魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
新首都ノヴァリアの空を、巨大な影が覆う。
ボーン・アルバトロスの編隊が、巨大なコンテナを吊り下げ、静かに降下していく。そのコンテナには、バハルス帝国帝都郊外の工場から運び出された「タヨト自動車」が収められていた。その姿は、まるで新たな時代の使者が舞い降りたかのようだった。
ノヴァリアの貨物ターミナルでは、エイト・リーブスの全体統括であるヒルマ・シュグネウスと、物流統括の二人が、固唾を飲んでボーン・アルバトロスの到着を待っていた。
恐怖公の洗礼を受けたものの、アインズの慈悲により、具体的に何をされたのか――その記憶を消してもらった二人は、それまで喉を通らなかった固形物を食すことができるようになり、すっかり健康を取り戻していた。しかし、二人の胸には一抹の不安が渦巻いていた。
コンテナがゆっくりと降ろされ、その扉が開かれる。
青白い霧を思わせる液状魔力の光が漏れる中、鈍く輝く真紅の車体が姿を現した。
「これが……バハルス帝国の自動車」
ヒルマの呟きは、期待と、そしてわずかな困惑を含んでいた。
物流統括は、その無骨ながらも洗練された金属の塊を凝視した。
「自分で好きな所へ行ける機械、か。……本当に、これを売るのか」
「アインズ様はWin-Winだと仰ったわ。この自動車を売ることが、魔導国の発展にもつながると……。ならば、我々はただ、その言葉を信じるのみ」
ヒルマは、自らに言い聞かせるように言葉を継いだ。
「そうだな……。任せろ。必ず、このノヴァリアに、新たな風を吹かせてやる」
二人は、アインズの深遠な思考を理解しようと努めながらも、目の前の「未来」を前に、静かな闘志を燃やしていた。
◇ ◇ ◇
ノヴァリア中央通りに設置された特設ショールームの前には、かつてないほどの人だかりができていた。新聞が報じた「移動の自由」という言葉は、人間、エルフ、ゴブリン、様々な種族の民の心を、静かに、しかし確実に揺さぶっていたのだ。
「おい、見ろよ! 29万8千エンだってよ!」
「一か月分の給料で買えるのか」
「魔導高架鉄道もアンデッドバスも便利だが、決まった時間にしか来ない。でもこの自動車があれば、自分の意志で、いつでも、どこへでも行けるってことだ」
ざわめきが、興奮の渦となってショールームを包み込む。
そして、最初の試乗が始まった。
液状魔力エンジンが、乾いた金属音と共に咆哮を上げる。
ゴゴゴッ、と重々しい唸りを上げて車体が動き出し、瞬く間に加速していく。
「速い! なんて速さだ!」
試乗した人々は、興奮冷めやらぬ表情で口々に叫んだ。
彼らの瞳には、これまで知らなかった「自由」の輝きが宿っていた。
自動車は、瞬く間に魔導国の民たちの心を掴んだ。
初めてハンドルを握った者たちは、その加速に驚愕する。
エルフの商人が、馬車では運べなかった商品を自動車で運び、商圏を広げる喜びに震える。人間の家族が、初めて自動車で遠出をし、見たことのない景色に歓声を上げる。
ノヴァリアの静謐な石畳は、瞬く間に自動車のエンジン音と、人々の歓喜の声で満たされていった。
自動車は、単なる移動手段ではなかった。それは、魔導国に暮らすあらゆる種族に、自らの意志で世界を切り拓く「自由」を与えたのだ。
ショールームには連日、自動車を求める長蛇の列ができ、ノヴァリアの街角には液状魔力供給施設や、バハルス帝国が運営する整備工場が次々と建設されていった。
◇ ◇ ◇
バハルス帝国、皇城。
ジルクニフは、報告書を読みながら、静かに、しかし深く息を吐いた。
「……走ったな、キーロ」
報告書には、ノヴァリアでの自動車の爆発的な売上と、それに伴う経済の活性化が記されていた。
魔導国に風穴を開けてやる――かつて自らが放った言葉が、今、現実のものとなっている。胃の奥に広がる不快な熱は消え去り、代わりに、燃えるような達成感が全身を満たしていた。
しかし、その喜びの裏で、ノヴァリア謁見で感じた「巨大なハニーポット」という疑念が、より現実味を帯びてくる。帝国が経済的に成功すればするほど、魔導国への依存は深まる。これは果たして、どちらにとっての勝利なのか――。
◇ ◇ ◇
その頃、キーロ・タヨトは、ノヴァリアの街を訪れていた。
青白い液状魔力の光に照らされた石畳の上を、自らが心血を注いで生み出した自動車が、エンジン音を響かせ、次々と走り抜けていく。
「……走ってる……! 本当に、走ってる……!」
命を賭して皇帝に差し出した試作エンジンの筒――。
連日・連夜、設計と試作を繰り返した工場での日々――。
夜明け前に旧街道を疾走した試運転――。
その全てが実を結び、今この魔導国の地で、現実の光景として広がっていた。
キーロの目から、熱い涙がとめどなく溢れ落ちる。
彼の夢は、帝国を救う「剣」となり、世界を変える「咆哮」となって、ノヴァリアの空に響き渡っていた。
バハルス帝国は、ピストンの往復運動を回転運動に変換するクランクの機構を確立した「自動車」の成功を足がかりに、その技術を応用した新たな機械を次々と生み出した。
「扇風機」、「洗濯機」――様々な製品が、魔導国へ大量に輸出された。
安く、品質の高いバハルス帝国の製品は、いずれも魔導国で爆発的な売れ行きを見せた。
かつて魔導国の脅威に怯え、疲弊していたバハルス帝国は、自動車によって魔導国に風穴を開け、一気に工業大国への階段を駆け上がっていったのである。