魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
11月1日――。
新首都ノヴァリア。魔導放送局(MHK)に施設された白亜の記者会見場は、未だかつてない熱量と、それ以上の「未知」への期待に膨れ上がっていた。
場内にはバハルス帝国、ローブル聖王国、ドワーフ国からの高官・補佐官、そして魔導国の記者たちが、一言一句を逃すまいとペンを握りしめている。
正面の演壇には巨大なスクリーンが設置され、MHKによる生中継の赤ランプが点灯していた。今この瞬間、ノヴァリアの街頭テレビの前に集まった人々も、そして全土のお茶の間の人々も、いったい何が発表されるのかと、固唾を飲んで画面を見つめていた。
壇上に現れたのは、魔導国公式スポークスマン、パンドラズ・アクター。
その足取りは、拍子抜けするほど静かだった。
(……落ち着け。今日だけは好きにしていいとアインズ様は仰った。だが、引き際を考えろとも仰せられた。ならば、最初から全開にするのは違う。この身に許された『自由』を、正しく使ってみせねば……)
胸の内で、そう自分に言い聞かせる。
パンドラズ・アクターは、いつになく理性的な態度で口火を切った。
「――皆様、お集まりいただき感謝いたします。魔導国スポークスマン、パンドラズ・アクターです。本日は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下より賜りし『福音』について、発表させていただきます」
拍子抜けするほど落ち着いた語り口に、記者たちの間に微かな戸惑いが走る。
しかし、続く言葉が、その空気を一変させた。
「来る12月25日。この日は、神がこの地に降臨せし聖誕の日。我らはこの日を『アインズマス』と定義いたします」
場内がどよめく。
テレビの前の人々は、早くも「アインズマス」の響きに酔いしれていた。
「そして、陛下は慈悲深い安息をもたらされました。12月25日から翌年1月3日まで――国家最大の『十連休』を、ここに宣言いたします」
「十連休?!」
記者のペンが止まる。
一方でテレビの前では、労働者たちが歓喜のあまり抱き合い、子を持つ母親たちは「家族で旅行に行けるわ!」と顔を輝かせた。
(よし……いい滑り出しだ。まずは事実を正確に伝える。焦るな……)
パンドラズ・アクターは内心で自らを戒めながら、スライドを操作した。
映し出されたのは、大空を舞うボーン・アルバトロスの画像である。
「祝祭を彩る第一の企画。『ボーン・アルバトロス・エアライン』の定期運行を開始いたします。各国への移動が、この翼によって自由となります」
その瞬間、記者席の最前列で、バハルス帝国の補佐官が身を乗り出した。
「各国への定期運行便……だと? 物流だけでなく、旅客まで……!」
彼の顔には、喜びよりも先に危機感が滲む。
「さらに、このボーン・アルバトロス・エアラインは、最新鋭の冷蔵庫を完備した空の物流網でもあります。『アインズマス・チキン』、黄金に泡立つ葡萄酒『スパークリングワイン』、魔導国の英知が結集した『アインズマス・ケーキ』――祝祭の三種の神器が、世界中の食卓へ届けられることになりましょう」
「食べたい!」お茶の間の子供たちが画面にかじりつく。
商人たちはすでに算盤を弾き始めていた。
「さらに、祝祭の雰囲気を高めるため、12月初旬には、新首都ノヴァリアの中心に巨大な『アインズマス・ツリー』を設置し、その壮麗な光で夜空を彩ります。このツリーは、アインズマス期間中、人々の心を温める希望の象徴となるでしょう」
「お待ちください」
一人が挙手した。ローブル聖王国の補佐官である。
その声には、隠しきれない警戒が滲んでいた。
「これほどの規模の輸送網がもたらす市場の変化と、十連休という前例のない休暇による生産力低下……それらが複合的に作用することで、聖王国のような、いまだ復興途上の国にとっては、看過できぬ負担になり得るかと」
会場が静まり返る。誰もが浮かれた空気の中で、唯一冷静な問いだった。
「良い質問です」
パンドラズ・アクターは一拍だけ間を置き、静かに応じた。
「たしかに、十日間、生産の手は止まります。しかし――」
指を一本立てる。
「止まった十日間の分だけ、人々は消費に回る。旅をし、食事をし、贈り物を買う。これは経済における『循環』にございます。休むことは、失うことではない。むしろ、次なる一年を動かす原動力を、民の心に補充する期間なのです」
淡々とした、しかし理路整然とした説明に、聖王国の補佐官は言葉を返せなかった。
(……よし。今のは、悪くなかった)
パンドラズ・アクターは、内心で小さく満足の息を吐いた。
そして、次のスライドへ手を伸ばす。
「続いて、美を求める者たちへ」
スライドが切り替わり、真紅のドレスに身を包んだシャルティアの姿が映し出された。
「『ブラッド』による今年最大のファッションショー、『アインズマス・コレクション』。モデルはもちろん、シャルティア・ブラッドフォールン。そして――」
数秒の間を置く。
「なんと、『美姫ナーベ』がランウェイを歩きます」
「おおお!」
会場の男性記者たちから、どよめきと歓声が上がった。
「さらに、我が国の至宝、麗しき戦闘メイドたちも、ランウェイを共にいたします」
ドワーフ国の高官までもが、髭の奥で頬を緩めているのが見て取れる。
その反応に気を良くしたのか、パンドラズ・アクターの右手が、無意識のうちにわずかに持ち上がった。しかし彼はハッと我に返り、その手を慌てて胸元へ戻した。
(まだだ、まだ早い……! この程度で崩れてどうする)
内心で己を叱咤しつつ、パンドラズ・アクターは咳払いを一つ挟み、続ける。
「さらに、経済の話も忘れてはなりません。『アインズマス記念貨幣』五千エン銀貨。そして夢を売る『アインズマス宝くじ』。富を循環させる陛下の御知略に、皆様もいずれ触れることになるでしょう」
淡々と、しかし着実に積み上げられていく発表の数々。
「さて――」
パンドラズ・アクターは、そこで一度、言葉を切った。
明かりが落ち、会場が薄闇に包まれる。
パンドラズ・アクターの声が、初めて、はっきりと熱を帯びた。
「祝祭の頂点は、当日ではございません。陛下は定義なされました。最も高揚感が高まる、12月24日の夜――」
再び一斉に照明が照らされる。
「この12月24日の夜を、『アインズマス・イブ』と!」
ザッ。片足が半歩、前へ踏み出される。
「アインズマス・イブ――その夜、ノヴァリアの空からは、白銀の雪が降り注ぐ! そして、陛下の御慈悲を託された『チャンタクロース』が、各地の子らの元へ、奇跡を届けるのです!」
バッ。両腕が大きく広げられる。
「そして……イブの夜、ノヴァリア王宮前広場では、カンデーズのスペシャル・ライブを開演いたします! カンデーズが新曲『アインズマス・イブ』を歌い上げ、皆様の心を震わせることでしょう!」
するとパンドラズ・アクターは、突然声を潜め、不気味なまでの含み笑いを漏らした。
「おや、いつものカンデーズのライブだと、そう思っておられるか?」
パンドラズ・アクターがさらに声を潜める。
「NZK41」
「――?!」
聞き取れなかった記者たちが身を乗り出すと、パンドラズ・アクターは声高に言った。
「聖なる数、41! その真の意味を知る時、皆さまは生涯忘れ得ぬ光景を、その目に焼き付けることになるでしょう!」
会見場には謎の期待感が渦を巻いた。誰もその「41」の意味を理解できない。しかし、その響きの中に、途方もない何かが眠っていることだけは直感していた。
(アインズ様……! この瞬間のために……この私は生まれてきたのやもしれません……!)
歓喜のあまり、パンドラズ・アクターの目の奥(穴の奥)に、熱いものが込み上げる。
しかし、ふと脳裏をよぎるのは、五日前の玉座の間での、あの一言だった。
――引き際は考えろよ。
(いかん。まだ耐えるのだ。最後の一撃は取っておかねば)
震える手を、パンドラズ・アクターはもう一度、辛うじて胸元へ戻す。
最後のスライドへ手を伸ばした。
「そして、当日――12月25日の夜。祝祭のフィナーレを飾るのは、『ノヴァリア蒼光パレード』。この街は、光の洪水に塗り替えられる!」
魔導国の記者が挙手し、震える声で訊いた。
「まさか、中央大通りでパレードをするおつもりですかっ」
そこへ他の記者たちも便乗した。
「そんなことをしたら、交通網が止まってしまいます」
「あまりに盛りだくさん過ぎではないでしょうか」
ついにパンドラズ・アクターのリミットが解除される。
ババッ! 軽やかにテーブルに飛び乗る。驚いた記者たちがのけぞった。
そしてグイッ! 右足を曲げ腰を落とし、ザシャッ! 右腕を胸元へ鋭く引き寄せ、左腕は斜め上方へ一直線に伸ばす、劇的な(ライトニング)ポーズを決めた。
弓を放つかのようなその指先は、まるで未来そのものを指し示すかのように、遥か彼方を射抜いた。
「アインズ様が全てやるとお決めになられたのだ! ドルト・ギプト・エス・ダス・ヴォルト・ウンモーグリヒ・ニヒト!(そこに不可能の文字などない!)」
シャ! 直立不動の姿勢に戻りカツーン! 踵を合わせる音が響いたかと思いきや、すぐさまザッ! 再び脚を開き、バサっ! 軍服コートをひるがえし、右手を真っ直ぐに――世界そのものを射抜くかのように一点へと突き出した(『ビシッ!と指差し立ち』を決めた)。
「12月25日、世界はアインズ・ウール・ゴウンという名の福音に、飲み込まれるであろうッ!!」
そして、指先を天へ向け、突きつける。
まるでこの言葉こそが、動かしようのない真実であると、世界に叩きつけるかのように――。
「メリィィィィィ・アインズマァァァスッ!!」
呆気にとられた会場に静寂が訪れる。
しかし、次の瞬間、割れんばかりの拍手が湧き起こった。
帝国の高官は青ざめた顔でペンを走らせ、聖王国の補佐官は先ほどの経済問答を忘れたかのように熱狂の輪に加わり、ドワーフの高官は「たまげたぁ……」と髭を震わせながら拍手を送っていた。
ビシっとドイツ式の敬礼を決めたパンドラズ・アクターは、満場の拍手を一身に浴びながら、会場を後にした。
(アインズ様が言われた引き際……正しくできただろうか……)
パンドラズ・アクターの不安をよそに、会場の熱狂は、留まるところを知らなかった。
◇ ◇ ◇
その夜、ノヴァリアの街角には、いつもより多くの人だかりができていた。
街頭テレビの前では、人々は口々に「アインズマス」の名を交わし合っている。
「十連休だってよ! 信じられるか!」
「王宮前広場でサプライズがあるらしいぞ」
「蒼光パレードって何? 絶対見に行くわ!」
「ブラッド買いに行かなきゃ!」
「アインズマス・チキン、美味しそう」
◇ ◇ ◇
その放送は、バハルス帝国皇帝、ジルクニフも観ていた。
執務室の机に突っ伏したジルクニフは、力なく呟いた。
「……もう、驚くことにも疲れた」
彼の胃は、もはや痛むことにさえ慣れきっていた。
ただ、確実に分かることが一つだけある。魔導国が定めたその日、世界中の富と人の心が、否応なくノヴァリアへと吸い寄せられていくのだ、ということだけは。
ローブル聖王国では、ネイア・バラハが、まるで聖なる啓示を受けたかのように、顔を輝かせていた。
「アインズ様の御慈悲は、まさに世界を照らす福音! また一つ、その御光が、この世界に満ちていくのです!」
その声には、揺るぎない確信と、信仰にも似た熱烈な歓喜が宿っていた。
ドワーフ国の職人たちは、好奇心を隠せずにいた。
「蒼光パレードとやら、うちの技術も一枚噛めんもんかね」
すでに次の商機を探り始めている者もいた。
三国三様の反応を乗せながら、「アインズマス」という名の巨大な奔流(ほんりゅう)は、その産声を上げたばかりだというのに、もはや誰にも止められぬ速度で、世界を飲み込み始めていた。
◇ ◇ ◇
ノヴァリア王宮。執務室。
アインズは、記者会見の生中継を、ただ呆然と見つめていた。
画面の中では、パンドラズ・アクターが劇的なポーズを決め、意味不明なドイツ語を絶叫し、会場の記者たちは熱狂の渦に包まれている。
(確かに自由にしていいとは言ったけどさぁ、テーブルに飛び乗るとか、いくらなんでもやりすぎだろ……)
隣に立つアルベドは、眉間に深い皺を寄せ、画面を凝視していた。
その表情は、困惑と、わずかな嫌悪感を滲ませている。
何も言わず、ただ沈黙を続けるアルベドが、アインズには恐ろしかった。
(何か言ってくれた方がまだ楽なんだけど……。黙っていられる方がずっと怖い……)
「あー、アルベド」
「はい、アインズ様」
「ご苦労だったな。皆それぞれが思い思いに考えた案を、よくぞここまでまとめてくれた」
「もったいないお言葉。ありがとうございます」
アインズは逡巡した後、続けた。
「……アルベド。あの時と、同じ場所へ……行ってみないか」
「同じ場所……でございますか?」
「うむ。新天地開拓プロジェクトが始まる前、二人で『瓦礫の大地』へ行ったであろう」
「あの時の、アインズ様との『デート』でごさいますねっ」
「そ、そうだ。そこは今や輝く新天地だ。その輝きは、間もなく最高潮になるだろう」
アインズは目を泳がせながら、言葉を紡いだ。
「イブの夜に、二人で上空から眺めて見る、というのはどうかな」
バサリ! アインズからのイブの「デート」の誘いに、アルベドの腰の翼が直立した。
しかし、暴走することはなかった。
翼がゆっくりと下がっていく。金色の瞳が揺らぎ、一筋の涙が頬を伝う。
「ど、どうしたのだ、アルベド」
「……っ……ぁ……」
次々と涙が溢れ出し、言葉が出ない。
「何か悪いことでも言ったか。ならば取り下げるが……」
「……そうではございません。……嬉しい……たまらなく、嬉しいのです……」
アルベドはそっと涙を拭った。
「楽しみにしております」
涙に濡れたその微笑みは、見る者の心を震わせるほどに、美しかった。
「約束ですよ、モモンガ様」