魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
世界に響き渡ったネイア・バラハの演説は、バハルス帝国皇帝ジルクニフにとって、もはや予想された災厄だった。
一時間――たった一時間の放送で、一つの国家が飲み込まれる。
その瞬間を、ジルクニフは帝都の執務室で静かに見届けていた。
かつてなら胃を焼くような焦燥に襲われていただろう。
しかし今は違う。ジルクニフは理解していた。
テレビとは情報ではない。感情だ。
理屈では人は動かない。人が動くのは熱狂によってである。
ネイア・バラハは理論で国をまとめたのではない。感情で国をまとめた。
魔導国は剣で世界を征服しているのではない。心を征服し始めたのだ。
(……理屈ではない)
ジルクニフは静かに目を閉じた。
(人々は、テレビという鏡の中に映る『夢』を求めている)
軍事では勝てない。経済でも追いつけない。技術ですら遠く及ばない。
(ならば、我らは別の場所で戦う)
ジルクニフの脳裏に一つの考えが浮かぶ。
魔導国が現実を支配するのなら、帝国は虚構を支配する。
アインズ・ウール・ゴウンが豊かさを与える王ならば、自分は夢を与える王になる。
――それが帝国の生き残る道だ。
◇ ◇ ◇
バハルス帝国。秘密工房。
そこには帝国中から集められた絵師たちがいた。
写本職人。宮廷画家。舞台美術家。
彼らが描いた絵が、机を、床を、埋め尽くしている。
数百枚。数千枚。いや、それ以上。
同じ人物。同じ背景。ほんのわずかに違う姿勢。ほんのわずかに違う表情。
それらをキーロ・タヨトが開発した映写装置へ送り込む。
部屋の灯りが落とされた。壁だけが白く浮かび上がる。誰もが息を止めた。
そして――絵が動いた。
「……!」
誰も声を出せなかった。
壁の中で、一人の「皇女」が振り返った。
風が吹く。長い髪が揺れる。瞳が潤む。そして、一筋の涙が頬を伝った。
次の瞬間、誰かが震える声を漏らした。
「生きてる……」
絵なのに――。ただの絵なのに――。そこには確かに命があった。
ジルクニフは立ち尽くしたまま壁を見つめていた。
鳥肌が収まらない。
(これだ……!)
その瞬間、確信した。
実写は魔導国の領域だ。現実を映すなら、あの国には勝てない。
だが、存在しない英雄、存在しない王女、存在しない世界、存在しない魔法。
それらを描けるのは絵だけだ。
(我らは、虚像の支配者となる……!)
◇ ◇ ◇
数日後――。
ノヴァリア王宮。大謁見の間。
ジルクニフはアインズの前に跪いていた。
「魔導王陛下。本日は新たな映像技術をお持ちいたしました」
その声には、属国の王としての敬意と、創作者としての誇りが混じっていた。
アインズは静かに頷く。
「ほう」
ジルクニフは説明を始めた。
写本文化。絵画芸術。魔導カメラ。映写技術。
それらを融合して生み出した新たな映像表現。
無数の絵を高速で切り替え、命を宿したように動かす技術。
説明を聞きながら、アインズは一つの結論に達していた。
(それ、アニメじゃん?)
帝国には優秀な絵師がいる。写本文化も発達している。
確かに、アニメを発明しても不思議ではない。
そして何気なく口を開いた。
「ふむ。アニメというわけだな」
静寂――時間が止まった。
ジルクニフの心臓が大きく跳ねる。
アニメ――聞いたこともない単語。だが、なぜだろう。その言葉は、自分たちがようやく辿り着いた概念そのものを表現しているように思えた。動く絵。躍動する絵画。生きる絵。その全てを内包した言葉。
(まただ……。また、この化け物は、先にいた……)
カメラ、ケータイ、自動車、テレビ――。そして今、帝国がようやく辿り着いたこの新技術ですら、魔導王にとっては既知の概念だった。
まるで未来を知っているかのように。いや、未来を設計しているかのように。
ジルクニフは震える声を絞り出した。
「陛下。その『アニメ』というお言葉は……」
アインズは軽く頷く。
「うむ。貴国が発明した映像表現をそう呼ぶ。既存技術の発展、異なる要素の組み合わせ、そうして新たなものが生まれる。それが発明だ」
(って、ウィキペディアか何かに書いてあった気がする……)
「ジルクニフ殿。よくアニメにたどり着いたな。感心したぞ」
ジルクニフは完全に理解した。この骸骨は常に遥か先にいる。
だが、不思議と絶望はなかった。
むしろ誇らしかった。
自分たちは、正しい場所へたどり着いたのだと――。
アインズは満足そうに頷いた。
「早く完成した作品を見てみたいものだ」
ジルクニフは深く頭を下げた。
「……ありがたきお言葉。感謝の極みにございます」
その顔には、わずかな笑みが浮かんでいた。
勝てはしない。だが、帝国には帝国の道がある。
現実を支配する魔導国。虚構を支配する帝国。
世界は今、新たな時代へ踏み出そうとしていた。
こうして、魔導放送塔から、世界初となる『アニメ』が放送されることとなった。
それは帝国建国時代を舞台にした、壮大な大河ロマンスだった。