魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
アインズがテレビ出演してインタビューに答えた、その日――。
番組が終了すると、シン・ワーナベはすぐヒルマ・シュグネウスに電話をかけた。
ヒルマはワンコールで電話に出た。
「観てたわよ、もちろん」
「すぐに会って話したい」
「そう言うと思って、いまタクシーに乗ったところ。もうMHKビルに向ってるわ」
「流石だな! すぐに会議室を空けさせる。食事も用意させよう。悪いが、今日は徹夜も覚悟してくれ」
「うふっ。もう覚悟してるわよ。下着も二枚持ったし」
「……なんで二枚……なんの覚悟だよ……」
◇ ◇ ◇
MHKビル最上階の会議室。
窓の外は、液状魔力の青白い光がノヴァリアの街を幻想的に縁取っていた。
シン・ワーナベは、帝国産の葉巻を口に含み、紫煙をゆっくりと吐き出す。その瞳には、世界を巻き込む壮大な興行を夢見る、創作者特有の熱い野心が燃え盛っていた。
向かいに座るヒルマ・シュグネウスは、シンの視線を弄ぶように足を組み替えた。
しかし、その表情はいつになく真剣だ。
「感謝しているわ、シン。あなたが陛下から『聖なる日』を引き出してくれたことに。これは私たち人間が、陛下から賜った数えきれないほどの慈悲に対し、ようやく形にしてお返しができる、千載一遇の機会よ」
ヒルマの手が、微かに震える。それは恐怖ではない。アインズ・ウール・ゴウンという絶対的な存在のために働けるという、身を焼くような歓喜と、全身を貫くような使命感ゆえだった。
「陛下のお誕生日……『聖誕祭』。それはこの世界を、陛下の慈愛の色で塗り替えるためのものでなければならないわ」
シンは手元のノートにペンを走らせた。そのペン先が紙を擦る音が、静かな会議室に響く。
「ああ。まずは『カンデーズ』の新曲だ。11月に発表する。12月25日に向けて、テレビでこの曲を流し続け、民衆の魂に『聖誕祭』の喜びを刻み込んでいくんだ」
「そうね。カンデーズの新曲は必須だと思うわ」
そこでヒルマは思案する顔になった。
「……ねぇ、シン。その新曲の歌詞だけど……私に書かせてくれないかしら」
「ヒルマが作詞を?!」
「ええ。聖誕祭の喜びだけじゃなく、なんていうか……切なさ……みたいなものもあった方がいいと思うの。毎年冬になると感じる切ない気持ち……なぜか12月になるとまた聞きたくなる歌……そんな曲がいいと思うの」
ヒルマの提案に、シンは眉をひそめた。
「カンデーズの雰囲気に合わないんじゃないか?」
「そこよ。カンデーズがそれまでの雰囲気を変えて、バラードを歌い始めると、また聖誕祭がやってくる……そういった空気感を作るのよ」
「なるほど……。わかった。ヒルマに作詞を任せよう」
シンが吐き出す葉巻の煙が、思考の熱を帯びて渦巻いた。
「一つ『妙手』を考えている。実は、陛下にお仕えするメイドは、カンデーズの皆さま3人だけじゃない。……41人もいるんだ」
シンの言葉に、ヒルマの瞳が大きく見開かれた。
「41人?!」
「ふっ。俺もそれを初めて聞いたときは同じ反応だった」
シンは満足そうに葉巻を吸い込んだ。
「この41という数字……これは俺の勘だが、おそらく意味がある」
「意味? たまたま41人だった……ではなくて?」
「そんなわけがない。考えてもみろ、あまりに中途半端な人数だと思わないか?」
「……確かに、そうね」
「おそらく……41は……至高なる系譜を象徴する、聖なる数字だと思う」
遠い目をしていたシンが視線を戻す。
「実はカンデーズの曲は、全員が協力して振り付けを完成させている。つまり、41人全員が、完璧にカンデーズの振り付けを踊れるんだ」
シンは身を乗り出し、声を潜めて続けた。まるで秘密の儀式を打ち明けるかのように。
「聖誕祭の前夜、王宮前広場でサプライズ・ライブを仕掛ける。そこに現れるのはカンデーズの3人じゃない……41人のメイド全員だ。一年に一度、この聖なる夜にだけ降臨する至高の偶像。その奇跡を目にした人々は、来年の聖誕祭を渇望して生きることになるだろう」
その発想の壮大さに、ヒルマは息を呑んだ。
「……あなたの感性には、敬意を表するわ。けれど、聖誕祭当日は、もっと視覚的な『啓示』が必要になるわよ。人々の心に、陛下の偉大さを直接刻み込むような……」
シンは窓の外を見た。
「……光の演出だ」
液状魔力によって輝く街並みが、シンの言葉に呼応するように見えた。
「ノヴァリアは液状魔力の街。25日の夜は、青白い光で美しく彩る『ノヴァリア蒼光パレード』を仕掛ける。光の洪水の中で、民衆は自分たちが『陛下の光』の中に生きていることを、魂に焼き付けるんだ」
ヒルマは深く息を吐き、自らの胸元に手を当てた。アインズへの献身で心臓が熱く脈打っている。
「仕込みも忘れてはならないわ。『ブラッド』の新作発表会を11月に打つべきね。11月にブラッドの新作衣装を見た人たちに、『私も12月の聖誕祭にあの衣装を着たい』と思わせる。当然、モデルはシャルティア様。……けれど、聖誕祭ともなれば、より強烈なインパクトが必要になる。人々の信仰を、揺るぎないものにするような……」
「そうだな……」
シンは、あの日――新都市完成内覧会で見た光景を反芻した。
「心当たりがある。新都市完成内覧会のあの日、この目で見た。案内役をしていたユリ・アルファ様を。あの、氷のように透き通った美しさと、完璧な所作……」
「ユリ・アルファ様?」ヒルマの目が、期待に輝く。
「そうだ。戦闘メイドというらしい。夕食会の席で帝国のバジウッド殿が漏らしていたが、ユリ様だけでなく、他にも数名いるらしい。俺はカルネ村でルプスレギナ様という御方にも会ったことがある。陛下の手足となって戦場を駆ける、美しき戦闘メイドたち。彼女たちが11月のファッションショーに限り、シャルティア様と共にランウェイを歩くとしたら……」
ヒルマの瞳に、狂信的なまでの熱が宿った。その顔は、まるで聖なる幻視を見たかのように高揚している。
「ブラッドを纏った、美しき天使たちの行進……。その光景を見た者は、生涯忘れることはない……」
「決まりね」ヒルマは紅茶を一口飲んだ。
「これらの案を完璧な形に整え、アルベド様へ拝呈(はいてい)しましょう。陛下の御誕生日に、この世界が捧げ得る最高の祝祭を……陛下への心からの感謝として、お届けするために」
「よし。企画を書き上げるぞ」
二人の視線の先には、闇の中で青白く脈動するノヴァリアの未来図が、アインズの偉大さを讃えるかのように、美しく広がっていた。