魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Phase9-14 名も無き民が抱く蒼い予感

11月初旬――。

 

ミーラは、市場の屋台の隅で、いつものように野菜を並べていた。

 

ミーラは生まれも育ちもエ・ランテルだった。かつては、リ・エスティーゼ王国の首都として栄えていたあの街も、魔導国による統治が始まってからというもの、目まぐるしく姿を変えていった。

 

初めて号外が配られたあの日のことを、今でもたまに思い出す。幼いトトの手を引き、震える手で「学校」「水道」という文字を追った、あの日のことを。

正直、恐ろしくないと言えば嘘になる。王国を滅ぼした絶対者が、本当に理想郷など建設するのか――固唾を飲んで見守っていた。

 

だが、蓋を開けてみれば――。

 

新首都ノヴァリアが建設されるや、エ・ランテルの住民の多くが、その輝かしい街へと移り住んでいった。ミーラたち親子も、その波に乗った一人だった。

 

そこには、水道があった。学校があった。安全があった。交通網があった。

広く綺麗な家。ゴミ一つ落ちていない清潔な街並み。

かつては考えられなかった暮らしが、当たり前のようにそこにあった。

 

「母ちゃん! 母ちゃん、見て!」

息子のトトが、学校帰りに、息を切らして駆け込んできた。

手には、一枚の紙が握られている。

「なあに、そんなに慌てて」

「これ! プレゼント引換券だって!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

トトが誇らしげに掲げたそれには、金色の縁取りと共に、こう記されていた。

 

――――――――――――――――――――――――――

《 アインズマス・プレゼント 引換券 》

 

アインズマス・イブ(12月24日の夜)に、

チャンタクロースが子どもたちのために、各公園へプレゼントを届けます。

お近くの公園に、この引換券をお持ちください。

 

※ 公園に待機しているノヴァリアの職員に、この引換券を渡してくださいね。

――――――――――――――――――――――――――

 

「先生が言ってた! イブの夜に、空からチャンタクロースが来て、プレゼントをくれるんだって!」

 

ミーラは、そっと目を細めた。

(この子は、王国が燃えた日のことを知らない)

それだけで、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

その時、頭上を、巨大な影が横切った。

見上げると、白い骨でできた、途方もなく大きな鳥の姿がある。

「あ、また飛んでる!」

トトが目を輝かせて指差した。

「あれがボーン・アルバトロス・エアラインってやつ?」

「そうみたいね……」

 

一週間前から、あの巨鳥――飛行船は、この市場の上空を定期的に飛ぶようになった。今やすっかり魔導国の食卓に定着した鶏肉が、隣国へも輸出されるようになったらしい。泡立つ黄金色の葡萄酒が、ノヴァリアの市場にも次々と並び始めている。

 

「アインズマス・チキン、入荷したよぉ! 今だけの特別価格だよぉ!」

精肉店の主人が声を張り上げる声が、市場に響いていた。

 

ミーラは、精肉店を覗いてみた。

「おいくらかしら、アインズマス・チキン」

「モモン様、一枚!」

「ニ千エンもするの?! ……贅沢、かしらね」

「いいじゃないか」

女主人が、笑いながら口を挟んだ。

「一年に一度くらい。それに、ほら」

彼女は、見慣れない銀色の硬貨を取り出した。

「アインズマス記念貨幣。うちの人が並んで手に入れてきたのよ。使うんじゃなくて、家に飾っておくんだって」

「まあ」

「あと、これも」

女主人は、色鮮やかな券をひらひらと振ってみせる。

「アインズマス宝くじ。当たったら、新しい自動車でも買おうかって、うちの人ったら毎晩それだけが楽しみでねぇ」

 

ミーラは、小さく笑った。

どこもかしこも、同じような話で持ちきりだった。

 

◇ ◇ ◇

 

夜。テレビからは、今日もあの曲――『アインズマス・イブ』が流れていた。

 

窓辺に灯る 街の明かりが 静かに揺れる

会えない夜も 悪くはないと 自分に言い聞かせて

Ainzmas night, holy night すこし遅れて 街に降る雪

Ainzmas night, holy night 届くといいな この祈りが

 

カンデーズの三人が、しっとりとした旋律に乗せて歌う姿が、画面いっぱいに映し出されている。これまでの明るい曲調とは違う、どこか切なさを帯びたメロディー。それでいて、一度聞けば耳から離れない、不思議な中毒性があった。

 

「またこの歌だ」

トトが、夕食のスプーンを咥えたまま、画面を見つめている。

「毎日流れてるね」

「そうねぇ……」

 

ミーラも、いつの間にか、口ずさめるようになっていた。

歌詞の意味は、正直よく分からない。けれど、その歌声を聞くたびに、なぜか胸の奥が、きゅっと締め付けられるような気がした。

 

番組がニュースに切り替わる。

アナウンサーの声が、興奮気味に響いた。

「ノヴァリア百貨店より、全支店にて『アインズマス・セール』が開始されました」

画面いっぱいに、色とりどりの飾り付けが施された百貨店の外観と、開店と同時に押し寄せる客たちの映像が映し出された。

「わあ……」

ミーラは、思わず声を漏らした。

どの階も、天井から吊るされた青白いガラス飾りと、金の紐で彩られている。

子供向けの玩具売り場には、すでに長い行列ができていた。

「今年は、玩具コーナーの目玉商品として、動く骨のドラゴンのおもちゃが登場!」

画面の中でリポーターが、はしゃいだ様子でおもちゃを掲げてみせる。

 

「あ、あれ知ってる!」

トトが画面を指差した。

「クラスのみんなが、あのドラゴンのおもちゃ欲しいって言ってた!」

「そうなの?」

ミーラは苦笑しながら、値札のあたりに視線を走らせる。少し値は張りそうだが、それでも――。

「今年は、買ってあげてもいいかしら……」

トトの目が、期待に輝いた。

「ほんと!?」

「約束はできないけどね」

 

――あと、48日。

指折り数えるまでもなく、街のあちこちに掲げられたカウントダウンの看板が、それを教えてくれる。

ミーラは、トトの頭を優しく撫でながら、ふと、王国が滅びたあの日のことを思い返した。

あの日、誰もが、次は自分たちの番かもしれないと思った。けれど――。

 

「トト」

「なあに?」

「今年のアインズマス、楽しみね」

「うん!」

トトは、満面の笑みで頷いた。

 

窓の外には青白い光が灯る。

祝祭の足音は、この名も無き親子の元にも、確かに近づいていた。

 

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