魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
新首都ノヴァリア。王宮。大謁見の間。
巨大都市の中央を一直線に貫く都市軸の終着点、ノヴァリア王宮の最上階。
バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、巨大な窓から見える光景に、三度目となる眩暈を覚えていた。
(……何度見ても、正気とは思えん)
窓の外には、アインズ・ウール・ゴウンがわずか三か月で築き上げた「理想郷」が広がっていた。液状魔力によって青白く発光する、滑らかな石畳の道路。そこに轍は一つもなく、アンデッドバスが滑走している。
ジルクニフはこの完璧すぎる舞台を「鉄の馬」という名の剣で切り裂くべく、今日この場に立っていた。
「久しいな、ジルクニフ殿。新都市ノヴァリアの居心地はいかがかな?」
「言葉もありません、陛下。この都市は、もはや神話の領域。我ら人間には到底及びもつかぬ叡智の結晶でしょう」
ジルクニフは完璧な「属国の王」として微笑んだ。心臓の鼓動は激しい。
隣に控えるキーロ・タヨトは、緊張のあまり石像のように固まっている。
「さて、本日は我が国の発展をご報告に参りました。魔導王陛下より賜りし新通貨『ダラ』……。この価値を真に高めるため、我が帝国は一つの結実を得ました」
ジルクニフが合図を送ると、キーロが震える手で一枚の精緻な写本を広げた。
そこには「鉄の馬」の完成図が描かれていた。
「ほう。これは……」
アインズが玉座から身を乗り出した。
(うわあ、車だー。本物の車じゃないかー。デザインも初期のT型フォードっぽくて、かっこいいぞー)
アインズは内心のわくわく感を隠して、重々しく顎を引いた。
「『鉄の馬』と呼んでおります」
「……鉄の馬?」
アインズが疑問を感じたような声を漏らした。
(なぜ名前に反応する? ……いや、焦るな。まだここからだ)
ジルクニフの声に力がこもる。
「これは液状魔力を利用して走ります。陛下がこのノヴァリアに敷き詰められた、あの美しく滑らかな石畳……。あれを見た瞬間、私は確信いたしました。あの道をこの『鉄の馬』が疾走することを、陛下は最初から予見されていたのではないか、と」
「ふむ……。察しが良いな、ジルクニフ殿。我が国のインフラは、あらゆる可能性を受け入れるために設計されている」
その一言に、ジルクニフの背筋を冷たい汗が伝った。
(この化け物はそこまで計算に入れていた……? この広すぎる道路は、帝国に『輸出』という名の希望を与え、より深く経済圏に引きずり込むための、巨大なハニーポットだったとでも言うのか……。いや、迷うな。まずは輸出の許可を得なければ……)
「この『鉄の馬』を、ぜひ陛下が統治されるこのノヴァリアの地で、お披露目させていただきたいのです。属国としての忠誠の証として、まずは我が国から貴国へ、公式に輸出の許可を賜りたく存じます」
アインズは思考を巡らせた。
(輸出か。帝国製だけど、液状魔力を使うなら、うちの燃料が売れるよな)
「よかろう」
アインズは厳かに告げた。
「我が国が豊かになるとともに、貿易の相手国にも豊かになってもらわねば困るからな。これをWin-Winと言う」
うぃんうぃん。
その聞き慣れぬ言葉の響きに、ジルクニフは逡巡した。
(勝者も敗者も、すべては奴の手のひらの上……? いや、今は考えるな。輸出が認められたのだ)
「寛大なる御配慮、感謝に堪えません」
一泊の間を置いた後、アインズが続けた。
「ところで、それは『エンジン』によって動かすものであろう。その爆発的な動力を回転に伝え、自力で走る車だろう。『鉄の馬』ではなく、『自動車』という呼び名にしてはどうかな」
(自動車って呼ぶ方が、俺がわかりやすいし)
ジルクニフの心臓が一瞬、拍動を忘れた。
(ヤツは今なんと言った? エンジン……俺はその単語を言ったか……いや、言ってない!)
隣に立つキーロの驚愕は、ジルクニフの比ではなかった。キーロが血を吐くような思いで開発し、帝国が秘匿し続けてきた新動力源。それをこの魔導王は、たった一枚の外面図から本質を射抜き、帝国の最高機密を「当然の既知」として扱ってみせたのだ。
キーロは、自分が神の御前で全裸にされたかのような感覚を覚え、その膝はがたがたと震えた。
驚きのあまり沈黙してしまったジルクニフが、あわてて答えた。
「命名いただき、ありがとうございます。それでは『鉄の馬』あらため、『自動車』と呼ばせていただきます」
――謁見が終わった。
ジルクニフたちが辞去した後、アルベドがうっとりとした表情でアインズを仰ぎ見た。
「アインズ様。お見事です。あえて帝国に有利なレートで輸出を許し、帝国経済を魔導国への供給ラインとして完全に組み込まれましたね」
「すべては、私の描くロードマップの通りだ、アルベド」
アインズは威厳たっぷりに答えたが、その内面は、ノヴァリアの街をあの車が走る光景を想像し、ワクワクした喜びを抑えるのに必死だった。