四輪駆動への改修を容易にする設計を盛り込め。魔導国の道路状況は、我々が想像する以上に整備されているはずだ」
議論は燃料供給システムへと移る。
「液状魔力の燃料タンクは、重心を考慮し、この位置に。供給管は太く、短く、安定した流量を確保する」
キーロの指示で、製図士が素早く図面に加筆していく。
「問題は点火装置だ。以前の試作では、単発の衝撃でしか魔力を解放できなかった。これでは『連続した力』にはならない」
キーロは眉間に皺を寄せ、壁に貼られた魔力解放の原理図を睨む。
「連続的に刺激を与える仕組み……。どうすれば、あの爆発的な力を制御し、持続的な動力へと変換できるのか……」
その時、キーロの脳裏に閃光が走った。
「そうだ……クランクだ!」
彼は製図台に駆け寄り、空いているスペースに、勢いよく円と棒を描き始めた。
「ピストンの往復運動を、回転運動に変換する機構……! これがあれば、エンジンは連続して動く!」
周囲の技師たちが、キーロの描く図に注目する。
「キーロ様、これは……!」
「この回転軸に、車輪を繋げば……! 連続的な動力が得られる!」
キーロの興奮が、設計室全体に伝播する。
「これだ……これが、我々の『鉄の馬』の心臓となる『エンジン』の基本構造だ!」
設計室の明かりの下、キーロと技師たちが描き上げた設計図は、まだ多くの課題を抱える粗削りなものだった。
しかし、そこには確かに、帝国の未来を切り開く「鉄の馬」の姿が明確に描かれていた。
キーロは、その設計図を広げたまま、熱い眼差しで呟いた。
「これが走れば……帝国は魔導国に飲まれるどころか、奴らの道路を走り、奴らの市場を奪うことができる!」
キーロの言葉に、周囲の技師たちも静かに頷く。彼らの胸にも、同じ熱い決意が宿っていた。
(陛下……必ずや、ご期待に応えてみせます)
キーロは、設計図を丁寧にまとめると、立ち上がった。
「よし、次は試作だ。各部署、連携を密にして、この設計を形にするぞ!」
「「「はいっ!」」」
設計室に、力強い返事が響き渡る。
その場にいる全員の背中には、帝国の未来を背負う者たちの覚悟が宿っていた。