魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ノヴァリア王宮。執務室。
アインズは静かに思案にふけっていた。
魔導国は著しい発展を遂げ、経済も活況を呈している。しかし、その繁栄の裏で、アインズはある懸念を抱いていた。
ナザリックの守護者たち――特にシャルティア・ブラッドフォールンが、その真価を発揮する場がない――と。アインズは、シャルティアが戦場以外でも輝ける道を見つけてやりたいと考えていた。
「アルベド」
アインズの呼びかけに、アルベドは即座に反応した。
「はい、アインズ様」
「……シャルティアのことなのだがな。彼女が、その、もっとこう、輝けるような機会はないものだろうか」
アルベドは一瞬、眉をひそめた。
シャルティアが輝く――それはつまり、アインズ様の視線がシャルティアに注がれる、ということではないか。
アルベドは逡巡した。しかし、アインズの願いを無下にすることはできない。
「かしこまりました。アインズ様の御心のままに。しかし、具体的にどのような形で、と仰せでしょうか?」
「うむ……そこが問題でな。何か、新しい産業に繋がるような、それでいてシャルティアの良さを活かせるような……」
「承知いたしました。この件、ヒルマ・シュグネウスに一任することとします。彼女ならば、アインズ様の御期待に応えることができるでしょう」
◇ ◇ ◇
アルベドからの指令を受けたヒルマは、すぐにビジネス・パートナー――シン・ワーナベに電話した。
「ヒルマか。どうした」
「今どこ?」
「タクシーで移動中……中央大通りに入った所だ」
「20分後、いつものカフェに来られる?」
「急だな……」
「来られるの? 来られないの?」
「どうやら重要案件のようだな。了解。20分後、『カフェ・ルミナ』で」
シンはテレビ放送を統括する責任者であり、常に新しい企画に飢えている男だ。
ヒルマが『カフェ・ルミナ』に入ると、シンはすでに着席して待ち構えていた。
「シャルティア様が輝ける新たな事業を創出せよ――これはアインズ様からのご命令よ」
ヒルマは単刀直入に切り出した。
「シャルティア様? 誰だ、それは」
「あ、そうか。シンはシャルティア様に会ったことがないのね」
シンはヒルマほどナザリックとの関わりが深くない。
「シャルティア様は、守護者最強と言われている御方よ」
「守護者最強?! どんな化け物……もとい、どんな御方なんだ」
「パッと見は10代に見える。ただ――」
「……ただ?」
「この世のものとは思えないほどの、絶世の美少女よ」
シンは激しく混乱した。「守護者最強」という響きから想像するのは、デスナイトにも勝る巨躯を持つ、見るもおぞましい姿――。それが絶世の美少女とは? まったく意味がわからなかった。
「私は何度かそのお姿を拝見したことがある。まさに息を呑むほどの美しさよ」
「アルベド様よりもか?」
「しっ!」
ヒルマは人差し指を縦にして唇に当てた。
「あなた……死にたいの?」
シンは瞬時に肌が泡立った。触れてはいけないことのようだ。首をすくめて慎重に周囲を見渡す。平日の昼下がり。店内は商談をする者たちなどでざわついている。どうやら誰も聞いていなかったようだ。シンはほっと息を漏らした。
「な、なるほど……。その美しさを、テレビを通じて世に知らしめる、ということか? しかし、ただ美しいだけでは、一過性のものになりかねない。何か、新しい産業に繋がるような……」
ヒルマは、かねてから抱いていた懸念を口にした。
「ねぇ、シン。今のテレビ番組は、どうも男性寄りの企画が多いように感じるの。シャルティア様の美しさを、女性たちが憧れるような形で表現できないかしら」
シンはヒルマの言葉にハッとした。確かに、女性向けのコンテンツは手薄だった。
「例えば……」ヒルマはスパイス・ティーを一口飲んでから続けた。
「シャルティア様に美しい衣装を着ていただき、それをショーとして見せる……とか。その衣装を見た女性たちが『私もあれを着てみたい』と思うような……」
ヒルマの提案に、シンは顎に手を当てて考え込んだ。
「それはいいかもしれないが、視聴者たちは、そう何着も同じ服を買ったりはしないだろう」
「流行を作るのはどうかしら。今年はこんな服、来年はこんな服といったように、毎年趣向の違う服を見せていく。そうすれば女性たちは流行に乗り遅れまいと、毎年新しい服を買うようになるわ」
ヒルマの言葉に、シンの目が大きく見開かれた。
「なるほど……! それは新たな産業、『流行(ファッション)産業』を創ることになるな……!」
二人の間で、新たな巨大産業の青写真が描かれていった。
一通りの議論を終えたところで、シンが言いにくそうに口を開いた。
「ところで……衣装と言えば……」
「なにか閃いたの?」
「……いや、その……君の服装のことなんだが……」
「え、なに? 私の服がおかしいって?」
「いや……そうではなく……。言いにくいんだが……眼のやり場に困るんだ……」
「……」
「……もう少し、そのう……肌の露出が少ない、服にしてくれないか……」
(ああ、そういうこと……)
「ふふっ」
ヒルマは妖艶な笑みを浮かべた。
「だからいつも目をそらせていたのね」
「……実はそうだ」
するとヒルマは、シンの耳元に唇を近づけ、囁くように言った。
「じゃあ次からは、もっと刺激的な服にしてあげる」
シンはぞくっとしてのけぞった。
(この女、絶対にSだな……)
それは間違ってはいないが、合ってもいない。ヒルマ・シュグネウスは元高級娼婦である。高い教養と優れた交渉術を持ち、王国の有力貴族や大商人たちを手玉に取ってきた。その能力で、女性でありながらも裏社会の部門長にまで上り詰めたのだ。シン・ワーナベが太刀打ちできるような女ではない。
◇ ◇ ◇
企画が具体化し、ヒルマからの報告を受けたアルベドが、シャルティアを呼び出した。
「シャルティア。アインズ様より、あなたに新たな任務が下されたわ」
アルベドの言葉に、シャルティアは背筋を伸ばした。
アインズ様からのご命令――。アインズ様からの任務――。
シャルティアは血が沸き立つのを感じた。
「このシャルティア、いかなる敵も打ち砕いてみせしんす!」
「いいえ、シャルティア。戦闘ではないのよ。あなたには、この世界の『流行(ファッション)産業』の象徴として、モデルを務めてもらうことになったの」
「も、モデル……? 流行……?」
戦闘以外の任務。ましてや、聞いたこともない「モデル」という言葉に、シャルティアは困惑を隠せない。
「そうよ。あなたは女性たちの憧れの的となる。アインズ様は、あなたが戦場以外でも輝ける道を見つけてやりたい、そう仰せなのよ」
「アインズ様が……わたくしのために……」
その言葉を聞いた瞬間、シャルティアの顔から困惑の色は消え失せた。
これまで失敗ばかりしてきた。迷惑ばかりかけてきた。お役に立てていないと感じていた。
それなのにアインズ様は、それでもアインズ様は、見放すどころか、わたくしが輝く道を創ろうとしてくださっている――。
シャルティアの全身を痺れるような感激が襲い、その赤い瞳からは止めどない涙が溢れ出た。
「かしこまりんした。このシャルティア・ブラッドフォールン、アインズ様の御期待に応え、この世で最も輝くモデルとなってみせしんす」
涙で濡れた顔に、歓喜と誇りが満ち溢れた。
◇ ◇ ◇
シャルティアがモデルを務めることが決定すると、衣装のデザインが課題となった。
その時、シャルティアに仕える吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)たちが名乗りを上げた。
「シャルティア様の衣装ならば、私たちにお任せください。私たちが、シャルティア様をこの世で最も美しく飾ってみせます」
彼女たちは、主への絶対的な忠誠心と、美に対する並々ならぬ情熱を持っていた。
こうして、デザイナーはヴァンパイア・ブライドたち、モデルはシャルティアという体制が確立された。
そして、初めてのファッションショーのテーマは、彼女たち「吸血鬼の花嫁」の名にちなんで、「結婚式の衣装」に決定した。