魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

65 / 66
Phase6-10 皇帝の一時間

魔導放送塔から放たれるテレビ放送は国境を越え、バハルス帝国、ローブル聖王国の民の娯楽を支配していた。

 

特に、『ノヴァリア・ラブストーリー ~光の騎士と救いの聖女~』放送日の夜になると、街は静まり返る。街路を歩く女性が消える。家々の窓からは、青白いテレビの光が漏れていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

バハルス帝国でも、それは同じだった。

 

「見た? 昨日のノヴァラブ」

「見た見た!」

「あたし号泣しちゃった」

「泣いたよね、カンデーズが主題歌を歌うシーン」

「なんでよっ? 泣くのは二人が再会するシーンでしょ!」

 

若者たちは帝国の英雄譚よりも、魔導国のドラマを語る。

彼らの憧れは帝国ではなく、テレビの中のノヴァリアにあった。

 

◇ ◇ ◇

 

バハルス帝国。皇帝執務室。

 

「陛下。最新の世論調査です」

「読まん」

ジルクニフは即答した。

「ですが……」

「読まんと言った」

側近たちは顔を見合わせた。

「若年層の72パーセントが、『可能なら魔導国へ移住したい』と回答しております」

ジルクニフは胃の辺りを押さえた。

「出て行け」

「……陛下」

「出て行けと言った」

 

扉が閉まる。

――静寂。

 

ジルクニフは深く椅子にもたれた。

(軍事……経済……そして、文化か)

魔導王は、ついに国民の心にまで手を伸ばしてきた。

(いや……。伸ばしたのではない……。すでに掴まれている)

 

◇ ◇ ◇

 

数日後。帝国最高評議会。

重苦しい空気の中、官僚たちが顔を突き合わせていた。

 

「魔導国の放送網で何を流すべきか」

ジルクニフの問いに、誰も答えられない。

 

「恋愛ドラマを作るか」

「無理です」

「なぜだ」

「国民は本家を見ます」

「では歌番組は」

「カンデーズに勝てません」

「歴史番組は」

「誰も見ません」

「スポーツ中継は」

「まだ野球リーグが始まりません」

 

案が出るたびに潰れていく。会議室は次第に墓場のようになった。

 

長い沈黙――。

 

やがて、一人の老官僚が恐る恐る口を開いた。

「陛下……」

「なんだ」

「魔導国に勝とうとするから、駄目なのではありませんか?」

全員の視線が老官僚へ集まった。

「……続けろ」

「魔導国を称賛しながら、帝国を映すのです」

誰も言葉を発しなかった。

 

老官僚は続ける。

「魔導国への感謝を語る。魔導国によって帝国が豊かになったと語る。しかし、その映像は帝国の風景を映す。帝国の職人を映す。帝国の音楽を映す。帝国の祭りを映す」

 

――静寂。

 

そして……ジルクニフは理解した。

(なるほど……。勝つ必要はない。生き残ればいい)

 

◇ ◇ ◇

 

ノヴァリア王宮。大謁見の間。

 

「魔導王陛下」ジルクニフは深々と頭を下げた。

「魔導国の文化の広がりには目を見張るものがあります」

アインズは静かに頷いた。

「つきましては……週に一時間だけ、帝国文化を紹介する放送枠をいただけないでしょうか」

 

アインズは内心で首を傾げた。

(週一時間? そんなのでいいのか?)

「アルベド」

「はい。問題ございません」

「ふむ」アインズは頷いた。

「良かろう」

 

(認められた……!)

ジルクニフは頭を下げたまま目を閉じる。

「感謝の極みでございます」

それは皇帝としての勝利ではなかった。

属国として生き延びるための交渉だった。

 

◇ ◇ ◇

 

その後、バハルス帝国の新番組が始まった。

 

『共栄の架け橋 ~帝国の歴史と魔導国の慈悲~』

 

番組は、魔導国への感謝から始まる。

魔導国によって守られる平和。

魔導国によってもたらされた繁栄。

 

だが、その映像の中には――

帝国の職人がいた。

帝国の音楽家がいた。

帝国の伝統舞踊があった。

帝国の美しい風景があった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

放送終了後――。

魔導国では、「帝国って意外と綺麗だな」「音楽も悪くない」という声が上がった。

帝国では、「俺たちの国にも、誇れるものがある」という声が生まれた。

 

画面の向こうで流れる映像を見つめながら、ジルクニフは静かに呟く。

「俺はもう勝とうとは思わない」

窓の外には、魔導ライトの光に照らされた帝都が広がっていた。

「だが、帝国は残してみせる」

胃の痛みは消えない。恐怖も消えない。

それでも、魔導国という大海原の中で、帝国という小舟を沈ませないための航海が始まったのである。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。