魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ノヴァリア王宮。アインズの執務室。
「アインズ様。シン・ワーナベから、テレビ出演の依頼が来ております」
「テレビ出演だと? ふむ……。アルベドはどう思うのだ」
「はい。出演しても良いのではないか、と」
「そうか。ならば出演するがよい」
「……あの、アインズ様。……出演依頼が来ているのは、アインズ様に対してです」
「はあ?」
かつて、魔導国がエ・ランテルを支配した当時――街は静まり返った。
恐怖と絶望――。市民は自宅に引きこもり、扉を締め、息を潜めた。自分たちがいつ惨殺されるのか、いつアンデッドの材料にされるのか、いつ財産を没収されるのか。生きた心地がしない恐怖を抱いていた。
しかし、今はどうだ。
産業が発展し、便利になった。収入が増え、暮らしは豊かになった。新天地が開拓され、人口は増加した。犯罪はなくなり、街は笑顔と活気に溢れている。
英雄とは、魔神を倒す者――ではない。常人には不可能な偉業を成し遂げる者のことだ。忌み嫌われ恐れられていたアインズ・ウール・ゴウンという死の王は、民たちに奇跡ともいえる安全と豊かさを与えた。今やアインズは、魔導国の、いや世界の、英雄と呼ぶにふさわしい存在となっていた。
そこでシン・ワーナベは、今こそ魔導王陛下の生の声を聞きたい、その声を国民に直接届けたい――そう考えたのだった。
「それは、その……どのような番組なのだ」
「はい。アインズ様にインタビューをさせてほしい、とのことです」
アインズは無言になった。
転生前、サラリーマンだった頃ですら、人前で話すのは得意ではなかった。
ましてや今は魔導王である。世界中へ放送される番組で失言でもしようものなら、アルベドやデミウルゴスたちが苦労して積み上げてきたものを壊してしまうかもしれない。
(いやいやいや、無理だろ。俺にそんな大役が務まるわけがない。台本は? カンペは? 誰か代わりに……いや、無理か)
頭の中で警鐘が鳴り響く。
一方、アルベドは当然のように微笑んでいた。
「国民は皆、アインズ様のお言葉を待ち望んでおります」
「そ、そうなのか?」
「はい。アインズ様のお考えを直接お聞きできる機会など、滅多にございません。アインズ様のお言葉一つ一つが、各国に計り知れない影響を与えるでしょう」
アインズはありもしない胃が痛くなりそうだった。
(どうすれば断れる? 考えろ、俺)
アインズが必死に断る理由を探していたその時、アルベドから決定的な一言が告げられた。
「インタビュアーは、カンデーズが務めるそうです」
カンデーズの三人は当初、テレビに出ることを拒んでいた。それを説得してデビューさせたのは、他ならぬアインズだ。
(こ、これは……断れない……)
仕方なくアインズは、いかにも全てを見通しているかのように答えた。
「よかろう」
◇ ◇ ◇
数日後――。
ノヴァリア魔導放送局。巨大なスタジオには何台ものテレビカメラが並び、照明用の魔導ライトが白く輝いていた。
シン・ワーナベは、この日のために寝る間も惜しんで準備を進めてきた。シンの脳裏には、アインズから懐中時計を賜った日のことが焼き付いている。あの時、アインズは言った。お前のペンは、時に数千のデスナイトにも勝る――と。今やシンのペンは、テレビという新たなメディアを通じて、世界に大きな変化をもたらしている。
「まもなく本番です」
フロアディレクターが声をかけた。
スタッフたちは極度の緊張状態にあった。王へのインタビューなど、誰も経験したことがないのだ。
インタビュアーを務めるカンデーズの三人もまた、極度の緊張の中にいた。
シクスス、フォアイル、リュミエール。
本来、アインズの身の回りをお世話するメイドである彼女たちにとって、公の場でアインズを相手に質問を投げかけるなど、想像を絶する重圧だった。
そんな様子を見たシンが、カンデーズに声をかけた。
「カンデーズの皆さま」
「はい、シンさん」
「緊張されていますか?」
「……もちろんです」
「緊張するのは悪いことではありません。ですが、皆さまにはぜひ、いつも通り、明るく、笑顔でインタビューしていただきたいです。その方が陛下もお喜びになると思いますよ」
「アインズ様がお喜びになる……」
三人は顔を見合わせた。そして一泊の間を置いた後、
「「「わかりました」」」
元気よく答えた。
「それでこそカンデーズの皆さまです。……ところで」
シンが声をひそめるように言った。
「最後で良いので、ぜひ陛下に質問していただきたいことがあります。この国に、いや世界に、新たなイベントを作りたいのです」
◇ ◇ ◇
「魔導王陛下、ご入室です」
扉が静かに開く。現れたのは、魔導王アインズ・ウール・ゴウン。
世界中の誰もが畏敬の念を抱く存在。
全員が立ち上がった。
ゆっくりと歩み寄るアインズ。黒いローブが床を滑るように揺れる。
シンが深く頭を下げる。
「本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」
「うむ。民のためならば、いとわぬ」
短い返答だった。しかし、それだけでスタジオ全体の空気が引き締まる。
シンは改めて畏敬の念を抱いた。
(たった一つ返事をしただけで空気を変えてしまわれる……。つくづく恐ろしい御方だ……)
しかし、アインズ本人はそれどころではなかった。
(心臓が止まりそうなんだけど……心臓ないけど。ああ、誰か助けてくれ……)
出迎えたカンデーズがアインズに挨拶をした。
「アインズ様。本日はどうかよろしくお願いします」
「アインズ様の偉大さをお伝えするため、精一杯がんばります」
「ぜひアインズ様のお声を、世界にお伝えくださいませ」
「うむ。よろしく頼む」アインズは威厳のある声で応えた。
するとカンデーズは、番組スタッフたちの方を向いた。
シクススが元気よく腕を突き上げる。
「番組スタッフの皆さん! 肩の力を抜いてください!」
リュミエールが笑顔で両手を前へ広げる。
「今日はアインズ様の生のお声を、世界へお届けする素晴らしい機会です!」
フォアイルがウインクする。
「皆さんが緊張されていては、アインズ様だって話しにくくなっちゃいます」
そして三人一斉にくるっと回り、ポーズを決めた。
「「「いつも通り、明るく元気にいきましょう!」」」
番組スタッフたちから笑顔がこぼれた。緊張がほぐれ、魔導王陛下の声を世界に届ける――その使命に集中する顔に変わった。
緊張がほぐれたのは番組スタッフたちだけではない。アインズもまた、その一人であった。
◇ ◇ ◇
テレビカメラに赤いランプが灯る。――放送開始。
「皆さま、お待たせいたしました。本日は特別番組――敬愛する魔導王陛下へのインタビューです。聞き手は私たち、カンデーズが務めさせていただきます」
カンデーズの3人は穏やかな笑みを浮かべる。
「陛下。まず最初に、お聞かせください。魔導国が発明した液状魔力を皮切りに、カメラ、自動車、テレビ、アニメ、プロ野球リーグなど、多くの新しい産業・文化が誕生しております」
「わずか数年の間に、生活を劇的に豊かにし、世界中の人々を魅了しております」
「陛下が築き上げられたこの繁栄は、まさに奇跡と呼ぶに相応しいものです。この奇跡の繁栄を、陛下はどのようにお感じでしょうか」
アインズは少しだけ考える仕草を見せた。
(えーと、なんて答えるのが正解だ? アルベドならどう言う? デミウルゴスなら? うーん、わからん)
「皆が努力した結果であろう」
「陛下は、常に部下の努力を評価されるのですね」
「当然だ。国とは、一人では成り立たぬ。私はいつだって皆に助けられているのだ」
威厳のある声で語られたその言葉に、スタジオの誰もが息を呑んだ。
カメラの向こうでは、世界中の視聴者が静かに聞き入っていた。
ノヴァリアの街頭テレビの前では、群衆がアインズの言葉に深く頷いていた。
◇ ◇ ◇
インタビューが終盤に差しかかる。
残る質問は一つ。
カンデーズの三人が顔を見合わせ、目配せする。
(わたしが訊く)シクススが目で合図した。
「最後に一つ、個人的な質問をよろしいでしょうか」
「うむ」
「陛下のお誕生日は、いつなのでしょう」
(……誕生日?)
アインズの思考が止まる。
(そういえば……)
鈴木悟だった頃、自分の誕生日など祝った記憶がない。
働いて、帰宅して、ユグドラシルへログインする。そんな毎日だった。
(あれ? 俺の誕生日って……いつだっけ?)
思い出せない。必死に記憶を探る――。
その時、ふと一つの出来事が脳裏に蘇った。
クリスマスイブ。19時~22時の間に、2時間以上ユグドラシルにログインしていると強制的に配布された、何の効果もない、あのアイテム。
――嫉妬する者たちのマスク。
アインズは、忌わしさと懐かしさに浸りながら、思わず声に出してしまった。
「……12月25日」
カンデーズの三人が目を丸くする。
「12月25日、でございますか?!」
シクススが震える声で繰り返した。
(あ……)
しまった、と気付いた時には遅かった。
今さら、「いや違う」とは言えない。
アインズは静かに頷いた。
「……うむ」
カンデーズの三人は感動したように頭を下げる。
「お教えいただき、ありがとうございます」
「皆様、覚えておきましょう」
「魔導王アインズ・ウール・ゴウン陛下のお誕生日は、12月25日です」
スタジオには大きな拍手が響いた。
(違う違う違う! 俺の誕生日じゃない! どうする俺?!)
アインズの心の中だけが、大混乱に陥っていた。
しかし、不死者の王の顔には、微塵の動揺も現れなかった。
その日、この放送は世界中へ届けられた。
そして翌日には、「魔導王陛下のお誕生日は12月25日」という記事が、新聞の一面を飾った。
――ナザリックが大騒ぎになったことは、言うまでもない。