魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Phase9-15 国堕としが見た蒼と黄金の幻影

「――というわけで、少し暇をもらう。数日で戻る」

イビルアイは、他の四人へそう告げた。

 

ラキュースが片眉を上げる。

「珍しいわね。休暇を取るなんて」

「……たまにはいいだろう」

イビルアイが視線をそらしながら答えた。

「まあ、いいけど……。それで? どこに行くの?」

「……ほ、北西の方だ」

言葉を濁すイビルアイに、ティアが横目で言った。

「あー、はいはい」

「なんだ、その目は」

「別に」

 

イビルアイは、それ以上は何も言わず、軽く手を振ると、転移の光の中へ姿を消した。

 

見送ったティナが、小さく肩をすくめる。

「相変わらず、分かりやすい」

「忘れられないんだろ。『モモン様ぁ』のことがよ」

ガガーランが「ふっ」と苦笑した。

 

◇ ◇ ◇

 

幾度もの転移を経て、イビルアイは、北西の空の下にたどり着いた。

(……ここ、だよな)

かつて拠点としていたリ・エスティーゼ王国。

イビルアイの記憶にあるのは、魔導国の圧倒的な軍勢が押し寄せる、その直前の光景だった。

あれから、王国は間違いなく灰と化しただろう。誰一人生き残ってなどいまい。

 

(別に、モモン様に会えるなんて期待してない。ただの気まぐれだ。ただの……)

そう自分に言い聞かせながら、イビルアイは眼下に広がる光景へ視線を向けた。

「――は?」

 

イビルアイの動きが、完全に止まった。

すでに時刻は夕暮れ。真っ暗闇の瓦礫の大地を予想していた場所――。

しかし、そこにあったのは――青白い光を纏う、途方もない規模の都市だった。

(なんだ、これは……)

尖塔が空を突き刺し、街全体が、まるで発光する宝石でも敷き詰めたかのように輝いている。

(転移先を間違えた……いや、そんなはずはない)

 

動揺するイビルアイの視線は、忙しなく都市の輪郭を追い続けた。

(……地上に降りて確かめる、しかないな)

 

イビルアイは、フードを目深に被り直すと、その都市――ノヴァリアへと足を踏み入れた。

 

◇ ◇ ◇

 

大通りに降り立った瞬間、イビルアイは早くも立ち尽くした。

(なぜ瓦礫になっていない。なぜ灰になっていない。なぜ人がいる。なぜ建造物がある。なぜ光っている。なぜ、なぜ……)

目まいが襲う。そこへ――。

(な……、なんだ、あれは……)

地を這うように滑らかに走る、奇妙な箱型の乗り物。馬が引いているわけではない。それが、猛烈な速度で次々と行き交っている。

(魔法……? いや、違う……。そんな気配はない……)

得体の知れなさに、思わず一歩後ずさる。

 

歩みを進めると、すぐに広場に出た。そこに集う多くの民衆が、一様に、ある一点を見上げている。

イビルアイもつられて視線を上げた瞬間、背筋が凍りついた。

光る板の中で、三人の少女が動いていた。彼女たちは輝く衣装を纏い、歌い踊っている。

しかも、それは絵でも人形でもなく、明らかに生きて動いていた。

(なんだ、あれは……。あの子たち、板の中に……閉じ込められてる……?)

イビルアイは肩を震わせた。

(まさか、生贄……?)

しかし、周囲の民衆は、まるで日常の一部であるかのようにそれを眺めている。誰も助けを求めていない。

(……どういうことだ……。まったく理解できん……)

 

光る板の中からは、三人の少女が歌う切ないメロディーが聴こえてくる。

ふと、歌の歌詞が耳に入ってきた。

 

『会えない夜も 悪くはないと 自分に言い聞かせて』

 

(……っ! ま、まるで、今の私じゃないかぁっ!)

 

『届くといいな この祈りが』

 

(……あぁ、会いたい。モモン様ぁ……)

胸の前で両手を組み、切ない乙女心を爆発させているイビルアイの横で、

「今どこ? ……え、なんだよ、まだ家かよ」

独り言を言ってる人がいる。それは一人や二人ではない。

「無事に納品完了しました。今日はこれで直帰します」

独り言を言いながら歩く人たち。

(なんだ、こいつらは……なぜみんな独り言を……そうか、魔法か。<メッセージ>を使っている……こんなにも大勢の人が? ……そんなわけがない)

 

トボトボと歩き出したイビルアイの横を、巨大な影が近づいた。

「……っ!」

反射的に、イビルアイが臨戦態勢に入る。

見上げた先にいたのは、巨大な獣。

(こっ、これはっ……まさか、ソウルイーター?!)

 

 

【挿絵表示】

 

 

一体で小国家を滅ぼすと謳われる、伝説級の魔獣。

しかし、イビルアイの実力であれば後れを取ることはない。

すぐさま第四位階魔法の詠唱に入る。

 

<クリスタルラン……>

 

その時――奇妙な光景が目に入った。

その伝説の魔獣は、巨大な箱型の乗り物を、悠然と牽引していた。乗り物の中には、何十人もの人たちが、ごく当たり前のように座っている。停留所らしき場所では、老婆が杖をつきながら、その魔獣の足元へ吞気に近寄っていく。

 

「……は?」

詠唱の途中で、思わず呆けた声が出た。

 

ふと見上げると、空中を通る道にも数頭のソウルイーターが、長く連なる箱型の乗り物を牽引して走っている。その先に目をやると、青白く輝く巨大な建造物。そこへ、空中を走るソウルイーターが、地上を歩く人々が、次々と吸い込まれては、出てくる。

そんな人々に混じり、ネザー・ハウンド(冥府の猟犬)が歩いている。ネザー・ハウンドに食べられたものは冥府へと送られ、二度と戻ることはない。この街は化け物だらけだ。しかし、誰も恐れていない。母親に連れられた少女が、デス・ナイトに手を振っている。

 

(あれはなんだ。それはなんだ。これはなんだ。いったい何がどうなっているのだ……!)

 

呆然と立ち尽くしていたそのとき、

通り過ぎた若い男女から漏れ聞こえてきた声……

「――モモン――枚しかな――」

「……!!」

イビルアイは脱兎のごとくその声の主を追いかけ、腕を掴んで力任せに揺さぶった。

「モモン様がっ、モモン様がここにいるのかっ?!」

「うわぁっ!」

いきなりイビルアイに腕を掴まれた男性が驚き、手にしていた財布を落とした。

「ちょっと、なにするのよ!」一緒にいた女性があわてて財布を拾い上げる。

「教えてくれ! モモン様はどこにいるんだ!」

「なにこの子、モモン様はどこって……物乞い? ねぇ、もう行きましょう」

「あ、ああ。行こう」

「ああぁっ、待ってくれぇぇーっ!」

 

イビルアイは、力なく項垂れた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

◇ ◇ ◇

 

イビルアイは、ノヴァリアの街をなおも彷徨い続けた。

モモンに会えるわけもなく、彷徨い続けるほどに混乱が大きくなっていく。

 

(疲れた……頭がおかしくなりそうだ。今夜はこの街に一泊しよう……)

 

その時、広い大通りにそびえ立つ、ひときわ輝く建造物が目に入った。

――ノヴァリア・グランド・プラザ。

(これは……王宮? こんな美しい王宮は見たことがない……)

玄関と思われる入口は非常に高く、イビルアイの背丈の3倍はありそうだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

呆然と見上げていると、ドアマンが歩み寄ってきた。

「ご宿泊でございますか?」

「あ、ああ。ここは宿なのか」

「はい、そうでございます」

「一泊したいのだが」

「こちらへどうぞ」

 

中へ通されると……すぐに足が止まる。

高い天井。磨き抜かれた美しい大理石の床。青白く輝く壁。

(……これが……宿……?)

イビルアイが凍りついたように立っていると、コンシェルジュが笑顔で出迎えた。

「こちらへお座りになってお待ちください」

わけも分からぬままソファ席に案内されると、すぐにウェルカムドリンクが運ばれてきた。

(私は飲み物なんて注文してないぞ。この宿、いったいいくらかかるんだ……)

 

スタッフがチェックイン手続きにやって来るや、不安が渦巻いていたイビルアイは、

「ちょっと待て」

右手を前へ突き出し、スタッフが説明を始めようとするのをとめた。

「この宿の宿泊代はいくらだ」

「一泊、10万エンでございます」

「は? 10万……エン?」

「はい」

「エンとはなんだ」

「バハルス帝国からお越しの方でしたか。当ホテルでは、ダラでのお支払いは……」

イビルアイは大声でスタッフの話を遮った。

「バハルス帝国ぅ? なぜそこでバハルス帝国が出てくる?! 何を言っているのかさっぱりわからん! 私は金貨と銀貨しか持っていない!」

「申しわけございません。当ホテルでのお支払いは、エンのみとなっております」

「だから、エンとはなんなのだぁー!」

 

ついに耐えられなくなったイビルアイは、転移の魔法を唱え……消えた。

 

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