魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
Phase8-1 無血の紙片が告げる残酷の終焉
この頃、ンフィーレアは、アンデッド・マクロの活用により、液状魔力精製工場から解放され、再びポーション開発に専念できるようになっていた。
そして開発したのが「緑ポーション」だった。
通常のポーションが生きた生物を回復させる効果を持つ一方、緑ポーションは植物を蘇らせる。この緑ポーションを木の切り株にかけると、瞬時に木肌へと吸収される。次の瞬間、切り株が脈動し、ゴキゴキと骨が軋むような快音が響き、凄まじい勢いで木が上空へ「生え、伸ばされて」いく。
蘇った木から作られる紙は、極めて上質である上に、緑ポーションさえあれば、無限の供給が可能だった。
――この上質紙は、「魔導紙」と呼ばれるようになった。
◇ ◇ ◇
トブの大森林に広がる工場地帯の一角には、魔導紙生成工場が稼働していた。緑ポーションで蘇った木々はアンデッドによって伐採され、この工場へと運ばれてくる。
管理する工場が増えたことで、アウラとマーレは多忙な日々を送っていた。
そこへ、突如として<ゲート>が開き、シャルティアが現れた。
「アウラぁ……」
「シャルティア……。なぁに? また落ち込んでるの?」
アウラの呆れたような声に、シャルティアは肩を落とす。
「わたくしはもう、アインズ様のお役に立てないでありんす……」
「あぁ……。しばらくは戦争とか起きそうにないしねぇ……。シャルティアの戦闘能力を活かす場面も、今は無いか……」
「うっ、うっ……」
「ちょっとぉ……泣かないでよ……」
アウラは困ったようにシャルティアの背中をさする。
「なにか……なにかわたくしに、できることはありんせんか?」
「今はアンデッドだけで十分回ってるし、シャルティアに任せるような仕事は……ないんだよね」
「そんな……。何か一つくらいあるでありんしょう」
「うーん……」
困ったアウラが周囲を見渡しながら歩く。その後ろをシャルティアがトボトボとついていく。
工場の中に入ると、生成されたばかりの魔導紙が山積みになっているのが目に入った。
「あ、そうだ」
液状魔力を搬出・輸出するためには、品質保証書などの証明書に多くの紙を必要とする。
「この魔導紙、液状魔力精製第一工場に届けてくれる? いつもはアンデッドに運ばせてるんだけど……」
「わかりんした。この程度の荷物、わたくしが運べば一瞬でありんす」
シャルティアは魔導紙の束を抱え上げた。常人ではとても持ちきれないほどの重量だが、シャルティアにとっては何の問題もない――いや問題が一つあった。残念ながら身長が低い。
シャルティアは前が見えないほどの魔導紙を抱えて、<ゲート>をくぐった。
到着したのは、液状魔力精製第一工場の一角。以前は何もなかったその場所には、アンデッド・マクロによる大量生産が可能となった今、生成されたばかりの液状魔力を蓄える巨大な「プール」が設置されていた。
前が見えないシャルティアは、そのままプールの縁にぶつかり、
「ひゃっ?!」
ドボンっ。抱えていた魔導紙の束を液状魔力のプールへ落としてしまった。
魔導紙がゆっくりと沈んでいく。
(こ、これはっ、どうすればいいでありんしょう!?)
シャルティアの顔が見る見る青ざめる。
(アインズ様に嫌われる! アインズ様に叱られる! アインズ様に幻滅される!)
焦ったシャルティアは「証拠隠滅」の手段に打って出た。
(そ、そうでありんす! なかったことにすればいいでありんす! 燃やしてしまうでありんす!)
そしてシャルティアは、第九位階魔法を放った。
<ヴァーミリオン・ノヴァ>
液状魔力プールへ向かって放たれたその魔法は、プール表面を漂っていた魔導紙を直撃した。魔導紙はあっという間に燃え尽き……なかった。放たれた極大炎属性魔法は、魔導紙の上面で赤く輝いたかと思うと、そのまま紙に吸い込まれるかのように消え失せた。そしてその魔導紙は、くるくるっと丸まった。
「え……? 何が……いったい何が起きたのでありんしょう……」
もうどうしていいのかわからなくなったシャルティアは、なきべそをかきながら、<メッセージ>でアウラとマーレを呼んだ。
「――というわけでありんす」
「シャルティアぁ。気持ちはわかるけどさぁ。だからって<ヴァーミリオン・ノヴァ>撃ったりしないでよ」
アウラが呆れ顔で言った。
「こ、これが、その魔導紙なんですか?」
マーレが丸まってしまった魔導紙を手に取った。その瞳は、好奇心を宿している。
「そうでありんす。どういうわけか、くるくるっと丸まったでありんす」
「な、なんで燃えなかったんだろう……」
そう言いながら、マーレが丸まった魔導紙を広げた。
その瞬間――ボワアアァッ!! 凄まじい紅蓮の炎がマーレを包みこんだ。
「えっ?!」シャルティアが驚愕して目を見開く。
「マーレ! 大丈夫っ?!」
アウラが叫び、すぐにマーレの元へ駆け寄る。
「うう……っ。痛いっ……痛いぃ……」
マーレは涙目でうずくまった。
それを見たアウラが叫んだ。
「シャルティア! ンフィーレアの所からポーション持ってきて! ありったけ!」
数分後――。
報告を聞いたアインズが到着した。
シャルティアの瞳からは涙が溢れている。
「あ”い”ん”す”さ”ま”。わ”た”く”し”は”、お”や”く”に”た”ち”た”く”て”」
「シャルティア。マーレは無事だったのだし、泣くことはない。美人が台無しだぞ?」
(しかし……これは不幸中の幸いと言うべきか。マーレだからまだ良かったようなものの、もしプレアデスがシャルティアの<ヴァーミリオン・ノヴァ>を受けてしまったとしたら……大惨事になっていただろうな……)
「それにな、シャルティア。これは大発明かもしれんぞ?」
アインズの言葉に、シャルティアは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「え?」
「もしかすると、これまで不可能だった、高位階の魔法を閉じ込めるスクロールを発明したかもしれん」
「スクロール……でありんすか?」
シャルティアの顔に、わずかな希望の光が差す。
「そうだ。一つ実験をしてみよう」
液状魔力に浸った魔導紙を草原に一枚置く。
「マーレ。もう回復はできているか」
「は、はいっ。大丈夫です!」
マーレはアインズの言葉に元気よく応えた。
「では、あの魔導紙に向けて、<ぷちカタストロフ>を撃ってみてくれ」
「わ、わかりました。皆さん、下がっていてください」
マーレは緊張した面持ちで、しかし迷いなく魔法を唱える。
<ぷちカタストロフ>
膨大なエネルギーが奔流となって放たれたかと思うと、次の瞬間、「シュンッ!」と音を立て、魔導紙に吸い込まれるように消え失せた。そして<ぷちカタストロフ>を吸収した魔導紙は、くるくるっと丸まった。
「やはり……な」
アインズは満足げに頷いた。
しかし、そのときになって、ようやくアインズは重大な事実に気づく。
(あ……。本当に吸収したのか確かめたくても、試せないじゃん……。誰が開くんだ、これ……。<ぷちカタストロフ>を喰らうことになるじゃん……)
アインズは骸骨の表面に冷や汗をかいた。
「ふむ……。これは、専門家の意見を聞くべきだろうな」
アインズはすぐにナザリック地下大墳墓の司書長、ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスを呼び出した。
すぐにティトゥスが興奮した面持ちで駆けつけた。
「アインズ様。このティトゥスめをお呼びとは、一体どのような御用でございましょうか」
「ティトゥス。これを見てくれ」
アインズは、丸まった魔導紙をティトゥスに差し出した。ティトゥスはそれを丁重に受け取ると、すぐに鑑定を始めた。彼の顔は見る見るうちに紅潮し、その瞳は狂気じみた輝きを放ち始める。
「こ、これは……! まさか……! 高位階魔法を完全に封じ込めるスクロール……! しかも、この紙は、魔導紙。無限に生成可能……」
ティトゥスは魔導紙を抱きしめ、恍惚とした表情を見せた。
「アインズ様。これは快挙でございます。高位階魔法スクロールの大量生産が実現します。これで、ナザリックの戦力は飛躍的に向上し、魔法の歴史そのものが塗り替えられます」
ティトゥスは興奮のあまり、その場で踊り出しそうな勢いだ。
「ティトゥスよ。だが、試すことができないだろう」
「試す? それはこれを開けば……」
「「「待ったー!」」」
シャルティア、アウラ、マーレが一斉に大声を出したことに「びくっ!」としたティトゥスが手を止めた。
「ティトゥスさん。あ、あの、えっと、それには僕の<ぷちカタストロフ>が入ってます」
「守護者マーレの<ぷちカタストロフ>が!? 私を殺すおつもりか!?」
「だから待てって言ったんだよ」アウラが疲れた表情で言った。
「ふむ。やはり試すのは無理、ということだな」
アインズはそう言いながら、頭の中では別の考えが巡っていた。
(この魔導紙は、緑ポーションによって蘇った木から作られている……。そしてこのスクロールは、魔導紙を液状魔力に浸すことで作られる。となると……)
アインズの脳裏に、デミウルゴスの「ハッピーファーム」が浮かんだ。これまで羊皮紙生産のために行われていた「皮剥ぎ」は、アインズにとって心苦しいものだった。しかし、上質紙もスクロールも無限生成できるとなれば――。
(羊皮紙、もういらないじゃん。ハッピーファーム、もういらないじゃん)
アインズがそんなことを考えていた、その時、
「あのー、アインズ様」
アウラが彼女にしては珍しくおどおどした声で呼びかけてきた。
「なんだ、アウラ」
「どうして<ぷちカタストロフ>で実験されたのでしょうか」
(……ん?)
「アインズ様であれば、<ゲート>や<グレーター・テレポーテーション>など、攻撃系以外の高位階魔法を使えば、簡単に試せたと思うのですが……」
(……あ)
「それに、<ゲート>などが入ったスクロールであれば、どんなに高い金額でも売れるのではないでしょうか」
(……あああ)
「そ、それはだな……。わからないか?」
「申しわけありません。わかりません」
「そうか。わからないのか……」
「はい。どうかお教えください」
「……マーレだ」
「マーレ?」
「そうだ……。マーレが切り札を使えるまでに回復しているかを確かめたかったのだ」
マーレが驚いた表情を見せた。
「アインズ様は、ぼ、僕のために……」
「うむ。すっかり回復したようだな。安心したぞ」
アインズが骨の指でマーレの頭を優しく撫でた。
「あ、アインズ様……」
マーレが瞳を潤ませ、アインズに抱きついた。
「あっ! マーレだけズルい!」
アウラがそれに続き、どさくさ紛れにシャルティアも抱きついた。
◇ ◇ ◇
なんとか切り抜けたアインズだったが、その心には、新たな棘(とげ)が刺さることになった。
(魔導ケータイのときもそうだったが、シャルティアが悩んでいるようだな……)
シャルティア・ブラッドフォールン。ナザリックが誇る最強の階層守護者。
その圧倒的な戦闘能力――それが必要となる事態など、百年に一度もないだろう。仮に戦争になったところで、デスナイトをはじめとするナザリックの軍勢があれば、シャルティアの出番などない。ましてや、ナザリック地下大墳墓にまで敵が到達するのは、いったい何百年先のことなのか。
当然、起きる可能性はある。シャルティアを洗脳した敵の存在もある。警戒を怠ることはできない。
しかし、シャルティアは兵器ではない。心を持っている。
有事が起きるのを待つ間に、シャルティアの精神は病んでしまうだろう。
(産業革命真っ只中のこの世界で、シャルティアが輝く道をつくってやらないとな……)
◇ ◇ ◇
その後、デミウルゴスのハッピーファームは、羊皮紙生産を完全に終了し、「無限チキン工場」へとシフトすることとなった。無限に供給されるチキンは、魔導国の食卓を豊かなものにしたのだった。