魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ナザリック地下大墳墓。第九階層の一室。
そこは至高の存在に仕える者たちが休息を得る場所でありながら、今この瞬間、シン・ワーナベとヒルマ・シュグネウスにとっては処刑場にも等しい重圧に包まれていた。
「ツアレ。……無理に話す必要はありません。嫌だと言えば、私が責任を持ってこの者たちを追い出しましょう」
シンの正面に座るセバス・チャンが、静かに、しかし地吹雪のような冷たさを孕んだ声で告げた。その鷹のような眼光がシンを射抜くたび、寿命が数年単位で削り取られていく。
セバスにとって、愛する女性の古傷をエグるような真似は断じて許容しがたい。だが、守護者統括アルベドが「魔導国の広報戦略に資する」としてインタビューを許可した以上、ナザリックの執事として、その決定を覆すことはできなかった。
「大丈夫です、セバス様。アインズ様とナザリックのお役に立てるのなら、私、お話しします」
セバスの隣で微笑むツアレニーニャ・ベイロンの瞳には、一切の濁りがなかった。
その無垢な献身が、これから語られる「人間の汚濁」をより際立たせることになるとは、シンには想像もつかなかった。
「あれは、私が13歳のときでした――」
ツアレの独白が始まると、部屋の空気は急速に冷えていった。
貴族への売却。妾としての蹂躙。薬物と暴力による廃人化。そして、使い潰されたゴミのように娼館の裏へ捨てられた――。そこをセバスに救い出され、平穏を得たと思えたそのとき、またも攫われた――。
「――以上が、セバス様に救われるまでのすべてです」
語りが終わった後、部屋を支配したのは、呪いのような沈黙だった。
「……っ……う、あっ」
シンは、手元のノートを握りしめたまま、酸欠の金魚のように口をパクつかせた。記者の本能で書き留めた文字が、今は蛇の群れのように見えて視界を拒む。かつての王国が抱えていた膿みきったドブのような悪意に、シンは生理的な嫌悪感を覚え、猛烈な吐き気をもよおした。
一方、ヒルマの表情は凍りついていた。その背中は細かく震え、浅い呼吸を繰り返している。
(コッコドール……っ! あいつの……あいつの仕業だったというのっ?!)
ヒルマの額から、滝のような冷や汗が流れる。
これは「感動の物語」などではない。自分たちの首を絞める「告発状」だ。
(もし、この物語が、無修正で世に出てしまえば……。エイト・リーブス(元八本指)の過去は徹底的に糾弾される……!)
「……シン。ノートを……そのノートを、私によこしなさい!」
ヒルマは立ち上がり、シンからノートを奪い取った。
「ヒルマ……? 何を……?」
「この脚本は、私が書く! あなたじゃ無理よ!」
ヒルマの瞳には、恐怖を通り越した「生存本能」の光が宿っていた。
「あなたが書けば、これは王国時代の『闇』を暴く残酷なドキュメンタリーになるだけ! でも、私が書けば、これは魔導王陛下の慈悲を、セバス様とツアレ様の愛を、全世界が涙して崇める、至高のラブストーリーになるのよ!」
◇ ◇ ◇
その日からヒルマは、ノヴァリアのエイト・リーブス執務室に籠城した。
机の上には飲み干された紫ポーションの残骸が山をなし、それはやがて床にまで転がり落ちていった。
「……セバス様は、名もなき異国の騎士。ツアレ様は……運命に翻弄されながらも愛を信じ続けた、悲劇の聖女……」
ヒルマの筆は、狂気じみた速度で紙を削り、走る。
かつての裏社会で培った、真実を巧みに歪め、情報を工作し、人心を誘導する悪辣なまでの手腕。それをすべて、このドラマの「演出」へと注ぎ込む。
凄惨な蹂躙は「過酷な試練」へ。人身売買組織は「姿なき悪の帝国」へ――。
八本指の影を徹底的に消し去り、忌々しい過去を完璧な「美談」へと改竄していく。
数日後――。眼を血走らせ、頬をこけさせたヒルマは、朝焼けの光が差し込む中、最後の一行を叩きつけた。
(……できた。これが、私たちの『正史』になる……)
それは、一人の少女の地獄を、世界を陶酔させる甘美な「奇跡」へと塗り替えた、狂気と保身の結晶であった。
後に、「木曜の夜は街から女性が消える」とまで言われるほどの社会現象を巻き起こす、伝説のドラマ――
木曜ロマンス劇場
『ノヴァリア・ラブストーリー ~光の騎士と救いの聖女~』
その脚本が完成した瞬間であった。