魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ナザリックの中央会議室を出たアルベドは、ノヴァリア王宮へ戻り、自身の執務室へ向かう長い廊下を歩いていた。
大理石の床に映る漆黒の翼。その足取りに迷いはない。しかし、その瞳の奥では、すでに幾重もの思考が高速で組み上げられていた。
――アインズ様がお望みになるアインズマスとは何か。
ラナーの分析は見事だった。あの五つの柱は、確かにアインズ・ウール・ゴウンという絶対者が、この世界に築き上げてきた偉業を的確に言い表している。
だが、それだけでは足りない。
「祝祭」とは、理念ではない。
人々が心から待ち望み、自ら進んで参加し、一年で最も幸福な時間として記憶するもの――そのような一日に昇華させて初めて、アインズマスは世界に根付く。
では、その第一歩は何か。
「……休日」
アルベドは誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。
アインズ様は、それまで誰も疑問すら抱かなかった無休労働を否定し、「休息もまた仕事の一部である」という思想を、まるで当然の真理であるかのように示された。
アインズ・ウール・ゴウンは、人を酷使する支配者ではない。民が幸福であることそのものを、国家の力へと変換する統治者なのだ。
ならば――。
「一日だけでは足りない……」
祝日が一日しかなければ、人はその日が終われば翌日から仕事へ戻ることを考える。心から祝祭に浸ることなどできない。二日でも同じ。三日でも、なお短い。
人々が完全に日常から解放され、家族や友人、恋人と穏やかな時間を過ごし、心から英気を養うためには、もっと大胆な発想が必要だ。
アルベドは執務室に入り、液状魔力で光るノヴァリアの街並みを見下ろした。
ソウルイーターが鉄道を、バスを牽引している。
ネザー・ハウンド(冥府の猟犬)が街を清潔に保ち、デスナイトが街の安全を守っている。
人々は皆、笑顔で暮らしている。
この繁栄は、誰よりもアインズ自身が望み、築き上げた理想郷だ。
アルベドの表情に、小さな笑みが浮かぶ。
(休むことに、意味を持たせればよいのだわ)
12月25日だけを祝日にするのではない。そこから新しい年を迎えるまで、人々すべてが幸福な時間を共有できる期間にする。
12月25日から1月3日まで――10日間――国家最大の連続休日。
そうなると、祝祭の頂点は当日ではない。
旅へ出る者もいる。故郷へ帰る者もいる。恋人や友人たちとの約束に胸を躍らせる者もいる。
人々の期待が一年で最も高まる瞬間は、休日が始まるその前夜。
つまり――12月24日の夜。
祝祭の幕が上がる、その瞬間こそが最大の舞台になる。
(流石でございます、アインズ様……)
アルベドは胸の前で両手を重ね、深く目を閉じた。
アインズ様はそこまで計算しておられたのだ。だからこそ、ご自身の誕生日を世界へ公表された。世界中の人々の心を一つにし、その高揚を最大限まで膨らませたところで、最高の舞台を用意する。なんという壮大で慈悲深い統治。
その深慮遠謀に、アルベドは改めて畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
しかし――祝祭の舞台だけでは人々は集まらない。
人々を導き、熱狂を創り出す者が必要だ。
アルベドの脳裏に、二人の人間の姿が浮かぶ。
一人は、かつて王国最大の犯罪組織『八本指』を束ね、今ではノヴァリアの都市運営を担うヒルマ・シュグネウス。
もう一人は、新聞記者からテレビ放送局の責任者となり、新しい時代の世論を動かし始めたシン・ワーナベ。
この二人ほど、民衆の心を動かす術を知る者はいない。
その時、部屋がノックされた。
「アルベド様」メイドが入室の許可を求める。
「入りなさい」
入室し、恭しく一礼したメイドが伝えた。
「ヒルマ・シュグネウス様とシン・ワーナベ様のお二人が、アルベド様への面会を求めております。アインズ様のお誕生日の件で、企画書の裁可(さいか)を仰ぎたい、とのことです」
「……ふふっ」
アルベドは微笑を浮かべた。
(あの二人は、すでに自らの意志で動いていた、ということね)
「いいわ。すぐに会う時間を作ると伝えなさい」