魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
深夜――。
(だめだ……今夜も眠れそうにない……)
『テレビ放送』という、世界を変えるであろう発明の瞬間に立ち会って以来、新聞記者のシン・ワーナベは、興奮と焦燥感に苛まれ、眠れない日々を送っていた。シンの脳裏には、ンフィーレアが語った「連続した映像を全土へ飛ばす」という言葉が、鮮烈な光景となって焼き付いていた。
(だが、テレビで何を放送する? 新聞で伝える内容を、一日一回、ニュースとして流すのか? それだけでは人は高価なテレビを買い求めない。100エンの新聞で事足りる。新都市完成内覧会のような大きな出来事は日常的にあるものではない。毎日、人々が「見たい」「聞きたい」と熱望するような、特別な何かが必要だ……)
シンは布団の中で何度も寝返りを打った。
(そうだ。毎日違う番組を流せばいい。朝は最新のニュース、昼は家庭で役立つ料理番組、夕方は子どもたちが夢中になる物語、夜は熱狂的な野球中継……)
ただ、そうなると、放送する番組を制作し、視聴者へ届けるための巨大な事業体が必要となる。
(……そうか……放送局を作ればいい。放送局が番組を制作し、テレビ放送を行う。そしてテレビの受信料をもらう。その受信料でまた次の番組を作る。この循環こそが、テレビを文化として根付かせる鍵だ)
布団から勢いよく起き上がったシンは、部屋の明かりを付け、机に向かった。インクの瓶を開け、羽ペンを握りしめる。そして猛然と企画書を書き始めた。紙が擦れる音だけが、静かな部屋に響き渡る。
(いや……まだ何かが足りない。日常的に、これを見たい、これを聞きたい――庶民がそう思う何か。もっと、人々の心を掴む、普遍的な魅力が……)
ペンが止まる。
その時、シンの脳裏に、アインズの執務室で見た3人のメイドの姿が鮮やかに浮かんだ。
完璧な美貌。しかし、それは突き放すような冷たい美しさではなく、健康的で、明るく、親しみやすい輝きを放っていた。
(彼女たちが動き、舞う姿を見せること、歌を聴かせること――それができれば、人々は熱狂するのではないか……。彼女たちこそ、この新しいメディアの顔となるべき存在だ!)
シンの目に再び光が宿る。企画書に「偶像(アイドル)」という言葉が書き加えられた。
◇ ◇ ◇
灰皿の中で、最後の一揉みとともにバハルス帝国産の葉巻が消された。
徹夜の末に目を血走らせ、青黒い隈(くま)をつくったその顔は、端から見れば破滅寸前の博打打ちのようであった。しかし、その胸中にあるのは、世界を塗り替える「熱狂の設計図」であった。
シン・ワーナベは、インクが乾いたばかりの企画書を愛おしそうに抱えると、身なりを整え、朝日を浴びて青白く輝くノヴァリア王宮へと向かった。
左右に翼を広げるかのようにそびえ立つノヴァリア王宮。その「右の翼」に位置するエイト・リーブス統治補佐局。
シンは受付で軽くあしらわれたが、魔導王から拝受した懐中時計を見せた途端、職員の顔から血の気が引いた。
「……し、失礼いたしました! すぐに責任者を!」
慌ただしい足音と共に現れたのは、ヒルマ・シュグネウスであった。かつて裏社会を支配し、いまやノヴァリア都市管理の全体統括となった彼女も、懐中時計を一目見るなり、深々と頭を下げた。
しかし、シンが「魔導王陛下にお目通り願いたい案件がある」と告げると、ヒルマの表情は一変し、険しいものとなった。
「シン様。あなたは勘違いをされている。いかにその懐中時計を授かったとはいえ、人間が直接、陛下のお時間を奪うなど万死に値する不敬です。宰相であるアルベド様の許可なく、取り次ぐことなど不可能です」
ヒルマの言葉には、ナザリックの絶対的な階級社会に対する、骨の髄まで染み付いた恐怖が滲んでいた。
「まずは、その企画書を私に。アルベド様へお繋ぎできる内容か、判断させていただきます」
ヒルマが企画書を預かり、統治補佐局の奥へと消えてからニ時間後――。
シンの前に現れたのは、この世のものとは思えぬ美貌を湛えた宰相――アルベド、その人であった。
シンは反射的に床へ膝をついた。室内の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えるほどの威圧感。アルベドの手には、シンが書き上げた企画書が握られていた。
「読みました。シン・ワーナベ。テレビという名の『目』を使い、国民から月額の受信料という形で富を還流させ、情報の海で精神を飼い慣らす。ふふ、人間の分際で、中々えげつないことを考えるものね」
アルベドの金色の瞳が、品定めするようにシンの脳天を射抜く。
「アインズ様がノヴァリアに魔導放送塔を造られた理由……。そして、あなたに『特別取材権』を与えられた理由……。すべてはこの企画を引き出すためのロードマップだったというわけね……。この内容は、魔導国の永劫なる支配に資するものと言えます」
アルベドは冷ややかに微笑んだ。
「来なさい。アインズ様の御前へ案内してあげましょう」