魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
翌朝――。
「お呼びでしょうか、アインズ様」
エ・ランテル執務室。ルプスレギナが跪く。
「うむ。急に呼び出してすまなかったな」
アインズは空間へ手を差し入れ、一振りの杖を取り出した。
「この杖には、一つしか能力がない」
静かな声が響く。
「対象から魔力を吸収する。それだけだ」
「これをンフィーレアへ届けよ」
「魔力吸収……ですか」
ルプスレギナが首を傾げる。
「誰に使うのでしょうか」
「カルネ村へ貸与しているエルダー・リッチがいるだろう。彼らをンフィーレアの『魔力バッテリー』にする」
アルベドの眉が僅かに動く。
(また……知らない言葉……)
だが――今回は別の者が動いた。
「私の無知をお許しください!」
ルプスレギナが勢いよく頭を下げる。
「『ばってりー』って何なんでしょうか!?」
(ナイス!)
アルベドは心の中で叫んだ。
(よく聞いてくれたわ、ルプスレギナ!)
「ふむ……」
アインズは少し考える。
(うわ、説明むずっ)
電池と言えば早い。
だが、『電池とは何か』から説明する羽目になる。
面倒だった。
「要するにだな」
アインズはゆっくり口を開く。
「ンフィーレアの魔力が尽きかけたら、この杖でエルダー・リッチから魔力を補給するのだ。そうすれば液状魔力生成を継続できる」
「なるほど!」
ルプスレギナがぱっと顔を上げた。
「つまり、人間をアンデッドみたいに永久労働させるってことっすね!」
(違う違う違うっ)
アインズは慌てた。
「そうではない」
威厳を保ちながら訂正する。
「ンフィーレアを働かせるのは、一日8時間までとしろ」
沈黙。
「……たった8時間ですか?」
ルプスレギナが本気で驚いていた。
アルベドも目を瞬かせる。
「そうだ」
アインズは頷く。
「昼間のみだ。夜は休ませよ」
そして小声で付け加える。
「……夜は夜で大変だろうしな」
「あー……なるほどっす」
ルプスレギナが妙に納得した顔になった。
だが――。
アインズには、まだ別の懸念があった。
液状魔力。
それを生産できるのが、現状ンフィーレアしかいないことだ。
人間はいずれ死ぬ。
もし社会インフラ化した後で消えれば、混乱は計り知れない。
そこでまた、アインズの口から現代用語が漏れた。
「属人化を解消せねばならんな……」
「……ぞくじんか?」
ルプスレギナが固まる。
「標準化も必要だ……」
「ひょうじゅん……?」
アインズはハッとした。
(またやったぁぁぁ!)
「も、申しわけありません、アインズ様!」
ルプスレギナが慌てて頭を下げる。
「私にはアインズ様のお言葉の意味が理解できません!」
「よい」
アインズは重々しく頷いた。
「いずれ説明しよう」
(うわぁ……また言っちゃった……)
アインズの胃痛は、さらに悪化していくのだった。
そこでアインズは、ようやく別の問題へ気付いた。
(……待て)
紫色のポーション。
あれもまた、『属人化』されている。
現在まともに製造できるのは、ンフィーレアとリィジーのみ。
もしンフィーレアが液状魔力研究へ本格移行すれば――。
(ポーション生産が止まるじゃねぇか!)
「恐れながら、アインズ様」
ルプスレギナが口を開いた。
「ンフィーレアちゃんが8時間しか働かなくなると、紫色ポーションの生産量が減ると思うんですけど」
(なにぃ!?)
アインズは内心で驚愕した。
(そこに気付くのか!?)
しかも――つい今しがた、自分も気付いたばかりの問題だ。
「そ、その通りだ」
アインズは厳かに頷く。
「よく気付いたな、ルプスレギナよ」
「はいっ!」
ルプスレギナの顔がぱっと明るくなる。
「やっぱり、もっとンフィーレアちゃんを働かせるべきじゃないしょうか」
(なんでそっち行くんだよ!?)
アインズは思わず頭を抱えそうになった。
だが、そこでふと思う。
(……待てよ)
これは、考えさせるチャンスではないか?
アインズはゆっくり口を開く。
「私は、お前たちの成長を望んでいる。それは理解しているな?」
「はい! もちろんです!」
「ならば……」
アインズは静かに続けた。
「お前の考えを聞かせてみよ。どうすれば良いと思う?」
ルプスレギナが固まる。
アルベドが半眼で見つめていた。
沈黙――長い沈黙。
やがてルプスレギナが、おずおずと口を開く。
「えっと……まだ、まとまってないんですけど……」
「構わん」
アインズは頷いた。
「思ったことをそのまま話せ」
「はい」
ルプスレギナは慎重に言葉を選ぶ。
「アインズ様がエンリちゃんに渡した『ゴブリン将軍の角笛』で、いっぱいゴブリン出たじゃないですか」
「ふむ」
「5千もいるのに、村の警備だけって、もったいない気がするんです」
(ん?)
アインズは少し首を傾げる。
「それで?」
ルプスレギナの額に汗が浮かぶ。
だが――話しているうちに、少しずつ頭の中が整理されていく感覚があった。
「薬草集めとか……薬草すり潰す作業とか……ポーション作りって、細かい仕事いっぱいあるじゃないですか」
アインズの身体が緑色に光った。精神安定化。
(ま、まさか)
「それを、ゴブリンたちに分担させるんです。組織的に」
ピカーン。再び精神安定化が発動する。
(組織的ぃ!?)
アインズは衝撃を受けた。
(お前ほんとにルプスレギナか!?)
一瞬、パンドラズ・アクターの変装すら疑った。
だが――目の前の少女は、間違いなくいつものルプスレギナだった。
「続けよ」
アインズは静かに促す。
「はいっ」
ルプスレギナは勢いづく。
「今まで紫色ポーションって、ンフィーレアちゃんとリィジーばーちゃんが、ほとんど二人だけで作ってたじゃないですか」
(家内制手工業……)
アインズの脳裏に、義務教育知識が浮かぶ。
(確か産業革命前……だったよな?)
「でも!」
ルプスレギナは続ける。
「ゴブリンたち使って、ポーション工場みたいにしたら、いっぱい作れるんじゃないでしょうか」
(工場ぉぉぉ!?)
アインズは戦慄した。
(本当に革命始まってるじゃねぇかー!)
だが――ルプスレギナはそこで勢いを失った。
「……ただ」
俯く。
「結局、最後の調合はリィジーばーちゃん頼りになるっす。そこが、まだ……」
沈黙。
ルプスレギナは唇を噛む。ここが限界だった。
きっとアインズ様を失望させてしまった。そう思った。
だが――。
「素晴らしい!」
アインズが声を上げた。
ルプスレギナが顔を上げる。
アルベドも、メイドたちも、一瞬で姿勢を正した。
「よくぞ言った!」
アインズは力強く頷く。
「私は嬉しいぞ、ルプスレギナよ!」
「アインズ様……でも、肝心なところが……」
「構わぬ」
アインズは即答した。
「お前が自分で考え、意見を述べた。それこそが重要なのだ」
ルプスレギナの目が揺れる。
「では……」
恐る恐る尋ねる。
「リィジーばーちゃん一人問題は、どうすれば……?」
(うわぁ)
アインズは固まった。
(また純粋質問だよ……)
以前にもあった。ルプスレギナからの、まっすぐな疑問。
そしてその時は、偶然なんとかなった。
だが今回は――。
(どうしよう)
沈黙。
数秒。
「……うむ」
なんとか威厳を保ちながら頷く。
「せっかくここまで考えたのだ。私が答えを教えてやってもよいが、時間をかけて、さらに考えてみよ」
「はいっ!」
ルプスレギナが満面の笑みを浮かべる。
(ふぅ……綱渡りだったけど、なんとか乗り切ったか……)
アインズはこっそり安堵のため息を漏らした。
その時――。
「ルプスレギナ」
アルベドが静かに口を開いた。
「はい、アルベド様」
「以前のあなたは、『ホウレンソウ』の件で失敗したわね」
「うっ……はい……」
ルプスレギナがしゅんとなる。
「ですが」
アルベドは続けた。
「液状魔力の件では、即座にアインズ様へ報告した」
「はいっ!」
ぱっと顔を上げる。
「すぐホウレンソウしました!」
「そして今回」
アルベドは僅かに微笑む。
「あなたは、自分で考えた」
ルプスレギナが目を見開く。
「そうだぞ、ルプスレギナ」
アインズも続けた。
「私は、お前たちの成長が嬉しいのだ」
「アインズ様……アルベド様……」
ルプスレギナの目に涙が浮かぶ。
だがこらえた。鼻をすすりながら、何度も頷く。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
プレアデス恒例のお茶会。
「――というわけで!」
ルプスレギナが胸を張る。
「アインズ様に『素晴らしい』って言われたっす!」
「その話、もう三回目よ」
ユリが呆れた顔をした。
「だって何回でも話したいんすよ!」
「羨ましいわ」ソリュシャンが頬杖をつく。
「三吉君の件さえ成功していれば、私も……」
「わ、私は……」ナーベラルが小さく手を挙げる。
「頭を撫でられたことが……」
「ずるい」シズが即答した。
「でも私は聖王国でご一緒した」
「うー、うー」
エントマも何か主張している。
「でね!」ルプスレギナはまだ続ける。
「ルーン武器をカルネ村に持ってった時から――」
「もういい加減にしなさい!」
全員のツッコミが飛んだ。