魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
伝説のドラマ『ノヴァリア・ラブストーリー ~光の騎士と救いの聖女~』
その衝撃は、バハルス帝国だけでなく、ローブル聖王国をも揺さぶった。
さらに、カンデーズ人気は言うに及ばず、大人から子どもまで夢中になった番組があった。
『アインザック探検隊』である。
番組冒頭。壮大な音楽とともにナレーションが流れる。
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アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の提唱により、新たな時代を迎えた冒険者たち。
彼らが求めるのは財宝ではない。戦いでもない。求めるのは未知である。
未踏の地に眠る新たな発見を求めて――アインザック探検隊は今日もゆく。
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この番組は特に男性たちの心を掴んだ。
未知の洞窟。未踏の森。巨大な魔獣。古代遺跡。
冒険者たちの挑戦は、人々の胸を熱くした。
そして、ラナーの支援を得てカスポンドが仕掛けた「テレビ購入専用低金利ローン」は、聖王国全土へ静かに浸透していった。
北部の信徒たち。南部の貴族たち。農民たち。商人たち。
夕刻になれば、人々は自然とテレビの前へ集まる。
酒場にはテレビ。村の集会所にもテレビ。貴族の応接室にもテレビ。
テレビを持たない者の方が珍しくなっていた。
人々は知らず知らずのうちに、同じ映像を見て、同じ話題を語り、同じ感情を共有するようになっていたのだ。
――機は熟した。
◇ ◇ ◇
バハルス帝国。皇帝執務室。
「ローブル聖王国が、一度だけ放送枠を取っただと?」
ジルクニフは報告書から顔を上げた。
「はい。毎週ではなく、一時間だけ。一回限りだそうです」
ヴァミリネンが答える。
「たった一度の放送で何ができるというのだ……」
そう言った瞬間、ジルクニフは目を見開いた。
(待て……)
一度だけ。継続放送ではない。ならばそれは娯楽番組ではない。ドラマでもない。
一回で終わる。しかし全国放送。それほどの価値があるもの――。
(あの娘か……!)
新都市ノヴァリアで見た、あの殺し屋のような眼――。
魔導王を語り始めると止まらなくなる狂信者――。
「……まずい」
ジルクニフが立ち上がる。
「陛下?」
「ネイアだ……」
「は?」
「ネイア・バラハが演説する気だ!」
ヴァミリネンの顔色が変わった。
「あの娘が……」
「そうだ」
ジルクニフは奥歯を噛み締めた。
『ノヴァリア・ラブストーリー』を思い出す。
人々は理屈で感動したのではない。感情で感動した。
ネイアも同じだ。理屈ではない。理論でもない。感情だ。
「ヴァミリネン。その放送を止める方法はないか」
「ございません」
即答だった。
「帝国にその権限はありません」
ジルクニフは無言になる。
わかっていた。テレビ放送は魔導国が管理している。帝国に拒否権などない。
ネイアの演説を禁止することもできない。むしろ批判した方が逆効果だ。
人は命令では動かない。感情で動く。
(……ならば)
ジルクニフの眼が細くなる。
(我々も感情で戦うしかない)
アイドル、ドラマ、冒険――後発が先行者と同じ武器で戦っては駄目だ。
帝国にあるもの――写本文化、絵画文化、演劇文化。
魔導国から流入したもの――液状魔力、印刷技術、魔導投影技術。
その瞬間、ジルクニフの脳裏に閃光が走った。
「ヴァミリネン」
「はっ」
「新たな国家事業を始める」
◇ ◇ ◇
ローブル聖王国。
北部と南部の境界近くにある大草原。
あえて選ばれたその場所には、数千を超える人々が集まっていた。
壇上には拡声器が置かれ、周囲には無数の魔導テレビカメラが設置されている。
そして、そこには――ネイア・バラハがいた。
「……ネイア、顔が怖い」
「シズ先輩……」
ネイアは泣きそうだった。
テレビの向こうには数千万の人たちがいる。
北部。南部。魔導国。帝国。
自分を称賛する者もいる。自分を憎む者もいる。
失敗したらどうなる。笑われる。罵られる。石を投げられるかもしれない。
膝が震える。手が震える。呼吸が浅い。
逃げ出したかった。
その時、シズが肩を叩いた。
ぽんっ。
「……アインズ様は正義」
ネイアが顔を上げる。
「……ん」
額にシールが貼られた。
ネイアはそっとそれに触れる。
そうだ。これは自分のためではない。アインズ様のためだ。
命を救われた。生きる意味を与えられた。その偉大さを伝えればいい。
ネイアの震えが――止まった。
テレビカメラの赤いランプが灯る。――放送開始。
ネイアはアインズから借り受けているバイザー型ミラーシェードを装着した。
立ち上がり、壇上へ向かう。
(アインズ様。どうか見ていてください……)
――時は来た。
ネイアは壇上に立つと、集まった人々を、ゆっくりと見渡した。
そして、一呼吸の後、第一声を発した。
「ローブル聖王国の同胞たちよ!」
その声は夜空へ響いた。
「今から正義の話をしましょう!」
魔導放送塔が魔力波を解き放ち、ネイアの声が全土へ広がっていく。
「この国を救ったのは誰ですか!」
「魔導王陛下です!」
「この国が滅びかけた時、誰が助けてくださいましたか!」
「魔導王陛下です!」
ネイアの声が熱を帯びていく。
「我々は弱かった!」
「だから滅びかけた!」
「我々は分裂していた!」
「だから救えなかった!」
草原に集った人々が静まり返る。
テレビの前の人々も息を呑む。
ネイアの眼が、燃えていた。
「では今はどうですか!」
「魔導王陛下がおられる!」
「我々には未来がある!」
「我々には希望がある!」
「我々には正義がある!」
その声はもはや演説ではない。
魂の叫びだった。
「北部だ!」
「南部だ!」
「そんなものは関係ありません!」
「同じ聖王国の民ではありませんか!」
ネイアがミラーシェードを外した。燃えるような凶眼が露わになる。
その眼がテレビ画面いっぱいに映し出され、魔導波を突き進む鋭い矢となり、人々の心を射抜いた。
「私は願います!」
「ローブル聖王国が!」
「一つになることを!」
「魔導国と、共に歩むことを!」
「魔導王陛下の、御旗の下へ集うことを!」
そして叫んだ――極限まで引き絞った弓弦から放たれるかの如く――。
「ここに私は宣言します!」
「ローブル聖王国は!」
「魔導国の属国となることを!」
ネイアの魂を乗せて放たれた渾身の叫びが、雷鳴のように響き渡った。
次の瞬間、
ドオオオオォォーーーッ!!!
草原が揺れた。
歓声。涙。祈り。叫び。
その夜、魔導放送塔から放たれたネイアの声は、山を越え、川を越え、そして国境を越えた。
人々は同じ言葉を聞き、同じ理想を抱き、同じ未来を見たのだ。
魔法でもない。剣でもない。
たった一人の少女の声が、これまで国家を分断していた南北の「壁」を粉砕し、世界の歴史を大きく動かした瞬間だった。