魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
アンデッド・マクロの導入により、それまでの多忙さから解放されたゴンド・ファイアビアドは、その時間を惜しみなくルーン文字の研究に費やしていた。
「ふむ……。これは、どうじゃ?」
ゴンドは、磨き上げられた魔導電池の表面に、慎重にルーン文字を刻み込む。集中力は研ぎ澄まされ、周囲の音は一切耳に入らない。やがて、三つの新たなルーン文字が、魔導電池の表面に浮かび上がった。
「D」「C」「M」。
それは、ゴンドの長いルーン研究の歴史において一度も見たことのない、未知の文字だった。
「これは……まあ、偶然じゃろうのう。じゃが、もう一度同じ文字を刻み込むことができれば……」
ゴンドは同じ文字を、もう一つの魔導電池にも刻み込めるか試みた。
「おおっ、できた!」
何度か失敗した後、ようやく同じルーン文字を刻印することに成功した。
しかし、ゴンド自身、これらの文字がどのような効果を持つのか、皆目見当がつかなかった。
「うーむ、わからん……」
首を捻りながらも、ゴンドは完成した一つを手に、トブの大森林にある液状魔力精製 第一工場へと向かった。そこで、ゴンドはアウラ・ベラ・フィオーラに魔導電池を渡し、頼み込んだ。
「アウラ様、この魔導電池に刻まれたルーン文字、何の効果があるのか調べてみてくれんかの。わしにはさっぱりでな……」
「なにこれ……。見たことないや……。いいよ、ゴンド。ちょっと調べてみるね」
(後でアインズ様に聞いてみよう)そう思い、アウラは快くそれを受け取った。
こうして、「三つのルーン文字が刻まれた魔導電池」は、一つをゴンドが、もう一つをアウラが持つことになった。
◇ ◇ ◇
その頃、シャルティア・ブラッドフォールンは、深い焦燥感に苛まれていた。様々な発明が次々と成され、アインズ様の偉大な計画が着々と進む中、自分だけが何も貢献できていない――その思いが、シャルティアの心を締め付けていた。
(アインズ様のお役に立てていないでありんす……。このままでは、わたくしは……)
焦りが頂点に達したある日、シャルティアは、仲の良いアウラに相談しようと、トブの大森林にある液状魔力精製 第一工場を訪れた。
工場では、アンデッド・マクロが規則正しく動き、液状魔力が超高速かつ大量に生産されていた。その光景は、アインズの偉大さを改めて示すものであり、シャルティアの焦燥感をさらに煽った。
アウラはゴンドから預かった「三つのルーン文字が刻まれた魔導電池」を手に、その効果を調べている最中だった。
「あれ? シャルティア。珍しいね。どうしたの?」
「……相談がありんす」
「相談かぁ……。いま忙しいんだけど。後にしてくれない?」
しかし、シャルティアは引き下がらない。
「アインズ様のお役に立ちたいでありんす! 何か、何かわたくしに、できることはないでありんすか?!」
「だからぁ。後にしてよ」
興奮したシャルティアは叫んだ。
「アインズ様のお役に立ちたいでありんすーーー!」
トブの大森林。魔導電池精製工場の片隅。
「三つのルーン文字が刻まれた魔導電池」を手にしていたゴンドの耳に、微かな声が聞こえたような気がした。
「なんじゃ?! いま誰か喋ったか?!」
ゴンドが驚いて大声を出すと、その声が、今度はアウラが持っている「三つのルーン文字が刻まれた魔導電池」から、はっきりと聞こえてきた。
「え? ゴンドの声?」
アウラが驚き、シャルティアも目を丸くする。
◇ ◇ ◇
休日の午後のひととき。
「今日もいい天気だなぁ~」
ンフィーレアは自宅前のベンチに座り、お茶を飲んでいた。
すると突然、空間に黒い歪みが生じ、アウラ、シャルティア、ゴンドが現れた。
「ンフィーレア!」
「うわっ、アっちー!」
驚いてお茶を盛大にこぼしたンフィーレアが飛び上がる。
「ンフィーレア、話を聞いて!」
アウラたちの話を聞いたンフィーレアが答えた。
「なるほど……。どうやら、この三つのルーン文字が揃って初めて効果を発揮し、その効果は『共鳴』のようですね」
「共鳴の効果じゃと?」
「でもさ、一つをシャルティアに持たせて、トブの大森林の奥で話してもらったら、そのときは聞こえなかったんだよね」
「工場地帯には液状魔力による微弱な魔力の波があります。その魔力の波を伝って、この二つの魔導電池が共鳴し、音声を伝達しているんだと思います。工場地帯から離れると共鳴しないのは、魔力の波が届かなくなるからでしょう」
そして、ンフィーレアは結論づけた。
「これがあれば、<メッセージ>を使えない人たちでも、離れたところで話ができるようになるかもしれません」
◇ ◇ ◇
ノヴァリア王宮。統治評議室。
アインズは、ラナーとアルベドから定例の金融報告を受けていた。
ラナーの流暢で専門的な説明は、アインズの頭にはまったく入ってこなかった。
(もっと小学生でもわかるように説明してくれよ……。でもなぁ、みんな「当然アインズ様ならおわかりでしょうが」という前提で話すんだよなぁ。俺にわかるわけないだろ……)
アインズは内心で悲鳴を上げていた。
アルベドの金色の視線が突き刺さる。ラナーの黄金の笑顔が恐ろしい。
そこへ、<メッセージ>が入った。
『アインズ様!』
『おお、アウラか』
(ナイス、アウラ! ファインプレー!)
『なにかあったのか』
『はい、ご報告したいことが……ちょっとシャルティア、やめて!』
『わたくしが発見したでありんす! わたくしが報告するでありんす!』
『シャルティアもそこにいるのか』
『はい、ゴンドとンフィーレアも……だからシャルティア、やめてってば!』
『なんでいつもアウラばっかり! ズルいでありんす!』
『ゴンドがルーン文字を……ちょっとぉ! 引っ張らないでよっ!』
がすっ! 『ぴぎゃっ!』
アインズは静かに告げた。
『……全員まとめて、今すぐ王宮へ来い』
◇ ◇ ◇
<ゲート>を通り、アウラ、シャルティア、ンフィーレア、ゴンドが姿を現した。
アウラが説明を始めると、すぐにシャルティアが遮るように話し出し、さらにアウラが言葉を重ねてくる。一向に話が見えてこない。
「二人とも、黙りなさい」
アルベドの冷徹な声が響いた。
「ンフィーレア。あなたから説明なさい」
初めて見る王宮の荘厳な美しさに、呆然としていたンフィーレアは、アルベドの声にハッと我に返り、説明を始めた。
ンフィーレアの説明を聞いたアインズが呟いた。
「――なるほど。電話を発明できそうだ、ということだな。しかも、ケータイか……」
(これでまたも魔法の価値が下がることになるな……。<メッセージ>使えなくても、ケータイで良くね? ってなるだろうし……)
(でんわ……? けーたい……?)
またも未知の言葉を聞いたアルベドが、たまらず訊いた。
「アインズ様は、これも想定されていたのですかっ?!」
(あ、しまった……)と思ったアインズだったが、支配者としての威厳を崩すことはない。
「うむ。想定通り、だ」
驚愕する守護者たちを見ないようにしつつ、アインズがゴンドに訊いた。
「ゴンドよ、その三つのルーン文字は、大量に刻印できそうか」
「まったくの偶然じゃったのですが、再現できたので、アンデッド・マクロを組むことは可能じゃと思います」
アルベドがンフィーレアに訊いた。
「工場地帯から離れた場所でも共鳴させるためには、どうすればいいのかしら」
「液状魔力が発する魔力の波を、工場地帯だけではなく、全土に広げることができれば、どこにいても共鳴させることができると思います」
アルベドは一瞬の沈黙の後、ラナーに声をかけた。
「ラナー。新天地全土に魔力の波を広げるには、どうしたらいいかしら」
ラナーの脅威の脳内演算装置が高速処理を開始する。そしてすぐに答えを導き出した。
「はい、アルベド様」
ラナーは壁に貼られた巨大な地図の前へと移動した。
「もっとも効率的なのは、この位置と……もう一つ、この位置から魔力の波を発するのが良いと考えます」
ラナーの指さした位置を見たアルベドは息を呑んだ。金色の瞳が大きく見開かれる。
「シャルティア! ラナーが示した場所へ飛びなさい!」
「な、なんでありんすか、急に……」
「さっさと行きなさい、今すぐ!」
「わかりんした。行ってくるでありんす」
転移したシャルティアから、すぐに<メッセージ>が送られてきた。
『その二箇所には、高い塔が建っているでありんす』
『やっぱり……。シャルティア、高さを測って!』
言うとすぐに、アルベドはラナーに顔を向けた。
「ラナー! その二つの塔には、どれくらいの高さが必要なのか、計算して!」
鬼気迫る表情で言われたラナーは、またも脳内で演算処理を開始した。
シャルティアから<メッセージ>が入る。
『二つの塔は、どちらも200メートルでありんす』
『200メートルねっ!?』
アルベドは全身に電流が走ったかのような衝撃に襲われながら叫んだ。
「ラナー! 必要な高さはっ?!」
「200メートルです。……え? ……でもなんで……もう、あるの……?」
アルベドが叫ぶ。
「その二つの塔は! 新天地開拓プロジェクトが始まるよりも前に! アインズ様が、ご自身で造られたものよっ!!」
「なっ……!!!」
見えない衝撃波が部屋全体を襲い、全員が一斉にのけぞった。
もっとも大きな衝撃を受けたのは、当のアインズ本人だった。
(えええーっ?! 俺はただシムシティごっこで遊んだだけなんだけどぉーっ!)
しかし、アインズの全身が緑色に発光し、精神安定が発動する。
「ふっ。ようやく、ここまで来たか」
ラナーは白目を剥きそうになるのをぐっとこらえた。
(お、恐ろしい……。アインズ様はこの発明さえも予見していた……。いや、違う、それだけじゃない……)
アインズは「携帯電話」が発明された時に必要となる「石」を、先に「盤上」へ置いていたのだ。当時は誰も意味を理解できなかった至高の一手。二本の塔は、気まぐれでも記念碑でもない。未来のために打たれた「布石」だったのだ。
(こ、こんなことがっ、こんなことができる存在がっ……実在するというのっ!)
それはラナーの眼前に、確かに実在していた。
アルベドが受けた衝撃は、ラナーの比ではない。
(あのときアインズ様は「気まぐれ」だと……。でもやはり気まぐれなどではなかった……。では、あの塔は?! さらに高く造ったあの塔は……いったい何のためにっ……?!)
沈黙――。誰も声を発せなくなった。
静寂を破ったのはンフィーレアだった。
「ア、アインズ様……」
「うむ」
「もし全国に魔力波を広げられるのであれば、この装置は実用化できると思います」
ンフィーレアは二つの魔導電池を掲げた。
「ですが、問題が一つあります」
「ほう?」
「誰とでも共鳴してしまうのです」
部屋の空気が変わった。
「例えば、百人がこの装置を持った場合です。誰かが話した瞬間、その声が百人全員に届いてしまいます」
「なるほど」
「ですので、特定の相手だけと話す方法が必要になります」
ゴンドも頷いた。
「今のままじゃと、酒場で百人が同時に喋るようなものじゃな」
「うわぁ……それは嫌だね」アウラが顔をしかめた。
「つまり、利用者ごとに異なる共鳴先を持たせる必要がありますね」
「ラナーの言うとおりね。それは可能なの?」
アルベドの問いに、ゴンドが困った顔で首を振った。
「難しいのう。ルーン文字を全部変えるとなると、とんでもない数になるぞい」
アインズは聞きながら考えていた。
(あれ? これって電話番号の話だよな? 番号振ればいいだけじゃないか?)
「識別番号を付ければよいのではないか?」
その瞬間、全員の動きが止まった。
「……識別番号?」
「うむ。例えば一台目には1番、二台目には2番、三台目には3番だ。それぞれ固有の番号を与える。そして話したい相手の番号を指定して接続する。私が造った塔は『基地局』となればよい」
またも訪れる静寂。誰も言葉を発しない。アインズは少し不安になった。
(あれ? 何か変なこと言ったか?)
アルベドが口を開いた。
「なるほど、そういうことですね、アインズ様」
ラナーも黒い瞳を大きく見開いていた。
「わかりんせん! 説明してくだしんす!」
「ラナー、説明してあげて」
「はい」ラナーは壁の地図を見上げた。
「アインズ様が仰った『識別番号』の意味をお考えください。もしこの番号がなければ、この装置を持つ者たちは、互いの声を拾い合うために常に広範囲へ液状魔力を放射し続けなければなりません。それでは魔導電池の消耗が激しく、端末は巨大化し、混信によって使い物にならなくなるでしょう」
ラナーの瞳の中で、数式の残像が激しく明滅する。
「ですが、アインズ様の設計は違います。利用者はただ、話したい相手の『識別番号』という極小の信号を飛ばすだけでよいのです。複雑な探索や接続の処理は、すべてアインズ様が造られたあの巨大な二基の塔――『基地局』が肩代わりする。基地局が信号を受信した瞬間に、対象となる番号の現在位置を特定し、発信者との間にだけ限定的な『共鳴経路』を構築するのです」
ラナーは両手を漂わせ、恍惚とした表情で歌うように説明を続けた。
「つまり、利用者が持つ端末は、声を届けるだけの極めて単純で安価な装置で済むようになる。これこそが、至高の御方による支配の回路! あの二基の塔は、ただ魔力波を広げるためだけではなく、数十万、数百万という民の声を一手に制御し、繋ぎ変えるための巨大な脳として、最初からあそこに建っていたのです!」
アルベドが恍惚とした表情になる。
「ああ、アインズ様。お見事です」
ヒゲを触りながら聞いていたゴンドがつぶやくように言った。
「要はルーン文字とともに番号を刻むんじゃな。ふむ。アンデッド・マクロに番号刻印を覚えさせれば量産できるかもしれん」
ンフィーレアも興奮している。
「電話帳も作れます。商人や役所の番号を一覧化できます。緊急連絡先も。遠距離取引も。予約も」
「すごいじゃん!」アウラが叫んだ。
「さ、さすがアインズ様でありんす!」シャルティアも負けじと言う。
その歓声の中、アインズだけが静かに思った。
(元の世界では小学生でも知ってることを言っただけなんだけどな……。ラナーの説明はさっぱりわからなかったし……)
しかし、その言葉を口にすることはなかった。
なぜなら、守護者たちは今、「通信という概念そのものを設計した至高の存在」を見るような目で、アインズを見つめていたのだから。