魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
新首都ノヴァリア、王宮。
アインズ・ウール・ゴウンは、執務室の巨大な窓から、活気に満ちた――満ちすぎた街の光景を眺めていた。石畳を疾走する「タヨト自動車」の群れ。その咆哮は、かつての静寂を打ち破るだけでなく、魔導国の経済構造そのものを揺さぶる地響きのように聞こえた。
机の上には、アルベドとラナーによって作成された、極めて不吉な報告書が置かれている。
「アインズ様。バハルス帝国の製品が、我が国の市場を完全に席巻しております。自動車のみならず、扇風機や洗濯機などの数々の製品……。今やノヴァリアの民の給料は、その大半が帝国の『ダラ』に換金され、国境を越えて吸い出されている状況にございます」
アルベドが、眉をひそめ、かつてない危機感を露わにした。
「アインズ様が定められた『1エン=100ダラ』というレート……。これこそが帝国の輸出攻勢を助ける最強の追い風となっております。このままでは、我が国の産業の自立が阻害されかねません」
「……ふむ」
アインズは威厳を保ちながら、内心では精神安定化を激しく繰り返すパニックに陥っていた。
(あー、やっちゃった、完全にやっちゃったよ! てきとーに『100で区切れば分かりやすいだろ』って決めたせいで、円安……いや、エン安ダラ高? 違う違う、エン高ダラ安か?! どっちにしろ、バカみたいに帝国製品が売れまくる状態を作っちゃったよ……)
アインズは、かつていた世界の歴史――「貿易摩擦」の記憶を必死に掘り返した。
(日本車がアメリカで売れまくって、デトロイトの労働者がブチギレて、ハンマーで日本車を叩き壊してたよな……。今の魔導国は、まさにあの時のアメリカじゃないか!)
しかし、沈黙するアインズを見つめるアルベドの瞳は、崇拝の色を失っていない。
「……ですが、これもアインズ様のロードマップの一部かと。さらに高度な経済的隷属を強いるための布石とお見受けいたします」
(違うんだアルベド! 単に俺が計算を間違えただけなんだ!)
「ふっ。アルベドよ。心配には及ばない。すべては、私の描くロードマップの通りだ」
口が勝手に動いた。もはや条件反射である。
しかし、アインズの脳細胞は、起死回生の一手を求めて、凡人なりに猛烈に回転していた。
(歴史を思い出せ……。アメリカはどうやって日本を抑え込んだ? 輸出を制限させた? いや、もっと根本的な……そう、歴史的な会議があったはずだ。確か、ニューヨークの……)
その時、ふと、机に置かれたままの「新都市完成内覧会」のパンフレットに目が止まった。そこには、各国の要人たちを宿泊させた、最高級ホテルの名前が記されていた。
ノヴァリア・グランド・プラザ
(プラザ……! そうだ、プラザ合意だ!)
アインズの眼窩の赤光が、冷徹な深淵の光を宿した。
「アルベドよ。Win-Winとは、常に均衡を保つことではない。時には、その均衡を意図的に崩し、より高次の均衡へと導くことも含まれる」
(変動相場制への移行……固定相場をぶっ壊して、変動相場制へ移行させる。帝国のダラの価値を無理やり上げさせるんだ。これしかないっ)
アインズは、さも以前からこの瞬間を待っていたかのように、重々しく、しかし確固たる声で続けた。
「そろそろ、次の段階に進むべき時がきたようだ」
「アインズ様……! やはり、アインズ様はこの状況をも予見し、さらに次の一手まで用意されていたんですね?!」
「ふっ。当然だ」
立ち上がったアインズは、超越者のローブをひるがえした。
「ノヴァリア・グランド・プラザへ、ジルクニフ殿を招くがいい。あのホテルの円卓で『ある合意』を交わすとしよう」
アインズの瞳の奥には、帝国が築き上げた繁栄すらも、一つの駒として使い潰すかのような、冷徹な――と誤解されるに十分な――支配者の意志が宿っていた。