魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Phase9-5 経済学者が司る黄金の還流(サイクル)

魔導国中央銀行の執務室へ戻ったラナーは、椅子に腰を下ろすなり、一枚の白紙を机の上へ広げた。

 

ラナーはペンを手に取ることもなく、静かに目を閉じる。

先ほど中央会議室で示した五つの柱。その内容に誤りはないという自信があった。しかし、それはまだ思想を整理したに過ぎない。

アルベド様やデミウルゴス様をはじめ、守護者たちは、その五つの柱をもとに様々な催しを考えるだろう。だが、それらを個別の企画として眺めていては、本質は見えてこない。

 

(アインズ様なら、もっと大きくご覧になるはず……)

ラナーはゆっくりと瞳を開き、ようやくペンを走らせた。

 

最初に書いた文字は、「人」だった。

その横へ矢印を引き、

「移動」

さらに、

「宿泊」「飲食」「買い物」「娯楽」「帰宅」

 

次々と単語を書き連ねていく。

やがて紙面は、多くの矢印によって複雑に結ばれ、一つの巨大な流れを形作っていた。

 

ラナーはその図を見つめ、小さく首を傾げる。

「まだ足りませんね……」

 

人が動けば、鉄道が動く。鉄道が動けば、駅前の商店が潤う。

遠方から来る者はホテルへ宿泊する。

飲食店は繁盛し、土産物店には長蛇の列ができる。

新聞社は特集を組み、テレビは特別番組を編成する。

一つの祝祭が、あらゆる産業を同時に動かす。

 

「そう……。そういうことですね」

ラナーの黒い瞳に、静かな光が宿った。

これは祝祭ではない。経済活動そのものだ。

世界中の消費が、一つの日へ収束する。

 

ラナーの思考は一段高い場所へ到達する。

祝祭そのものから、人々の財布へ。財布から市場へ。市場から金融へ。

 

「ふふっ……」

思わず笑みがこぼれた。

これほど巨大な消費活動が生まれるのであれば、その資金をただ市場へ流すだけでは惜しい。むしろ、国家がその流れを設計するべきだ。

 

ラナーは新しい紙を取り出し、さらさらと文字を書き始める。

 

『アインズマス記念貨幣』

 

書き終えると、その下へ一本の線を引く。

記念貨幣は、決済手段ではない。

人々は使わず、手元へ残す。記念として保管する。

つまり、市場へ流通するはずだった貨幣が、自然と回収される。

さらに、その横へ新しい文字を書き加えた。

 

『アインズマス宝くじ』

 

今度は考えるまでもなかった。

一年でもっとも幸福な日。人々は、いつもより財布の紐が緩む。

その心理を否定する必要はない。むしろ、国家が安全な形で受け止めればよい。

売上の一部は公共事業へ。残りは賞金として国民へ還元する。

人々は夢を買い、国家は財源を得る。誰も損をしない。

 

「Win-Win……」

 

ラナーは自然とその言葉を口にしていた。

アインズ様が幾度となく口にされた、あの不思議な言葉。

最初は意味が理解できなかった。だが今なら分かる。

国家だけが豊かになるのではない。国民だけが得をするのでもない。

双方が利益を得る仕組みそのものを設計すること――。

それこそが、アインズ様の統治理念なのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

ラナーは椅子から立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。

夜のノヴァリアには、無数の魔導ライトが星空のように輝いている。

この街には、12月になれば世界中から人が集まる。

家族と過ごす者。恋人と訪れる者。商談に訪れる商人。新技術を求める職人。

その誰もが、この街でお金を使い、笑顔になり、再び帰国していく。

そして彼らは翌年もまた訪れる。

 

「流石です、アインズ様……」

ラナーは静かに呟いた。

(アインズマスとは、一年でもっとも幸福な日であると同時に、一年でもっとも経済が躍動する日でもあったのですね)

 

彼女は胸の前でそっと両手を重ねる。

この巨大な循環を、アインズ様は最初から見据えておられたのだ。

(ならば私は、その流れを金融という形で支えてみせましょう)

 

その微笑みは、王女でも、領域守護者でもない。

世界最大の中央銀行総裁として、新たな時代の金融を設計する者の微笑みだった。

 

その時、

「あれっ?」

ふと思ったラナーは、人差し指をあごに当てた。

「なんだか最近の私、クライムへの執着心が、薄れてきてないかしら……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

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