魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
新首都ノヴァリアに特設された巨大なホール。
世界初のファッションショー会場となるそのホールには、テレビ中継のカメラが数多く設置され、世界中へ映像を届ける準備が整っていた。
開演前からホールは熱気に包まれていた。
◇ ◇ ◇
ホールの照明が落ちた。――静寂に包まれる。
そして、スポットライトが中央のランウェイを照らす。
荘厳な音楽が流れ始め、観客の視線が一斉に集中した。
ゆっくりと、ランウェイの奥から一人の女性が姿を現す。
シャルティア・ブラッドフォールン。
彼女が身に纏っていたのは、真紅のウェディングドレス。
そのドレスは、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)たちが持つ独特の美意識と、シャルティア自身の高貴さを完璧に融合させていた。流れるようなシルエットは彼女の肢体を際立たせ、繊細なレースの装飾が、まるで夜空に輝く星のように散りばめられている。
そして何よりも、そのドレスを纏ったシャルティアの美しさ――。
白い肌は真紅のドレスによって一層際立ち、血のように赤い瞳は、見る者全てを魅了する輝きを放っていた。
ホールは、どよめきと感嘆の声に包まれた。
女性たちは、その鮮烈な美しさに息を呑み、憧れの眼差しでシャルティアを見つめた。
「なんて……なんて美しいの……!」
「私も、あんなドレスを着てみたい……!」
男性たちは、ただただ呆然とした。この世にこれほどの美が存在するのかと、誰もが現実を疑った。
「……おお……」
王宮の執務室に置いたテレビで中継を見守っていたアインズは、思わず感嘆の声を漏らした。
隣にいたアルベドの眉がぴくりと動く。
(シャルティアめ……。アインズ様の視線を独り占めにするとは……!)
嫉妬の炎が、アルベドの胸の奥で静かに燃え上がった。しかし、アインズの命令で始まった企画である。アルベドは完璧な笑顔を保ち続けた。
ファッションショーが終わるや否や、魔導国全土、そして中継を見ていた他国からも、問い合わせが殺到した。
「あの衣装がほしい!」
「私も結婚式のときに着てみたい!」
「どこで買えるの?!」
この強烈な印象を残した「真紅」、そして「シャルティア・ブラッドフォールン」の名前の一部を取り、新たなブランドが誕生した。
――その名は「ブラッド」。
ノヴァリアにオープンしたブラッド一号店には、連日長蛇の列ができた。
服だけではない。帽子、手袋、スカーフ、バッグなど、「ブラッド」の名を冠した商品は、どれも飛ぶように売れていった。
ブラッドは瞬く間に大人気となり、店舗数は増え続け、バハルス帝国、そしてローブル聖王国にも出店していくこととなった。
シャルティア・ブラッドフォールンは、その圧倒的な美しさをもって、「流行(ファッション)産業」という新たな巨大産業を創り出し、計り知れないほどの大きな利益をもたらすこととなったのである。
◇ ◇ ◇
ノヴァリア王宮。執務室。
アインズは、アルベドからの報告を受けていた。
そこへ、コンっコンっ――ノックの音が聞こえた。
「シャルティア様が、アインズ様へのお目通りを願っております」
メイドの声にアルベドが冷徹に言った。
「今は大切な報告中よ。後になさい」
「は、はぃっ。畏まりました」
シャルティアが執務室を尋ねることなど珍しい。何か急ぎの用があるのではないか――そう思ったアインズがそれを制した。
「待つのだ」
「しかし、アインズ様……」
「何か大切な用なのかもしれん。通してやれ」
(渡りに船だ。どうせアルベドの報告を聞いてても、俺には理解できないし……)
「失礼いたしんす……」
シャルティアが入室してきた。
「――!!」
その姿にアインズもアルベドも絶句した。
シャルティアは、ファッションショーで着用した真紅のウェディングドレスを着ていたのだ。
即座にアルベドが反応する。
「シャルティア! なんなのその格好はっ!」
「……ブラッドの、ウェディングドレスでありんす」
「そんなことは見ればわかるわっ! なぜそんな格好をしているのかと訊いてるのっ!」
「……アインズ様に、お願いがありんす」
シャルティアは、紅い瞳を潤ませていた。
「……アインズ様。一枚だけ……。一枚だけでいいのでありんす。どうか、わたくしと、写真を撮っていただけないでしょうか……」
「シャルティア!」アルベドの声が一層大きくなる。
「な・ん・で! その格好で! 写真を撮るのっ?!」
「アルベド……。わたくしは、特別な場所で撮りたいとは言ってないでありんす。この執務室でいい……。どうか……どうか、お願いしんす……」
いつものシャルティアなら、アルベドといがみ合っただろう。
だが、今日のシャルティアは違った。
か細い声。揺れる瞳。無理に浮かべたかのような笑みには、どこか哀しげな影が宿っている。
それはまるで、叶わぬ恋を覚悟し、それでも何か、一つでいいから思い出が欲しい――そんな想いを胸に秘めたかのような、震える乙女の姿がそこにあった。
アインズは、真紅のドレスに身を包んだシャルティアを見ながら思っていた。
(よく似合ってるな……。ペロロンチーノさんに見せてやりたかったな……)
アインズは自分が沈黙していることに気づいた。
「……シャルティア。この執務室で、一枚だけで良いのだな」
「は、はいっ。この一枚を、一生の……わたくしの一生の宝物にするでありんす……」
「ではメイドに撮らせよう」
アインズとシャルティアはツーショットの写真を撮った。
パシャっ。
ギチィリ。
(ん? いま何か……シャッター音とは別に、もう一つ音が聞こえたような気がするが……)
アルベドの方から聞こえた気がする――そう思ったアインズは、アルベドを見た。
「……どうかなさいましたか?」
笑顔のアルベドに問いかけられると、小さな疑問など頭から抜けていく。
「いや……なんでもない」
「すみません、アインズ様。少しだけ退室してもよろしいでしょうか?」
「どうした、アルベド。まぁ良い。行け」
「ありがとうございます」
アルベドが執務室を出ていった直後、外から「どりゃぁああ!」という女の声と、すさまじい勢いで何かが壁に激突する音が聞こえた。