魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Phase5-7 暁を裂く真紅

バハルス帝国。北東。カルサナス都市国家連合との国境付近。

 

忘れ去られ、草木に覆われていた旧街道は、今その姿をがらりと変えていた。ジルクニフ皇帝の命により、魔導国の道路を模したかのような、完璧に舗装された石畳の道へと変貌を遂げていたのだ。

ノヴァリアの道には遠く及ばない。しかし、その石畳は寸分の狂いもなく均され、馬車の轍一つない。これは、帝国の未来を賭けた「鉄の馬」の、試験疾走のために用意された、まさに「未来への道」だった。

 

夜明け前の空はまだ暗く、乳白色の霧が地表を這うように漂い、全てを幻想的に包み込んでいた。

 

キーロ・タヨトは、分厚い布をかけられた試作車の前に立っていた。

幾夜も工場に籠もり、油と汗にまみれ、指先を切り刻みながら、キーロがその魂を削って作り上げた結晶――鉄の馬。その金属の塊が、霧の中で静かに佇んでいる。

 

「……ついに、この時が来た」

キーロの喉から、乾いた呟きが漏れた。その声には、疲労と、そして途方もない期待が滲んでいた。

 

傍らでは、ジルクニフ皇帝の密命を受けた近衛騎士たちが、周囲を厳重に警戒しながら、キーロの準備を固唾を飲んで見守っていた。

 

キーロは、ゆっくりと、しかし確かな手つきで布を外した。

青白い霧の中に、鈍く光る紅い車体が姿を現す。

四つの頑強な金属車輪。液状魔力タンク。そして、キーロがその全てを注ぎ込んで作り上げた、帝国の新たな心臓たる液状魔力エンジン。その姿はまだ粗削りで、洗練とは程遠い。しかし、その金属の塊には、疑いようもなく、帝国の未来が宿っていた。

 

キーロは運転席に乗り込み、助手席の青年に声をかけた。

「液状魔力のバルブを開けろ」

「了解!」

青白い液体がタンクから勢いよく流れ出し、金属管を通ってエンジン内部へと吸い込まれていく。その音は、まるで生き物が水を飲むかのようだった。

 

キーロは、懐から取り出した金属棒を点火口に差し込み、深く、深く息を吸い込んだ。

(頼む、動いてくれ……! お前が動けば、帝国は、この絶望的な状況を打ち破る、新たな武器を手にするのだ……! 陛下のご期待に、応えさせてくれ……!)

 

全身の力を込め、金属棒を叩きつける。

キンッ!

乾いた金属音が夜明け前の静寂を切り裂いた。

直後、エンジンの奥で青白い光が弾け、車体全体が激しく震動する。

「……動いた……動きました!」

助手が、興奮に震える声で叫んだ。

 

エンジンは不規則ながらも、確かに、力強く、その「心臓」が脈動を始めた。

それは、まるで永い眠りから覚めた巨獣の咆哮のようだった。

 

キーロは、固くハンドルを握りしめ、アクセルをゆっくりと、慎重に踏み込んだ。

ゴッ……ゴゴゴッ……!

重々しい唸りとともに、金属の車輪がゆっくりと、しかし確実に回転を始める。石畳の上を、帝国の未来を乗せた「鉄の馬」が、初めてその一歩を踏み出したのだ。

「動いてる……。動いてるぞ!」

近衛騎士たちが息を呑み、その目に驚愕と希望の色を宿した。

 

キーロはさらにアクセルを踏み込んだ。

ゴッゴッゴッ! ガガガガーッ!

エンジンが咆哮を上げ、車体は猛然と加速する。

石畳を蹴り、霧を切り裂き、その速度は瞬く間に馬のそれを凌駕した。

それは、ただの移動手段ではない。魔導国に一矢報いるための、帝国の新たな『剣』が、今その真価を発揮し始めた瞬間だった。

 

キーロの視界は、熱い涙で滲んでいた。その震える唇から、絞り出すような声が漏れる。

「……走ってる……! 陛下……! 帝国の……未来が……! 今、ここに……!」

 

速度が上がる。風が頬を打ち、石畳が猛烈な勢いで後ろへ流れていく。

キーロは、全身全霊を込めて叫んだ。

「走ったぞー! 走ったーー!!」

その歓喜の叫びは、夜明け前の霧の中に吸い込まれていった。

 

「やったー! 走ったぞー!」

興奮した近衛騎士たちも、警備のことなど忘れ、全力で後を追いかけた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

やがてキーロはゆっくりとブレーキを踏み、試作車は石畳の上で静かに止まった。

エンジンの余韻だけが、微かに響いている。

 

キーロは震える手で車体を撫でた。その金属の冷たさが心地よかった。

「お前は……必ずや、帝国を救う……」

キーロの言葉は、確信に満ちていた。その手は、冷たい金属の車体を、まるで愛しい我が子を撫でるかのように、優しく、そして力強く撫でていた。

 

◇ ◇ ◇

 

バハルス帝国。皇帝の執務室。

窓から差し込む朝日はかつての黄金色の輝きを失い、どこか魔導国の冷徹な「青白い光」を予感させるような、冷ややかな色を帯びていた。

 

皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、机の上に広げられた資料――魔導国の圧倒的な技術力をまとめた報告書を凝視していた。

彼の指先は無意識に、抜け止まったはずの金髪に触れ、胃の奥に広がる不快な熱に耐えていた。

 

その静寂を、無作法な足音が打ち砕いた。

「陛下ぁーっ! 陛下ぁーっ!!」

 

扉が、儀礼を完全に無視した勢いで跳ね飛ばされるように開いた。

現れたのは、息を切らし、顔を紅潮させた帝国騎士団長バジウッド・ペシュメルだった。

 

「バジウッド……。また魔導国の『号外』でも届いたのか?  それとも今度はスケルトンが空を飛んできたか?」

 

ジルクニフは自嘲気味に呟き、震える手でポーションに手を伸ばした。だが、バジウッドは首を大きく横に振った。その瞳には、かつてないほどの希望の光が宿っている。

 

「走った! 走りましたぜ、陛下っ!」

「……何がだ」

「『鉄の馬』ですよ! キーロが造った『鉄の馬』が……今朝、北東の旧街道で、走ったんです!」

 

ガシャーン! 瓶が砕け散る音が響く。

ジルクニフは手にしていたポーションを床に落としていた。

 

「キーロが……成功したのか?!」

「成功なんてもんじゃねぇ! 爆音を響かせ、石畳を蹴り飛ばして……馬の速度をあっさり抜き去りやがったと! キーロの野郎、運転席で泣きながら叫んだらしいです。『陛下、帝国の未来が走りました!』ってな!」

 

ジルクニフの脳裏に、かつて玉座の間で見た、油まみれの技師キーロ・タヨトの燃えるような眼差しが蘇った。

 

――ノヴァリアの道路は、「鉄の馬」を走らせるために作られた道だ!――

 

自らが口にしたあの言葉が、確信へと変わる。魔導王アインズ・ウール・ゴウンが、その圧倒的な力で造り上げた「理想郷」ノヴァリア。滑らかで、広大で、死角のないあの完璧な石畳の道路。それこそが、帝国が逆襲に転じるための、最高かつ唯一の舞台なのだ。

 

「……はは、はははは」

ジルクニフの喉から、乾いた笑いが漏れた。それは久しく忘れていた、狂気と歓喜の混ざり合った笑いだった。

「ノヴァリアの道を疾走するのは、アンデッドではない。我々の『剣』だ!」

ジルクニフは窓の外、魔導国がある方向を鋭く睨みつけた。

「魔導国の民の心を『自由な移動』で塗り替えてやる!」

 

胃の痛みは、いつの間にか消えていた。代わりに、燃えるような覇気がジルクニフの全身に満ちていく。

 

「バジウッド。すぐにヴァミリネンを呼べ。『鉄の馬』の量産体制を整える!」

 

バハルス帝国の『鉄の馬』が、魔導国の完璧な調和に風穴を開ける。

その歴史的瞬間のカウントダウンが今、静かに、しかし力強く始まった。

 

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