魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ノヴァリア魔導放送局「MHKビル」内の会議室。
シン・ワーナベとヒルマ・シュグネウスが、定例の企画会議に臨んでいた。
「ヒルマ……」
「なぁに?」
「肌の露出が少ない服にしろ、そう言ったはずだ」
「もっと刺激的な服にする、そう言ったはずよ」
(こ、この女……っ)
シンは諦めのため息を一つ飲み込んだ。
「昨夜の電話では、急ぎの議題があると言ってたな。それはなんだ」
「ンフィーレア様とキーロ・タヨト氏の会談が決まったわ」
「は?! キーロ・タヨトって、タヨト自動車を開発した、あのキーロ・タヨトか?!」
「そうよ。キーロ氏の方から、ジルクニフ皇帝を通して、魔導王陛下に嘆願が届いたの」
「つまりキーロ氏は、ンフィーレア殿との会談で、何かを得ようとしている……。例えば、新たな発明のヒントを……」
「でしょうね。そして魔導王陛下は、その会談の模様を、テレビ中継することを望んでおられる」
「なんだとぉ!」
シンは思わず、大声をあげた。
人智を遥かに凌駕する智謀を巡らす、魔導王アインズ・ウール・ゴウン。これまでも、想像することすら叶わない、数々の至高の「布石」を打ってきた。その魔導王がテレビ中継を望むということは、それが単なる興味本位のわけがない。
そのとき、会議室前の廊下を歩いていたクルトが、シンの大声に何ごとかと会議室のドアを開けた。
「シンさん、どうかしましたかっ?!」
「ああ、大声を出してすまん。なんでもない」
「それならいいんですけど……」
クルトはそう言いながら、ヒルマの「刺激的な服装」を見てしまい、目をぐるぐると泳がせた。
「あら、クルトちゃん。あなたも参加する?」
「い、いえ、僕は結構ですっ」
そう言ってクルトは、逃げるように会議室を出ていった。
「……話を戻そう」シンが努めて冷静な声で言った。
「これも魔導王陛下の、壮大なロードマップの一つ、ということか……。しかも今回は、それを世界に知らしめたいと考えておられる……。そのために、この会談のテレビ中継を望まれた……」
「ええ。間違いないわ」
「わかった。すぐに企画を進める」
◇ ◇ ◇
ノヴァリア魔導放送局(MHK)の特設スタジオ。
数台の魔導テレビカメラが回る中、バハルス帝国の至宝キーロ・タヨトと、魔導国の生ける伝説ンフィーレア・バレアレが対峙していた。この模様は世界中に生中継されている。
この時を待ち望んでいたキーロは、気持ちが高ぶり、体温が上昇するのを感じていた。
「ンフィーレア殿、単刀直入に伺いたい」
キーロは手元の魔導ケータイを指し示した。
「この『DCM』という三つのルーン文字……これは何でしょうか」
ンフィーレアは穏やかに、しかし誇らしげに頷いた。
「その三つのルーン文字は、音声を遠方へ飛ばす『共鳴』の核です」
「共鳴の……核?」
「はい。ルーン工匠のゴンドさんが発見したこの文字の組み合わせは、液状魔力が発する魔力の波に乗って、特定の周波数で『共鳴』を引き起こします。ルーンは単なる文字ではなく、世界を構成する法則を記述する『論理(ロジック)』なのです」
キーロは身を乗り出した。その瞳には、探求者の熱が宿っている。
「論理……。では、組み合わせ次第で、熱や光以外の『力』も記述できると?」
「ええ、そう考えています。ですが、まだ未知の領域が多いのが実情です。現在、魔導国在住のドワーフさんたちが日夜研究していますが、彼らをもってしても、ルーンの深淵の入り口に立ったに過ぎません」
キーロは自らが開発したタヨト自動車のエンジンを思い浮かべた。
「ンフィーレア殿。私は自動車のエンジンを通じて、液状魔力の『動』の側面を見てきました。液状魔力をシリンダー内で暴れさせ、その圧力を回転運動に変える。その一方で、液状魔力が気化する際、周囲の熱を奪い去る現象――これにルーンを組み合わせることはできないでしょうか」
ンフィーレアの目が、研究者特有の鋭い光を帯び、その奥で何かが閃いた。
「気化熱の吸収……。なるほど……。エネルギーを『運動』に変えるのではなく、空間の『冷却』として固定する……」
キーロは興奮に震える手で、目の前の紙にスケッチを描き始める。一度動き始めたペンは止まらない。線を引き、図形を描き、文字を書き込む。その勢いは見る見る加速していった。
「エンジンの往復運動の技術を使えば、液状魔力を循環させるポンプが作れます。そこに、空間の温度を一定に保つためのルーンを刻印することができれば……」
「エネルギーの循環による持続的な冷却装置……。氷も魔法も使わずに、食べ物を腐らせない『箱』ができるかもしれません!」
二人の天才の思考が、今、国境を超えて共鳴した。
◇ ◇ ◇
その日、世界中の知識人たちが衝撃を受けた。
彼らがテレビで見たもの――それは単なる会談などではない。発明の瞬間でもない。
新しい研究のあり方を見たのだ。これまで研究とは、一人の天才が結果を生み出すものだった。しかし、この日を境に世界は知ることとなった。叡智とは、共鳴することで文明となることを。
そして、世界では奇妙な変化が起き始める。自分たちで創ろうと考える者が減り、誰と組めばもっと良いものが創れるか――そう考える者が増え始めたのだった。