魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ノヴァリア王宮。早朝。
アインズの執務室を訪れたデミウルゴスが、恭しく跪いた。
「ローブル聖王国の件で、ご報告がございます」
「うむ」
アインズは書類から顔を上げた。
「私は長らく、理解したつもりになっておりました。己の未熟さに恥じ入るばかりです」
「……何がだ?」
「なぜアインズ様が、あのネイア・バラハという娘をご用意なさったのか、です」
アインズは嫌な予感を覚えた。
「しかし、先日の魔導放送塔の件で、ようやく理解いたしました」
デミウルゴスは感極まったように顔を伏せる。
「魔導テレビ」
その一言に、アインズの骨がぴくりと反応した。
「ネイア・バラハは、テレビ放送によって聖王国全土へ思想を浸透させるための『駒』だったのですね!」
(違う)
「魔導放送塔は、そのために用意された盤面!」
(違う違う)
「そしてテレビは、その盤面の上でネイアという駒を最大限活かすための道具!」
(違う違う違う)
デミウルゴスは深く頭を垂れた。
「私はようやく理解いたしました。聖王国の南北分断。ネイア・バラハ。魔導放送塔。魔導テレビ――全てはアインズ様の至高なるご計画!」
(だから違うって)
アインズの内心の絶叫をよそに、デミウルゴスは恍惚とした表情を浮かべる。
「お見事です、アインズ様」
「ふむ。気づいてくれて嬉しいぞ」
アインズのいつもの条件反射が出た。
「やはり!」デミウルゴスの瞳が輝く。
「そこで確認したいことがございます」
「うむ」
「ローブル聖王国における魔導放送塔です」
アインズの背筋に冷たいものが走った。
「聖王国にテレビを普及させる以上、放送塔は必要不可欠。すでに建設済み、ということでよろしいのでしょうか。魔導放送塔の場所をお教えいただければ、私が計画を進めます」
(造ってねーし、場所なんて知らねーよ!)
アインズは必死に表情を保った。
「んん!」咳払いを一つ。
「デミウルゴスよ」
「はい」
「私は少々忙しくてな」
「もちろん存じております」
「だから、その、その件については、後で確認するとしよう」
デミウルゴスが深く頭を下げる。
「承知いたしました」
(なんとか切り抜けた……か)
「それと、もう一点ございます」
(まだあるのかよ!)
◇ ◇ ◇
同日。ノヴァリア王宮、統治評議室。
ラナーとアルベドから定例の金融報告を受ける時間は、アインズにとってまさに地獄だった。
「――ご報告は以上となります」
ラナーの報告が終わる。
アルベドとラナーは、アインズの「神の発言」を待つかのように静かに姿勢を正した。
(そんな目で見るのやめてくれる? 内容ほとんど理解できなかったし……)
幸い、質問は飛んでこない。頷くだけで良さそうだ。
「うむ。報告ご苦労」
「ありがとうございます」
二人が席を立とうとしたその時、アインズが口を開いた。
「ああ、待つのだ」
その言葉にアルベドとラナーは座り直した。
「はい、アインズ様」
「ケータイ基地局と魔導放送塔についてだ」
その言葉に、ラナーの肩がわずかに震えた。
「今後の発展を考えた場合、現状をどう思う」
ラナーは一瞬だけ目を見開いた。
(その問いは、現状の配置には何か問題がある、ということ……?)
ラナーの脳内演算装置が走り出す。
ケータイ基地局。魔導放送塔。それらが偶然とは思えぬ位置と高さで存在していた事実。
(違う……)
ラナーの瞳が見開かれる。
(アインズ様は、現在の配置など見ておられない。もっと先……未来を見ておられる)
「まさか……!」
ラナーは立ち上がり、地図の前へ歩み寄った。
「現在の基地局と放送塔は、魔導国のみを対象にした配置です」
「……続けて」
ラナーの異変を感じ取ったアルベドが先を促す。
「はい。アインズ様が見ておられるのは、魔導国ではありません」
ラナーの視線が地図全体を走る。
「エン経済圏です」
アルベドが息を呑んだ。
「そういうこと……!」
「液状魔力。エン。そして今後始まるテレビ放送……。それらを考慮するならば、魔導国だけで完結するはずがありません」
ラナーの眼球が揺れ動き、地図上の一点を指す。
「まず必要なのは、ローブル聖王国……ここです」
地図上に羽ペンを走らせる。
「テレビ放送を利用するならば、聖王国の南北全域を覆う魔導放送塔が必要になります」
アルベドが満足そうに頷いた。
「ネイア・バラハの影響力を最大限活用するためにも当然ね。それに、テレビの製造ね」
さらにラナーの脳内を電気信号が駆け抜けていく。
「はい。ただ、テレビを製造するだけでは意味がありません」
ラナーの指が今度はバハルス帝国を指した。
「ローブル聖王国。バハルス帝国。これらをテレビ放送網で結ぶ必要があります」
ラナーの脳内演算が走る。羽ペンが走る。数字が書き込まれていく。
そして――
「そんな……!」
ラナーの顔から血の気が引いた。
「どうしたの?」アルベドが訊く。
ラナーは震える指で地図を示した。
「必要な高さ……。ローブル聖王国の魔導放送塔。そしてバハルス帝国の魔導放送塔。どちらも……」
ごくり、と唾を飲み込む。
「333メートル……です」
統治評議室から音が消えた。
新天地。ローブル聖王国。バハルス帝国。
3つの地域。3本の塔。333メートル。
「まさか……」
ラナーは震えながらアインズを見た。
「アインズ様は……最初から3本必要になると……すべて333になると……ご存知だったのですか……?」
(いや、いま初めて知った)
静寂――。
ラナーもアルベドも、静止し、沈黙した。ただ驚愕の眼でアインズを見ていた。
その時、アインズはふと思いついた言葉を口にした。
「ラナーよ」
「は、はいっ」
「未来とは、繋がっているものだ」
ぼすっ! 静寂の中に、ラナーが尻もちをつく音が響いた。
「なんということ……」
(私たちはまだ、アインズ様の構想の一端すら、理解できていなかった……)
アインズは静かに背もたれへ身を預けた。
(ああ、ラナーが仲間になってくれて良かった。後でこっそり地図の写真を撮っておこう)
◇ ◇ ◇
ローブル聖王国。王城。カスポンド・ベサーレス(ドッペルゲンガー)の執務室。
「デミウルゴス様。これは……?」
カスポンドは、目の前の奇妙な箱を見つめた。
金属製の箱。上部には羽のようなものが突き出ており、正面にはガラスのようなものがはめ込まれている。
「テレビです」
デミウルゴスが静かに答えた。
「テレビ……」
「ええ。アインズ様がご用意くださった、新たな時代の道具です」
カスポンドは思わず息を呑んだ。
魔導国で「テレビ放送」という新技術が誕生したという報告は受けている。
だが、その実物を見るのは初めてだった。
「これを製造し、普及させろと……?」
「その通りです」
デミウルゴスは微笑んだ。
「これから魔導国では、テレビの需要が急激に高まっていきます。しかし製造能力が追いつきません。そこで、このローブル聖王国を新たな生産拠点とするのです」
デミウルゴスは机の上に数枚の資料を広げた。
「工場は我々が建設します。技術も提供しましょう。アンデッドも貸与します。そして完成したテレビは魔導国へ輸出します」
カスポンドの目が輝いた。
「これをローブル聖王国の新たな産業とし、この国を富ませるのですね?」
「ええ。すぐにバハルス帝国にも輸出されることになるでしょう」
デミウルゴスはさらりと言った。
「ローブル聖王国は、テレビ産業によって大きく発展することになります」
だが、ふとカスポンドに疑問が浮かぶ。
「デミウルゴス様」
「なんでしょう」
「それが、南北統一につながるのですか?」
デミウルゴスは一瞬だけ沈黙した。そして呆れたように小さくため息を吐く。
「カスポンド。あなたはまだ理解していないようですね」
「は……?」
デミウルゴスは窓の外を見た。
その視線は、遥か彼方を見通しているようだった。
「アインズ様は、ネイア・バラハを用意された。そして魔導放送塔を用意された。さらにテレビを用意された」
カスポンドは眉をひそめる。
「一つ一つを見てはなりません」
デミウルゴスが静かに言った。
「全ては一つの計画です」
カスポンドは息を呑んだ。
「ネイアは言葉を届ける者。テレビは言葉を運ぶ者。魔導放送塔は言葉を広げる者」
デミウルゴスの口元が僅かに歪む。
「つまりアインズ様は、最初から、ローブル聖王国全土へ、ネイアの声を届けるおつもりだったのです」
カスポンドの背筋に冷たいものが走った。
「まさか……! ネイア・バラハが現れた時から……?」
「そうです」デミウルゴスは当然のように頷いた。
「だから私は恐ろしいのです」
その声には、畏怖と歓喜が混じっていた。
「私が十年かけて進める計画を、アインズ様は数手で終わらせてしまわれる」
カスポンドは言葉を失った。
ネイア・バラハ。テレビ。魔導放送塔。
それら全てが、最初から一本の線で結ばれていたというのか。
「では……」
カスポンドは震える声で訊いた。
「我々は何をすればよいのでしょう」
デミウルゴスは即答した。
「テレビを普及させなさい。そしてネイア・バラハの演説を放送するのです。北に。南に。聖王国の隅々にまで」
デミウルゴスの瞳が妖しく光る。
「やがて人々は同じ言葉を聞き、同じ理想を抱き、同じ未来を見るようになるでしょう」
カスポンドは深く頭を下げた。
「承知いたしました。ネイア・バラハの声を、ローブル聖王国の隅々まで届けてみせましょう」
デミウルゴスは満足そうに頷いた。
そして静かに言った。
「その時にはもう、北も南も存在しません」
デミウルゴスは窓の外を見つめたまま続けた。
「あるのは、アインズ様の国だけです」