魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
この頃、ノヴァリアの人口は増加し、魔導高架鉄道、アンデッドバス、アンデッドタクシーはすっかり街に溶け込み、魔導国の民たちは、便利さと豊かさを実感していた。
◇ ◇ ◇
バハルス帝国。帝都。皇城の奥深く、機密性の高い私設会議室。
皇帝ジルクニフの目の前の机には、提出されたばかりの「ノヴァリア経済調査報告書」と、タヨト自動車の量産コスト試算表が並べられている。
「バジウッド、ヴァミリネン。あの骸骨が提示した『一対百』という為替レートだが……」
ジルクニフの声は、低く、獲物を狙う猛禽のような鋭さを帯びていた。
「はい。一エンに対し百ダラ。魔導王陛下が定められた比率が、今、我々に最大の武器を与えてくれました」
ヴァミリネンが震える手で一枚の計算書を差し出す。そこには、帝国側で算出した自動車の適正価格が記されていた。
「帝国でこの自動車を売ると、一台あたり2千980万ダラになります。これでも採算はギリギリですが、貴族や大商人なら手が出る価格です」
バジウッドが首を傾げた。
「2千980万ですか……。一生かかっても平民にゃ手が届かねぇ大金だな。それを魔導国に売るってのかい?」
ジルクニフは薄く笑った。その瞳には、魔導王への復讐にも似た知略の光が宿っている,。
「そうだ、バジウッド。だが、これを『エン』に換算してみろ。一対百だぞ」
ヴァミリネンが、その「魔法の数字」を口にした。
「29万8千エン、になります」
室内に、奇妙な沈黙が流れた。
29万8千エン――。調査によれば、魔導王が推し進めた政策により、魔導国における平均月収は、およそ30万エンにまで跳ね上がっている。
「30万エンの月収がある魔導国民にとって、29万8千エンという価格は、何を意味すると思う?」
ジルクニフの問いに、バジウッドが息を呑んだ。
「一か月分の給料、ってことか? まさか、あの鉄の塊が、あっちじゃ一か月我慢すれば買えちまうのかよ?!」
「その通りだ。帝国では一生の宝物となるような最新技術の結晶が、あちらの『豊かな庶民』にとっては、少し奮発すれば買える娯楽品に成り下がる」
ジルクニフは机を叩いた。
「魔導王は言った。Win-Winだと。貿易の相手国も豊かにならねば困るとな。ならば、甘んじてその恩恵に預かろうではないか! 彼らが豊かな『エン』を抱え、暇を持て余しているというのなら、我々はそのすべてを吸い上げてやる!」
「29万8千……。ニィキュッパ、ですか。語呂もいいですな」
ヴァミリネンが感嘆の声を漏らす。
「よし、決めたぞ。魔導国での売値は、29万8千エンだ。一台売れるごとに、帝国には2千980万ダラ相当の外貨が流れ込む。そして――」
ジルクニフは窓の外、魔導国がある西の空を見据えた。
「この自動車で魔導国に風穴を開け、魔導国の市場を帝国の製品で埋め尽くす!」
ジルクニフの口角が吊り上がり、狂気と歓喜の混ざった笑みが漏れた。