魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Phase6-4 未来を繋ぐ三本の塔

ノヴァリア王宮。早朝。

アインズの執務室を訪れたデミウルゴスが、恭しく跪いた。

 

「ローブル聖王国の件で、ご報告がございます」

「うむ」

アインズは書類から顔を上げた。

「私は長らく、理解したつもりになっておりました。己の未熟さに恥じ入るばかりです」

「……何がだ?」

「なぜアインズ様が、あのネイア・バラハという娘をご用意なさったのか、です」

アインズは嫌な予感を覚えた。

「しかし、先日の魔導放送塔の件で、ようやく理解いたしました」

デミウルゴスは感極まったように顔を伏せる。

「魔導テレビ」

その一言に、アインズの骨がぴくりと反応した。

「ネイア・バラハは、テレビ放送によって聖王国全土へ思想を浸透させるための『駒』だったのですね!」

(違う)

「魔導放送塔は、そのために用意された盤面!」

(違う違う)

「そしてテレビは、その盤面の上でネイアという駒を最大限活かすための道具!」

(違う違う違う)

 

デミウルゴスは深く頭を垂れた。

「私はようやく理解いたしました。聖王国の南北分断。ネイア・バラハ。魔導放送塔。魔導テレビ――全てはアインズ様の至高なるご計画!」

(だから違うって)

 

アインズの内心の絶叫をよそに、デミウルゴスは恍惚とした表情を浮かべる。

「お見事です、アインズ様」

「ふむ。気づいてくれて嬉しいぞ」

アインズのいつもの条件反射が出た。

 

「やはり!」デミウルゴスの瞳が輝く。

「そこで確認したいことがございます」

「うむ」

「ローブル聖王国における魔導放送塔です」

アインズの背筋に冷たいものが走った。

「聖王国にテレビを普及させる以上、放送塔は必要不可欠。すでに建設済み、ということでよろしいのでしょうか。魔導放送塔の場所をお教えいただければ、私が計画を進めます」

(造ってねーし、場所なんて知らねーよ!)

 

アインズは必死に表情を保った。

「んん!」咳払いを一つ。

「デミウルゴスよ」

「はい」

「私は少々忙しくてな」

「もちろん存じております」

「だから、その、その件については、後で確認するとしよう」

デミウルゴスが深く頭を下げる。

「承知いたしました」

(なんとか切り抜けた……か)

 

「それと、もう一点ございます」

(まだあるのかよ!)

 

◇ ◇ ◇

 

同日。ノヴァリア王宮、統治評議室。

ラナーとアルベドから定例の金融報告を受ける時間は、アインズにとってまさに地獄だった。

 

「――ご報告は以上となります」

ラナーの報告が終わる。

アルベドとラナーは、アインズの「神の発言」を待つかのように静かに姿勢を正した。

(そんな目で見るのやめてくれる? 内容ほとんど理解できなかったし……)

 

幸い、質問は飛んでこない。頷くだけで良さそうだ。

「うむ。報告ご苦労」

「ありがとうございます」

 

二人が席を立とうとしたその時、アインズが口を開いた。

「ああ、待つのだ」

その言葉にアルベドとラナーは座り直した。

「はい、アインズ様」

「ケータイ基地局と魔導放送塔についてだ」

その言葉に、ラナーの肩がわずかに震えた。

「今後の発展を考えた場合、現状をどう思う」

ラナーは一瞬だけ目を見開いた。

(その問いは、現状の配置には何か問題がある、ということ……?)

 

ラナーの脳内演算装置が走り出す。

ケータイ基地局。魔導放送塔。それらが偶然とは思えぬ位置と高さで存在していた事実。

 

(違う……)

ラナーの瞳が見開かれる。

(アインズ様は、現在の配置など見ておられない。もっと先……未来を見ておられる)

 

「まさか……!」

ラナーは立ち上がり、地図の前へ歩み寄った。

「現在の基地局と放送塔は、魔導国のみを対象にした配置です」

「……続けて」

ラナーの異変を感じ取ったアルベドが先を促す。

「はい。アインズ様が見ておられるのは、魔導国ではありません」

ラナーの視線が地図全体を走る。

「エン経済圏です」

アルベドが息を呑んだ。

「そういうこと……!」

「液状魔力。エン。そして今後始まるテレビ放送……。それらを考慮するならば、魔導国だけで完結するはずがありません」

 

ラナーの眼球が揺れ動き、地図上の一点を指す。

「まず必要なのは、ローブル聖王国……ここです」

地図上に羽ペンを走らせる。

「テレビ放送を利用するならば、聖王国の南北全域を覆う魔導放送塔が必要になります」

アルベドが満足そうに頷いた。

「ネイア・バラハの影響力を最大限活用するためにも当然ね。それに、テレビの製造ね」

 

さらにラナーの脳内を電気信号が駆け抜けていく。

「はい。ただ、テレビを製造するだけでは意味がありません」

ラナーの指が今度はバハルス帝国を指した。

「ローブル聖王国。バハルス帝国。これらをテレビ放送網で結ぶ必要があります」

 

ラナーの脳内演算が走る。羽ペンが走る。数字が書き込まれていく。

そして――

「そんな……!」

ラナーの顔から血の気が引いた。

「どうしたの?」アルベドが訊く。

ラナーは震える指で地図を示した。

「必要な高さ……。ローブル聖王国の魔導放送塔。そしてバハルス帝国の魔導放送塔。どちらも……」

ごくり、と唾を飲み込む。

「333メートル……です」

 

統治評議室から音が消えた。

 

新天地。ローブル聖王国。バハルス帝国。

3つの地域。3本の塔。333メートル。

 

「まさか……」

ラナーは震えながらアインズを見た。

「アインズ様は……最初から3本必要になると……すべて333になると……ご存知だったのですか……?」

 

(いや、いま初めて知った)

 

静寂――。

ラナーもアルベドも、静止し、沈黙した。ただ驚愕の眼でアインズを見ていた。

その時、アインズはふと思いついた言葉を口にした。

「ラナーよ」

「は、はいっ」

「未来とは、繋がっているものだ」

 

ぼすっ! 静寂の中に、ラナーが尻もちをつく音が響いた。

「なんということ……」

(私たちはまだ、アインズ様の構想の一端すら、理解できていなかった……)

 

アインズは静かに背もたれへ身を預けた。

(ああ、ラナーが仲間になってくれて良かった。後でこっそり地図の写真を撮っておこう)

 

◇ ◇ ◇

 

ローブル聖王国。王城。カスポンド・ベサーレス(ドッペルゲンガー)の執務室。

 

「デミウルゴス様。これは……?」

カスポンドは、目の前の奇妙な箱を見つめた。

金属製の箱。上部には羽のようなものが突き出ており、正面にはガラスのようなものがはめ込まれている。

「テレビです」

デミウルゴスが静かに答えた。

「テレビ……」

「ええ。アインズ様がご用意くださった、新たな時代の道具です」

 

 

【挿絵表示】

 

 

カスポンドは思わず息を呑んだ。

魔導国で「テレビ放送」という新技術が誕生したという報告は受けている。

だが、その実物を見るのは初めてだった。

 

「これを製造し、普及させろと……?」

「その通りです」

デミウルゴスは微笑んだ。

「これから魔導国では、テレビの需要が急激に高まっていきます。しかし製造能力が追いつきません。そこで、このローブル聖王国を新たな生産拠点とするのです」

 

デミウルゴスは机の上に数枚の資料を広げた。

「工場は我々が建設します。技術も提供しましょう。アンデッドも貸与します。そして完成したテレビは魔導国へ輸出します」

カスポンドの目が輝いた。

「これをローブル聖王国の新たな産業とし、この国を富ませるのですね?」

「ええ。すぐにバハルス帝国にも輸出されることになるでしょう」

デミウルゴスはさらりと言った。

「ローブル聖王国は、テレビ産業によって大きく発展することになります」

 

だが、ふとカスポンドに疑問が浮かぶ。

「デミウルゴス様」

「なんでしょう」

「それが、南北統一につながるのですか?」

デミウルゴスは一瞬だけ沈黙した。そして呆れたように小さくため息を吐く。

「カスポンド。あなたはまだ理解していないようですね」

「は……?」

 

デミウルゴスは窓の外を見た。

その視線は、遥か彼方を見通しているようだった。

「アインズ様は、ネイア・バラハを用意された。そして魔導放送塔を用意された。さらにテレビを用意された」

カスポンドは眉をひそめる。

「一つ一つを見てはなりません」

デミウルゴスが静かに言った。

「全ては一つの計画です」

カスポンドは息を呑んだ。

「ネイアは言葉を届ける者。テレビは言葉を運ぶ者。魔導放送塔は言葉を広げる者」

デミウルゴスの口元が僅かに歪む。

「つまりアインズ様は、最初から、ローブル聖王国全土へ、ネイアの声を届けるおつもりだったのです」

 

カスポンドの背筋に冷たいものが走った。

「まさか……! ネイア・バラハが現れた時から……?」

「そうです」デミウルゴスは当然のように頷いた。

「だから私は恐ろしいのです」

その声には、畏怖と歓喜が混じっていた。

「私が十年かけて進める計画を、アインズ様は数手で終わらせてしまわれる」

 

カスポンドは言葉を失った。

ネイア・バラハ。テレビ。魔導放送塔。

それら全てが、最初から一本の線で結ばれていたというのか。

 

「では……」

カスポンドは震える声で訊いた。

「我々は何をすればよいのでしょう」

デミウルゴスは即答した。

「テレビを普及させなさい。そしてネイア・バラハの演説を放送するのです。北に。南に。聖王国の隅々にまで」

 

デミウルゴスの瞳が妖しく光る。

「やがて人々は同じ言葉を聞き、同じ理想を抱き、同じ未来を見るようになるでしょう」

カスポンドは深く頭を下げた。

「承知いたしました。ネイア・バラハの声を、ローブル聖王国の隅々まで届けてみせましょう」

 

デミウルゴスは満足そうに頷いた。

そして静かに言った。

「その時にはもう、北も南も存在しません」

デミウルゴスは窓の外を見つめたまま続けた。

「あるのは、アインズ様の国だけです」

 

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