魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
「三者、三振……だと……。なんなのだ、あの聖王国の投手は……。帝国の打者たちが、バットにかすりもしないではないか……!」
(何らかの魔法や武技を使っている? いや、あのネイア・バラハ率いる聖王国が、魔導王の怒りを買うような真似をするはずがない……)
ジルクニフの呟くような声に、隣のバジウッドが低く答えた。
「陛下。あれは……ナガシーでも打てませんぜ」
ヴァミリネンも額に汗を滲ませていた。
「あの投手の速球は160キロを超えております。変化球も150キロの速度から鋭く曲がり、鋭く落ちる……。あのような投球は見たことがございません」
ワールドシリーズ優勝決定戦。
バハルス帝国代表 アーウィンタール・イーグルス vs. ローブル聖王国代表 ホバンス・ホーリーナイツ。
一回表。帝国打線は、聖王国エースの圧巻の投球の前に、三者三振という立ち上がりを迎えた。
◇ ◇ ◇
ローブル聖王国の貴賓席。
ネイア・バラハは静かに、しかし熱い眼差しでグラウンドを見つめていた。
隣のカスポンド聖王が興奮を隠せない様子で口を開く。
「帝国の打者が、まるで手も足も出ませんね」
ネイアは微笑んだ。膝の上で、両手がそっと組み合わされる。
「ええ。ですが、不思議ではありません」
「ほう」
「彼は、誰よりも努力を積み重ねてきた選手です。誰も見ていないところで鍛錬を続け、昨日の自分を越え続けてきました」
ネイアの瞳は、グラウンドの英雄を見つめている。
「ですから私は……驚いていません」
組んだ指先に、わずかに力がこもった。
信じている。信じているはずなのに、鼓動だけは、どうしても速くなってしまう。
◇ ◇ ◇
一回裏。ホーリーナイツの攻撃。
その聖王国の投手が、一番打者として打席に立つ。
「一番、DH、オタニ」
先発投手、オタニ・ショウ――彼は二刀流だった。
「ピッチャーが一番バッター……どういうことだ」
ジルクニフが呟く。
「わかりません。あれだけの投手が打席にも立つとは……。おそらく、奇をてらってい……」
ヴァミリネンがそこまで言った、その瞬間だった。
カキィィィーーッ!
乾いた、しかし重い打球音がドームに響く。
「はあっ?」
ジルクニフが呆けた声を漏らした。
「オタニ打ったぁー! ものすごい打球が右翼へ伸びる! ライト一歩も動かない! すごい飛距離だ、三階席へ飛び込んだぞ! オタニ、先頭打者ホームラン! ホーリーナイツ、先制です!」
アナウンサーは立ち上がって叫んでいた。
「凄まじい打球でした!」
その隣で、解説者は、何も言えなかった。
口を半開きにしたまま首を横に振り、困ったように肩をすくめる。
言葉では説明できない――そんな表情だけが、全国へ生中継されていた。
ジルクニフは驚愕のあまり立ち上がった。
「なんだ……なんなのだ、あのオタニという選手はっ!」
「エースでホームランバッター、ということでしょうか……」
「見ればわかる! そんなことを聞いているのではないっ!」
◇ ◇ ◇
魔導国の貴賓席。
アインズは小さく息を吐いた。
(これほど完成された選手が、この世界にも現れたか……)
遠い記憶が微かに揺れた。
(二刀流のメジャーリーガー……そんな選手が、21世紀にいたような気が……)
◇ ◇ ◇
聖王国の貴賓席。
カスポンド聖王が感嘆の息を漏らした。
「なんと……。あの投手が、打者としてもこれほどとは……」
ネイアは静かに答える。
「彼は、勝つために必要なことを、誰よりも突き詰めてきた選手です」
「まさに聖王国の宝ですね」
「ええ。そして、まだ終わりではありません」
そう言いながらも、ネイアの声は、わずかに上ずっていた。
ネイアは祈るような気持ちを抑えきれず、両手をぎゅっと握りしめた。
◇ ◇ ◇
オタニ、第二打席。
ジルクニフは、まだ一打席目の衝撃から立ち直れていなかった。
「まさか……また打つなどということはあるまいな……」
その言葉を嘲笑うかのように、再び快音が響く。
カキィィィーーッ!
「オタニまた打ったぁー! センターへの大飛球! こ、これはっ……バッ、バックスクリーンの上を超えて……いったいどこまで飛んだんだー! とんでもない飛距離だ! 超特大のホームランです!」
実況は絶叫する。
しかし解説者は、あまりの衝撃に口をあんぐり開けて絶句していた。
ベンチ前に出てきたホーリーナイツの味方選手たちまでもが、両手を頭に乗せ、目を剥いていた。
「なんなんだ、なんなのだ、あいつはぁっ!」
ジルクニフが絶叫する。
「エースで、ホームランバッター、という……」
「だからそんなことは見ればわかるっ! いったいどうすればそんな選手が生まれるのだ!?」
◇ ◇ ◇
オタニ、第三打席。
「またオタニの打席だ。もう歩かせた方がいいんじゃないか?」
ジルクニフが半ば自棄になって言う。
「一塁が埋まってます。さすがに敬遠はしな……」
バジウッドが言いかけたその時――
カキィィィーーッ!
三度目の快音が響いた。
「また行ったぁーっ! 今度は左中間! オタニ、この日3本目のホームランです!」
実況席は絶叫した。
「信じられません! 我々はいったい何を見ているのでしょうかっ!」
その横では解説者が、また何も言えない。
こんなものを解説などできない――沈黙が、そう語っていた。
「あーっはっはっはっ!」
ジルクニフが腹を抱えて笑い出す。
「まーた打ちやがった! わーっはっはっはっ!」
「陛下……。お気を確かに……」
ヴァミリネンが心配そうに言った。
◇ ◇ ◇
快音が三度目に響き渡った瞬間、ネイアは思わず両手で口元を覆い、隣のカスポンドに気づかれないよう、小さく涙ぐんでいた。努めて冷静さを装ってきたが、感極まることまでは、抑えられなかった。
◇ ◇ ◇
アインズは静かに打球を見送っていた。
(思い出した……。21世紀のメジャーリーグに、二刀流の伝説を作った日本人がいた……!)
もちろん細かな記録までは覚えていない。だが、その伝説だけは、100年以上の時を超えてなお、語り継がれていた。
(本物の伝説っていうのは、時代を越えるんだな……)
アインズは心の中で感心していた。
◇ ◇ ◇
結局、オタニは六回を投げ、無失点、10奪三振。
打っては三打席連続ホームラン。
七回からはリリーバーにマウンドを譲り、イーグルスは九回にナガシーのタイムリーで一点を返したものの、反撃はそこまでだった。
試合終了――。
5対1。ローブル聖王国代表 ホバンス・ホーリーナイツが、初代ワールドチャンピオンに輝いた。
ノヴァリア・ドームを埋め尽くした数万人の観客が、一斉に立ち上がる。
惜しみない拍手が、ドーム全体を包み込んだ。
勝者にも、敗者にも――その拍手は等しく送られていた。
アインズは静かに球場全体を見渡した。
(……よかった……な)
戦争ではなく、歓声が世界を一つにする。
そんな未来を、この異世界に残すことができたのだから。
◇ ◇ ◇
ローブル聖王国の貴賓席。
「やりましたっ……やりましたよぉぉぉ……!」
ネイア・バラハは優勝の喜びに、ついに感情を抑え切れなくなり、隣に座るカスポンドスへ、抱きつかんばかりの勢いで興奮をぶつけていた。
そこへ――「バラハ嬢」――ネイアを呼ぶ声が聞こえた。
「え……?」
その声は――! ネイアが振り返る。
そこに立っていたのは――漆黒のローブを纏った魔導王アインズ・ウール・ゴウン、その人だった。
「あ……ア……」
ネイアの動きが、完全に止まった。
「アインズ、様……」
掠れた声が漏れる。
アインズが静かに歩み寄ってくる。
「勝手に押しかけて悪いな」
ネイアの前で足を止めたアインズは、真っ直ぐに、ネイアを見据えた。
「見せてもらったぞ」
「は、はい……!」
「正直、驚いている。帝国の選手たちは、元々厳しい鍛錬を積んだ騎士たちだ。本来であれば、力の差は歴然としていたはずだ」
ネイアは、ただ震えながら、アインズの言葉に耳を傾けている。
「それを覆したのは、間違いなく、君たちの努力だ。あの投手一人の力じゃない。選手全員が、これほどまでに己を鍛え上げるというのは、並大抵のことではない」
「それだけではないな。南北に分かれていた国を、よく一つにまとめ上げた。バラハ嬢、君が聖王国をここまで導いたのだ」
「あ……あ……」
ネイアの唇が震え、瞳が揺らいだ。
「君ならばきっと頑張れるはずだと思っていた。強くなったな、バラハ嬢。そして、聖王国も、強くなった」
その言葉が、静かに、しかし確かに、貴賓席の空気を震わせた。
「あ……あ、ああ……」
ネイアの凶眼から、堰を切ったように涙が溢れ出す。
「うわああああああああああああぁぁぁぁん……!!」
ネイアは感情が爆発した。その場に崩れ落ちるように両膝をつき、声を上げて泣いた。
「よかっ……よかったです……! みんな、頑張って……! 本当に、頑張って……! アインズ様に、伝わって……!」
言葉は、もはや意味を成さないほどに、涙で溶けていた。
手を床につき、身体を激しく上下させながら、ネイアはただ号泣した。
国が蹂躙された。親を失った。弱かった。救えなかった。
でもアインズ様に助けられた。
そこから必死に積み重ねてきた、歳月。
数十万の民が流した、涙と汗。
アインズ様に伝わった。アインズ様はわかってくれていた。
ネイアの涙で溶ける言葉には、その想いが確かに込められていた。
アインズは、そんなネイアを、ただ静かに見守っていた。
(こんなに感激してくれるなら、もっと早く来ればよかったな……)
貴賓席に響き渡るネイアの号泣は、いつまでも、鳴り止むことはなかった。
◇ ◇ ◇
記念すべき第一回ワールドシリーズは、その歴史に永遠に刻まれる伝説の大会として幕を閉じた。
誰も武器を振るわず、誰も命を落とさず――。それでも世界中の人々が熱狂し、涙を流し、歓声を上げた。スポーツという新たな文化が、確かに世界に根を下ろしたのである。