魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ノヴァリア中央通りに面した魔導放送局――MHKビル。
窓の外を走る「タヨト自動車」のエンジン音を遠くに聞きながら、シン・ワーナベは、デスクに一束の紙を置いた。
「これが、私が作ったあなたたちのデビュー曲です」
シンの前に座ったシクスス、フォアイル、リュミエールの三人は、その紙を恐る恐る手に取った。そこには、この世界ではあまり馴染みのない、五本の線の上に点が躍る「楽譜」が記されていた。
「これ、は……歌、なのですか?」
シクススが首を傾げる。
「そうです。私が死ぬ気で書き上げました」
シンは帝国産の葉巻に火をつけた。紫煙の向こうで、新聞社から引き抜いたクルトが、魔導テレビカメラのピントを調整している。
「『年下の冒険者』という歌です。少し生意気だが、可愛く思える冒険者を、ちょっと年上の女性が微笑ましく見守る……そんなイメージの歌になっています」
「……可愛い……冒険者……?」
三人のメイドは顔を見合わせた。彼女たちにとって「可愛い」という概念は、シズ・デルタのような戦闘メイドや、あるいは下位の存在へ向ける慈悲に近い。
しかし、メロディを口ずさんでみると、不思議と心が浮き立つような軽快さがあった。
「曲は完成しました。ただ問題は……振り付けです。歌いながら舞う、その所作が決まっていません。ナザリックに、踊りに長けたお方はいませんか? 『振付師』が必要なんです」
振付師――その瞬間、三人の脳裏に、共通の「ある人物」の姿が浮かび上がった。
軍服に身を包み、常に大仰な身振りとドイツ語を交えて、ドラマチックに、時に不気味なほどしなやかにポーズを決める、あの卵型の頭部の――。
「……振り付け、といえば」
「……あのお方、ですが」
「……」
三人は同時に、そして猛烈な勢いで首を左右に振った。
「無い!」
「無い無い無い!」
「絶対無い!」
「ど、どうしました? 急に……」
「あの……それなら、私たち……41人のホムンクルス・メイド全員で考えます」
「41人?! 全員で?!」
シンが驚いて声を上げる。
「ええ。私たちはアインズ様をお世話するため、一分の狂いもない連携を叩き込まれています。全員で知恵を出し合い、アインズ様に捧げる奉仕の舞として、最高の振り付けを構築してみせます。完成する頃には41人のメイド全員が、完璧に踊れるようになっているはずです」
シンはその言葉に、直感が激しく反応するのを感じた。
(もし、41人のメイドが一斉に舞い、歌ったら……宗教的な熱狂を生むぞ……。いずれ陛下に嘆願してみる価値はある……!)
「わかりました。その案でいきましょう。……クルト!」
「はい、シンさん」
「彼女たちの振り付けの完成を待つ間に、俺たちは大仕掛けの準備をするぞ」
シンは窓の外を見据えた。
「テレビは高価だ。今の魔導国の庶民が、給料を叩いて買うにはまだ勇気がいる。……ならば、まず『見せる』んだ。見た者が『欲しい』と叫び、手に入らぬことに絶望するほどの衝撃をな」
シンの指が、中央大通りのシンボルの一つ、『ノヴァリア百貨店』を指した。
「あそこに、巨大な魔導映像板――『街頭テレビ』を設置する。カンデーズの初ライブを中継するんだ」
◇ ◇ ◇
――数週間後。ノヴァリア中央大通り。
かつてない異様な光景が広がっていた。
ノヴァリア百貨店の壁面に設置された、二メートルを超える巨大な黒い箱。その前には、仕事帰りの男性、買い物途中の女性、子連れの親子、果ては遠巻きに様子を伺う亜人たちまで、数百人の群衆が押し寄せていた。
「おい、あれを見ろ! 新聞で報じられてた『てれび』じゃないか?!」
「あんな箱の中に、どうやって人間が入るんだ?」
デスナイトたちが交通整理を行うなか、突然、画面が青白く発光した。
ざわめきが静寂に変わる。
画面の中に現れたのは、眩いばかりの色鮮やかな衣装に身を包んだ三人の少女たちだった。
軽快なイントロが鳴り響く。
三人は右へ左へと小刻みにステップを踏む。スカートの裾がふわりと揺れる。腕は大きく弧を描き、まるで見えない風船を抱きかかえるように宙をすくい上げる仕草をした。
三人の歌声がノヴァリアの空に響き渡る。
♪ 錆びた剣でも 胸を張る
道に迷って 日が暮れる
あいつは可愛い 年下の冒険者
指先まで神経の行き届いた振りは、決して激しくはない。けれど一つひとつの仕草に、恋する乙女のはにかみと茶目っ気が滲んでいた。腰に手を当てて小さくウインクをするポーズ、片手を頬に添えて照れたように首を振る仕草——。
群衆は、その「動く偶像(アイドル)」の輝きに心を奪われた。
「かわいいー!」
一人の少女が叫ぶと、それに続くように割れんばかりの喝采が通りを埋め尽くした。
◇ ◇ ◇
カンデーズは瞬く間に国民的アイドルとしての地位を確立した。
大人たちは酒場でほろ酔い気分でカンデーズの歌を口ずさみ、少女たちは競って振り付けを真似した。少年たちの間では、シクスス派、フォアイル派、リュミエール派に分かれ、時には熱烈な議論や小競り合いが起きるほどだった。
その後、『年下の冒険者』に続き、二曲目『やましい悪魔』も前作に劣らぬほどの人気を集め、カンデーズ人気は不動のものとなっていった。
しかし、魔導テレビはまだ高価であり、「一家に一台」と呼べるほどには普及しなかった。もう一つ、強く民衆の心を惹きつける「何か」が必要だったのだ。