魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
魔導放送塔から放たれるテレビ放送は国境を越え、バハルス帝国、ローブル聖王国の民の娯楽を支配していた。
特に、『ノヴァリア・ラブストーリー ~光の騎士と救いの聖女~』放送日の夜になると、街は静まり返る。街路を歩く女性が消える。家々の窓からは、青白いテレビの光が漏れていた。
バハルス帝国でも、それは同じだった。
「見た? 昨日のノヴァラブ」
「見た見た!」
「あたし号泣しちゃった」
「泣いたよね、カンデーズが主題歌を歌うシーン」
「なんでよっ? 泣くのは二人が再会するシーンでしょ!」
若者たちは帝国の英雄譚よりも、魔導国のドラマを語る。
彼らの憧れは帝国ではなく、テレビの中のノヴァリアにあった。
◇ ◇ ◇
バハルス帝国。皇帝執務室。
「陛下。最新の世論調査です」
「読まん」
ジルクニフは即答した。
「ですが……」
「読まんと言った」
側近たちは顔を見合わせた。
「若年層の72パーセントが、『可能なら魔導国へ移住したい』と回答しております」
ジルクニフは胃の辺りを押さえた。
「出て行け」
「……陛下」
「出て行けと言った」
扉が閉まる。
――静寂。
ジルクニフは深く椅子にもたれた。
(軍事……経済……そして、文化か)
魔導王は、ついに国民の心にまで手を伸ばしてきた。
(いや……。伸ばしたのではない……。すでに掴まれている)
◇ ◇ ◇
数日後。帝国最高評議会。
重苦しい空気の中、官僚たちが顔を突き合わせていた。
「魔導国の放送網で何を流すべきか」
ジルクニフの問いに、誰も答えられない。
「恋愛ドラマを作るか」
「無理です」
「なぜだ」
「国民は本家を見ます」
「では歌番組は」
「カンデーズに勝てません」
「歴史番組は」
「誰も見ません」
「スポーツ中継は」
「まだ野球リーグが始まりません」
案が出るたびに潰れていく。会議室は次第に墓場のようになった。
長い沈黙――。
やがて、一人の老官僚が恐る恐る口を開いた。
「陛下……」
「なんだ」
「魔導国に勝とうとするから、駄目なのではありませんか?」
全員の視線が老官僚へ集まった。
「……続けろ」
「魔導国を称賛しながら、帝国を映すのです」
誰も言葉を発しなかった。
老官僚は続ける。
「魔導国への感謝を語る。魔導国によって帝国が豊かになったと語る。しかし、その映像は帝国の風景を映す。帝国の職人を映す。帝国の音楽を映す。帝国の祭りを映す」
――静寂。
そして……ジルクニフは理解した。
(なるほど……。勝つ必要はない。生き残ればいい)
◇ ◇ ◇
ノヴァリア王宮。大謁見の間。
「魔導王陛下」ジルクニフは深々と頭を下げた。
「魔導国の文化の広がりには目を見張るものがあります」
アインズは静かに頷いた。
「つきましては……週に一時間だけ、帝国文化を紹介する放送枠をいただけないでしょうか」
アインズは内心で首を傾げた。
(週一時間? そんなのでいいのか?)
「アルベド」
「はい。問題ございません」
「ふむ」アインズは頷いた。
「良かろう」
(認められた……!)
ジルクニフは頭を下げたまま目を閉じる。
「感謝の極みでございます」
それは皇帝としての勝利ではなかった。
属国として生き延びるための交渉だった。
◇ ◇ ◇
その後、バハルス帝国の新番組が始まった。
『共栄の架け橋 ~帝国の歴史と魔導国の慈悲~』
番組は、魔導国への感謝から始まる。
魔導国によって守られる平和。
魔導国によってもたらされた繁栄。
だが、その映像の中には――
帝国の職人がいた。
帝国の音楽家がいた。
帝国の伝統舞踊があった。
帝国の美しい風景があった。
放送終了後――。
魔導国では、「帝国って意外と綺麗だな」「音楽も悪くない」という声が上がった。
帝国では、「俺たちの国にも、誇れるものがある」という声が生まれた。
画面の向こうで流れる映像を見つめながら、ジルクニフは静かに呟く。
「俺はもう勝とうとは思わない」
窓の外には、魔導ライトの光に照らされた帝都が広がっていた。
「だが、帝国は残してみせる」
胃の痛みは消えない。恐怖も消えない。
それでも、魔導国という大海原の中で、帝国という小舟を沈ませないための航海が始まったのである。