魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
――なぜ呼ばれたのかわからない。
ナザリック地下大墳墓、第九階層。
玉座の前――とはいえ最後列だが――に跪きながら、ラナーは考えを巡らせていた。
私はナザリックにおいて、たかが一領域守護者に過ぎない。
与えられた小部屋で、アルベド様の補佐として多少知恵を貸しながら、クライムと永遠の時を過ごす――そのはずだった。
(いったい魔導王陛下は何のために私を呼んだの?)
何度自分に問いかけても、答えは出なかった。
やがて――。
「面を上げよ」
アインズの厳かな声が響いた。
(ようやく一つ、アインズ様のお話が聞ける)
アルベドは胸を躍らせていた。
「階層守護者、プレアデス、そして領域守護者ラナー、御身の前に」
「うむ。ご苦労」
沈黙し、皆を見渡すアインズ。
いったいどんな話なのか――張り詰めた空気の中、アインズは迷っていた。
(うーん、なんかパッと閃いたから勢いでみんな集めちゃったけど、どこから話せばいいんだろうな)
しかし、このまま沈黙を続けるわけにはいかない。
(よしっ、話しやすいところからいこう。後はなんとかなる!)
重々しくアインズが口を開く。
「新通貨を発行する」
一同の目が見開かれる。
新通貨……?
ナザリックが誇る知恵者であるアルベド、デミウルゴスはもとより、全員が混乱していた。
そして、アルベド、デミウルゴスに匹敵する知恵者であるラナーもまた混乱していた。
通貨……貨幣……?
貨幣といえば金貨・銀貨・銅貨だ。では新通貨とは?
そこへアインズの声が響く。
「新通貨の名称は、『エン』と呼ぶことにする」
エン……?
「アインズ様」
アルベドが口を開く。
アインズがアルベドに視線を向ける。発言しても良さそうだ。
「通貨とは、貨幣のことでしょうか。金貨・銀貨・銅貨とは違うのですか」
「良い質問だ」
アインズが満足そうに頷く。
「まず、価値をこのように換算する」
アインズは以下の通り示した。
1金貨 = 100,000エン
1銀貨 = 1,000エン
1銅貨 = 100エン
すかさずデミウルゴスが問いかける。
「つまり、金貨・銀貨・銅貨をエンと交換できる――ということでしょうか」
「その通りだ」
(あー、これでようやく、俺の感覚でこの世界の価値がわかるようになるよー。うん、俺って天才!)
「エンは……実体はなんでしょう? 新たな金属を使うのでしょうか?」
「紙を使う。これを紙幣と呼ぶ」
「紙……ですと?」
デミウルゴスが目を細める。
「つまり……価値を金属そのものから切り離す、と……」
「その通りだ」
(たぶん)
「なるほど……そういうことですか!」
デミウルゴスが大きく胸を反らせる。
「流石はアインズ様! やはり我々の及ぶところではない!」
「ええ、そうね。流石アインズ様。私もここまでお聞きしてようやくわかったわ」
沈黙を続けるラナーも気づいた。
背中にぞわりとしたものが走る。
(恐ろしい……なんて恐ろしいお方なの……。こんなこと、歴史を紐解いても、誰も考えなかった……)
「ラナーも気づいたようね。流石だわ」
背中に生えた小さな翼をわずかに震わせているラナーにアルベドが気づく。
「当然でしょう。彼女は私が見つけたのですから」
しかし、他の者たちはキョロキョロと落ち着きなく目を動かしている。
「アインズ様」
たまらずアウラが声を上げた。
「なんだ、アウラよ」
「わかりません。紙を使うから何なのですか?」
「まだわからないのかね」
デミウルゴスが言う。
「ふむ。デミウルゴスよ、彼らにもわかるように説明することを許す」
「ありがとうございます。では説明いたしましょう!」
勢いよく立ち上がり、両手を大きく広げたデミウルゴスが声高に言う。
「アインズ様はこの国の、いや世界の、すべての貨幣――金貨・銀貨・銅貨――をその手中に収めようとしているのです!」
「……おおっ!」
感嘆の声は漏れるが、なぜそうなるのか――まだわからない。
ピカーン。アインズの身体が緑色に光る。精神安定化が発動した。
(え? 俺はエンの方が計算しやすいから……。しかもお金と言えば紙幣でしょ? それがなんですべての金貨を手中に収めることになるの?)
一同が――アインズも含めて――デミウルゴスの次の言葉を待った。
「そして……ふっふっふ、繋がりましたよ、ようやく繋がりました!」
興奮が加速するデミウルゴス。
「いいですか、考えてみてください。金貨・銀貨・銅貨の欠点はなんですか?」
「えっと、お、重いことです」
マーレが手を上げて発言する。
「そうです! そして……?」
「ソウカ、持チ運ビガシニクイ、トイウコトカ」
コキュートスが嗄れた声で続く。
「その通りです! すると何が困るのか。いくら高額なものを作っても、大量の金貨が必要になってしまい、買い手がつきにくいということです!」
「金貨を作るための資源にも限りがあるわ」アルベドが補足する。
「わかりんせん。今は足りておりんすでしょう?」
「シャルティア。今は! 足りてるのよ。今後魔導国の経済が成長したらどうなるの?」
「……! そういうことでありんすか」
「でも、それがなんですべての金貨・銀貨・銅貨を魔導国が手中に収めることになるの?」
アウラが聞く。
「まさにそこです! アインズ様は液状魔力が発明されたときから、すべてを見通しておられた!」
ピカーン。沈黙を続けるアインズの身体がまたも緑色に光る。
(え、なに? どーゆーこと?)
「ええ、そうね。今後、液状魔力をエネルギー源としたものばかりで溢れたら――液状魔力がなければ産業が立ち行かない世界になったら――どうなるかしら」
「み、みんな液状魔力を欲しがると思います」
マーレが答える。
「そう。そして、その液状魔力は、我が国の通貨『エン』でしか買えないとしたら?」
「あ、そっか。他国もエンを手に入れないといけなくなるのか」
「その通りです!」
デミウルゴスが興奮した声で続ける。
「液状魔力という『エネルギーの生殺与奪の権』を握り、その決済を『エン』に限定する! エンを得るには魔導国と交易するしかない! つまり――各国は自ら進んで魔導国経済圏へ組み込まれるのです!」
「ナルホド、ソウイウコトカ」
「誰もがこぞって、金貨・銀貨・銅貨を魔導国の紙幣と交換することになる、ということですな」
セバスがヒゲを触りながら言った。
「その通りです! 金貨・銀貨・銅貨は集まる一方! そしてそれと引き換えにするのは、ただの紙なのです!」
「おおっ!」
ピカーン。またもアインズの身体が緑色に光る。
(え、なに。紙幣って、まったく気にしたことなかったけど、そういうことだったの? なんか俺、めちゃくちゃえげつないことしようとしてない?)
「さらに……ああ、アインズ様は、いったいどこまで見通されているのか」
「そうね、デミウルゴス」
「なんなの、ちゃんと教えてよ!」
アウラがじれったそうに叫ぶ。
「武力で奪い取って、無理やり従わせるのではダメなの?」
「ふふふ、アウラ。それでは三流の支配ですよ」
デミウルゴスが眼鏡のブリッジを押し上げ、冷徹に微笑んだ。
「武力で滅ぼせば、残るのは荒廃した土地と、反抗心に満ちた奴隷だけです。しかし、この『経済による支配』はどうですか。他国は自らの意志で、自らの生活を豊かにするために、必死に働いて魔導国に富を運んでくる。血を流すことなく、他国を完全にコントロールできるのです!」
「あ……! そっか。戦わなくても、相手が勝手に言うことを聞くようになるんだ」
「そうです! アインズ様は帝国を属国化させたとき、たった一人の死者も出さなかった。そして今度は、この『エン』によって、世界中を戦うことなく支配しようとお考えなのです!」
「おおおおーっ!」
全員が感動の声を上げた。
ピカーン。ピカーン。もはや精神安定化がとまらない。
ラナーは震えていた。
(とんでもない化物だわ……。超越する力を持ちながらも、知能で全世界を支配しようとしている。なんて恐ろしい……。でも、なぜ? なぜ私はここに呼ばれたの?)
とてつもなく嫌な予感が、すでに悪魔となっているラナーの身体を震わせていた。
「アインズ様、私の説明は以上です」
「う、うむ。さすがデミウルゴス、よくぞ私の考えを見破った」
「もったいないお言葉! ありがとうございます」
「そしてアルベドよ。お前にも感謝の意を伝えよう」
「ありがとうございます!」アルベドの背中の翼がはためく。
(これでいいのか? よかったのか? なんか言わないとまずくないか?)
「一つ補足しよう」
アインズが厳かに切り出す。
デミウルゴス、アルベドに緊張が走る。
「金貨は、いずれ我が国に集まることになるだろう」
(そうだよね、それはいいんだよね。デミウルゴスが言ったんだから、きっと合ってる)
「しかし、私は他国を経済的に滅ぼすつもりはないのだ」
デミウルゴスの目が光る。
「買い手がいなくなっては困る……からですね」
「その通りだ。我が国が豊かになるとともに、貿易の相手国にも豊かになってもらわなくては困る」
数秒の沈黙を置いて続けた。
「これをWin-Winと言う」
(よし、なんか覚えてたこと言えた。大丈夫だよな、間違ってないよな)
うぃんうぃん……?
皆、聞いたこともない言葉にキョトンとはしたものの、「うぃんうぃん」という響きだけは強烈に記憶された。
◇ ◇ ◇
「ラナー様、どうされたのですか。ご様子がおかしいですが……」
クライムが声をかけてくる。
自室に戻ったラナーは、混乱していた。
結局、何も言われず、何も聞かれなかった。
どういうことだろう。
魔導王陛下は私をどうしようというのだろう。
いくら考えても、答えは見つからなかった。
◇ ◇ ◇
あー、疲れたー。
アインズはいつものようにベッドへダイブする。
(まあ、結果的になんとかなったし、良しとしよう。うん、俺、頑張った。偉い!)
ごろごろしながら、ふと思う。
(でもな~んか忘れてる気がするんだよなー。それも2つ……いや3つくらい忘れたような気が……)
何を忘れたのか、アインズは思い出せなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
プレアデス恒例のお茶会。
「やばかったっす! とんでもないっすー! なんなんすか、エンって! やばくないっすか!?」
ルプスレギナが勢いよく立ち上がり、両腕をばたばた振り回しながら騒いでいる。
しかし、誰もそれを止めようとはしなかった。
あまりの衝撃に、逆に全員が半ば呆然としていたのだ。
「もう……驚きすぎて、言葉も出ないわ」
ユリが深いため息をつく。
「いったいアインズ様は、どこまで先を見通しておられるのかしら……」
感動を通り越して疲れ果てた様子のソリュシャンが小さく漏らした。
「ネイアにも話しておく。きっと感動する」
シズが静かに言う。
「シズ、次はいつ聖王国へ行くつもりなの?」
ユリが尋ねる。
「すぐ話したい。明日行く」
シズは小さく「ふんっ」と気合いを入れた。
「エンのお陰で、もっとお肉食べられるようになる?」
エントマが期待に満ちた声を出す。
「そうね。でも人間はしばらく我慢しなさい」
ユリがたしなめる。
「うー、お肉ー……」
エントマはしゅんと肩を落とした。
「私はエンのことより、最近アインズ様とのお出かけが減って淋しい。たまにご一緒できると思ったら、パンドラズ・アクターだったりするし」
ナーベラルが不満げに言う。
「ナーベ、あなた、いままでどれだけアインズ様とご一緒できたと思ってるの?! 贅沢言わないの!」
ソリュシャンが即座に噛みつき、
「そうそう!」
全員の総ツッコミが飛んだ。
ナーベラルは「むぅ……」と頬を膨らませる。
その様子を見て、ようやく場に少しだけ笑いが戻った。
だが――。
誰の胸にも、今日玉座の間で聞かされた話が、重く残っていた。
紙幣。液状魔力。そして、世界規模の経済支配。
アインズ・ウール・ゴウンという絶対的支配者は、いったいどこまで先を見ているのか。
それを想像しようとするだけで、背筋が震える。
「でも……」
ぽつりと、ユリが呟いた。
「アインズ様、最近少しお疲れのようにも見えたわね」
その言葉に、場の空気が少し変わる。
「……確かに」
シズが頷く。
「悩んでおられること、多いみたい」
「そりゃそうっすよ!」
ルプスレギナが勢いよく言った。
「あんなすごいこと考えてたら、そりゃ悩むっす! 世界の未来とか考えてるんすよ?」
「……世界の未来」ソリュシャンがその言葉を繰り返す。
誰も否定しなかった。
彼女たちは皆、今日理解してしまったのだ。
アインズが見ている景色は、自分たちとはまったく違うのだと。
そしてその重圧を、アインズはたった一人で背負っているのだと。
「……もっと、お役に立ちたい」
ナーベラルがぽつりと漏らす。
「うん」
「そうね」
「当然っす!」
プレアデスたちは、それぞれ静かに頷いた。
そのころ当のアインズは――。
ベッドの上でごろごろしながら、
何を忘れたのか……すらも忘れていた。