魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

86 / 112
Phase9-7 武人が想う白銀の静謐(せいひつ)

コキュートスは、自らが統べる第五階層――氷河と永久凍土に覆われた白銀の世界を、一人ゆっくりと歩いていた。

頬を打つ冷気は鋭い。しかし、その冷たさは、彼にとって故郷の温もりにも等しい。

だが、普段なら心安らぐその景色も、今日ばかりはコキュートスの胸を晴らしてはくれなかった。

 

「……アインズマス」

低く響く声が、氷壁へ反響する。

 

ラナーの分析は見事だった。

アインズ・ウール・ゴウンが築き上げてきた偉業。その思想。その願い。

すべてが一本の線となって繋がったように感じられた。

だからこそ、コキュートスは迷っていた。

 

「武人タル我ニ、何ガ出来ル」

武技大会。軍事閲兵(えっぺい)。剣術奉納。

思いつく案はいくらでもあった。だが、そのどれもが腑に落ちなかった。

アインズ様は世界から戦を遠ざけようとしている。

その御方の聖誕祭を、武によって彩る。

コキュートスは大きく首を横へ振った。

「違ウ」

その一言だけで、自らの案を捨て去る。

 

思えば、自分の力とは常に、何かを断つためのものだった。

敵を屠るための剣技。侵略者を迎え撃つための氷雪。

称賛されたことは幾度もある。恐れられたことも幾度もある。

だが――感謝されたことは、あっただろうか。

「……無イ」

その事実に、コキュートスは今更ながらに気づいた。

 

自分の武は、常に何かの終わりのためにあった。

では、何かの始まりのため、誰かの笑顔のために、この力を振るったことが、一度でもあっただろうか――。

 

その時、背後から、遠慮がちな声が聞こえる。

「コキュートス様」

振り返ると、数名のフロスト・ヴァージンたちが恭しく頭を下げていた。

「何用ダ」

「畏れながら……お悩みのご様子でしたので」

 

 

【挿絵表示】

 

 

フロスト・ヴァージンたちが、おそるおそる口を開く。

「12月25日は、冬でございます」

「無論ダ」

「そして冬は、我ら氷の眷属が最も力を発揮できる季節でございます」

「でしたら……我らだからこそできる冬を届けては、いかがでしょうか」

 

その言葉に、コキュートスの六つの瞳が静かに見開かれた。

「冬ヲ……届ケル……」

「はい。ノヴァリアは美しい街です。しかし、アインズマスの日だけは、さらに特別な景色を贈ることができます」

「私たちがフロスト・ドラゴンの背に乗り、上空から雪を降らせるのです」

コキュートスは何も答えない。

ただ、その光景を頭の中で思い描いた。

 

夜のノヴァリア――。

魔導ライトが街路を青白く照らし、その光を受けながら、無数の雪がゆっくりと舞い落ちる。

王宮前広場。中央駅前広場。大通り。

恋人たち、親子、友人――祝祭へ集う人々の肩へ、静かに雪が積もっていく。

ただ空を見上げ、白銀の景色に息を呑む。

その情景は、戦場しか知らなかった武人の胸を、不思議なほど温かく満たした。

 

「……美シイ」

思わず漏れたその一言に、フロスト・ヴァージンたちは嬉しそうに顔を見合わせた。

コキュートスはゆっくりと頷いた。

数頭のフロスト・ドラゴンを使えば、その巨大な翼でノヴァリア全域を巡ることも難しくはない。

「汝ラハ、フロスト・ドラゴン達ノ背ニ乗レ」

「はっ」

「ノヴァリア上空ヨリ、寸分違ワズ、雪ヲ降ラセル。一片タリトモ、乱スコトハ許サヌ」

フロスト・ヴァージンたちは、深く頭を垂れた。

「かしこまりました、コキュートス様」

 

――その時。アルベドから<メッセージ>が入った。

 

『コキュートス、忙しいところ悪いわね。少し、知恵を貸してほしいことがあるの』

『申セ』

『セバスが子どもたちへ贈り物を届けることを考えていて、でも一つ悩みを抱えているのよ。ソウルイーターを牽引に使う予定なのだけれど、あの獣に空を駆けさせる術がなくて、思案しているの。あなたの氷雪の技であれば、何か良い知恵があるのではないかと思って』

 

コキュートスは、しばし沈黙した。

翼のない者に空を駆けさせるには道がいる。

フロスト・ドラゴンは氷のブレスを吐く。が、そのブレスは上空では霧散する。道とはならない。

しかし、コキュートスは、寸分違わぬ剣の軌道を制御できる。氷雪のスキルもある。

大気を切り裂き、氷のブレスを制御すれば、地の如く堅固に、風に揺らぐことなく、ソウルイーターの歩みを支える道となる――。

 

コキュートスの脳裏に、青白く輝く一筋の橋が浮かんだ。

それは、誰かを傷つけるための剣が、初めて誰かのために道を拓く光景だった。

 

『ソノ役目、我ガ引キ受ケル』

『ありがとう、コキュートス。伝えておくわ』

 

コキュートスは氷の大地の向こうを静かに見つめた。

それは戦場を見据える武将の眼差しではない。自らの剣を、初めて誰も傷つけぬために――そして、誰かの道を拓くために振るおうとする、一人の忠臣の眼差しだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。