魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
柔らかな陽光が大地を撫で、淡い青空がどこまでも広がっていた。
その日、新首都ノヴァリアは祝祭に包まれていた。
街には球団旗が掲げられ、子どもたちは選手の名を叫びながら走り回る。露店には応援用の旗や帽子が並び、テレビの前では世界中の人たちが、開幕を今か今かと待ちわびていた。
剣と魔法が支配していた世界は、武装解除という歴史的転換を経て、新たな「戦い」の時代を迎える。
――プロ野球リーグ。
その記念すべき第一歩が、今まさに刻まれようとしていた。
魔導国、バハルス帝国、ローブル聖王国。それぞれ4球団が設立され、各国で年間108試合のリーグ戦が開催される。各球団は54試合を戦い抜き、その頂点を目指す。
そして各国の優勝球団は、世界一を決める『ワールドシリーズ』へと進出する。
その歴史的開幕戦の舞台となるのが、ここ魔導国のノヴァリア・ドームだった。
ノヴァリア・ルミナス 対 ブルーライト・スターズ
真新しい天然芝の香りと、数万人の観客が放つ熱気が混ざり合い、場内は試合開始前とは思えないほどの興奮に満ちていた。
「試合に先立ちまして、ただいまより、始球式を行います」
ウグイス嬢の澄んだ声がドームいっぱいに響く。
「ピッチャーは、カルネ村の将軍閣下、エンリ・エモット様です。エンリ・エモット様は、液状魔力を発明されたンフィーレア・バレアレ様の奥様でもいらっしゃいます」
「「「おおおぉーっ」」」会場からどよめきが起こった。
(いま将軍閣下って言ったなぁ)
エンリのこめかみの血管がぴくりと動く。
自分はただの村娘だったのに……いつの間にか村長になり、アインズ様から授かった<ゴブリン将軍の角笛>によって、五千ものゴブリン軍団を率いる将軍閣下――などと呼ばれるようになってしまった。
数万人の視線を浴びながらマウンドへ向かう。
ンフィーレアからは、
「可愛く『えいっ』て投げればいいだけだからねっ」
と言われていた。
もちろん、そのつもりだった。そのつもりだったのだ。
だが、大観衆の前で「将軍閣下」と高らかに紹介された瞬間、胸の奥で何かが音を立てて弾けた。
(こうなったら、思いっきり投げてやる!)
エンリはマウンドへ立った。
革張りのボールを握る指は細い。しかし、その腕、身体には、村での労働と戦いを経て鍛え上げられた、しなやかな筋肉が宿っていた。
大きく振りかぶり、左足を高く掲げる。軸足が大地を力強く踏み締める。
全身が大きくしなり、蓄えられた力が一つの流れとなって右腕へ集約される。
そして――オーバースローから鋭く腕が振り抜かれた。
シュルルルルルーーッ!
ボールは糸を引くような直線を描き、空気を切り裂いてホームベースへ突き進む。
スパァン!
乾いた捕球音がドーム中へ響き渡った。
王宮執務室でテレビ観戦していたアインズは、思わず椅子から腰を浮かせた。
「えええーっ! 速っ! ……いや、これ、始球式だよ、な?」
驚愕したのはアインズだけではない。
始球式の恒例に従い、空振りするつもりで打席に立っていた打者は、そのあまりの球威に反応が遅れた。
「……あっ」
我に返った頃には、すでにボールは捕手のミットへ収まっていた。
慌てて「スカっ」とバットを振った。
一瞬の静寂。そして次の瞬間――。
「「「おおおおおおおぉーーっ」」」
球場全体がどよめき、コールが沸き起こった。
「「「ショーグン! ショーグン! ショーグン!」」」
数万人が総立ちとなり、割れんばかりの歓声がノヴァリア・ドームを揺るがす。
エンリは歓声の中心で、再びこめかみの血管をぴくぴくと震わせていた。
(まったく、もう……!)
小さくため息をつきながら、それでも少しだけ照れくさそうに笑う。
その背中へ、この日一番の拍手が降り注いだ。
新たな時代の第一球は、青空の下へ力強く投じられたのだった。
「プレイボール!」
そして、世界初のプロ野球リーグが幕を開けた。