魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
「――というわけで、少し暇をもらう。数日で戻る」
イビルアイは、他の四人へそう告げた。
ラキュースが片眉を上げる。
「珍しいわね。休暇を取るなんて」
「……たまにはいいだろう」
イビルアイが視線をそらしながら答えた。
「まあ、いいけど……。それで? どこに行くの?」
「……ほ、北西の方だ」
言葉を濁すイビルアイに、ティアが横目で言った。
「あー、はいはい」
「なんだ、その目は」
「別に」
イビルアイは、それ以上は何も言わず、軽く手を振ると、転移の光の中へ姿を消した。
見送ったティナが、小さく肩をすくめる。
「相変わらず、分かりやすい」
「忘れられないんだろ。『モモン様ぁ』のことがよ」
ガガーランが「ふっ」と苦笑した。
◇ ◇ ◇
幾度もの転移を経て、イビルアイは、北西の空の下にたどり着いた。
(……ここ、だよな)
かつて拠点としていたリ・エスティーゼ王国。
イビルアイの記憶にあるのは、魔導国の圧倒的な軍勢が押し寄せる、その直前の光景だった。
あれから、王国は間違いなく灰と化しただろう。誰一人生き残ってなどいまい。
(別に、モモン様に会えるなんて期待してない。ただの気まぐれだ。ただの……)
そう自分に言い聞かせながら、イビルアイは眼下に広がる光景へ視線を向けた。
「――は?」
イビルアイの動きが、完全に止まった。
すでに時刻は夕暮れ。真っ暗闇の瓦礫の大地を予想していた場所――。
しかし、そこにあったのは――青白い光を纏う、途方もない規模の都市だった。
(なんだ、これは……)
尖塔が空を突き刺し、街全体が、まるで発光する宝石でも敷き詰めたかのように輝いている。
(転移先を間違えた……いや、そんなはずはない)
動揺するイビルアイの視線は、忙しなく都市の輪郭を追い続けた。
(……地上に降りて確かめる、しかないな)
イビルアイは、フードを目深に被り直すと、その都市――ノヴァリアへと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
大通りに降り立った瞬間、イビルアイは早くも立ち尽くした。
(なぜ瓦礫になっていない。なぜ灰になっていない。なぜ人がいる。なぜ建造物がある。なぜ光っている。なぜ、なぜ……)
目まいが襲う。そこへ――。
(な……、なんだ、あれは……)
地を這うように滑らかに走る、奇妙な箱型の乗り物。馬が引いているわけではない。それが、猛烈な速度で次々と行き交っている。
(魔法……? いや、違う……。そんな気配はない……)
得体の知れなさに、思わず一歩後ずさる。
歩みを進めると、すぐに広場に出た。そこに集う多くの民衆が、一様に、ある一点を見上げている。
イビルアイもつられて視線を上げた瞬間、背筋が凍りついた。
光る板の中で、三人の少女が動いていた。彼女たちは輝く衣装を纏い、歌い踊っている。
しかも、それは絵でも人形でもなく、明らかに生きて動いていた。
(なんだ、あれは……。あの子たち、板の中に……閉じ込められてる……?)
イビルアイは肩を震わせた。
(まさか、生贄……?)
しかし、周囲の民衆は、まるで日常の一部であるかのようにそれを眺めている。誰も助けを求めていない。
(……どういうことだ……。まったく理解できん……)
光る板の中からは、三人の少女が歌う切ないメロディーが聴こえてくる。
ふと、歌の歌詞が耳に入ってきた。
『会えない夜も 悪くはないと 自分に言い聞かせて』
(……っ! ま、まるで、今の私じゃないかぁっ!)
『届くといいな この祈りが』
(……あぁ、会いたい。モモン様ぁ……)
胸の前で両手を組み、切ない乙女心を爆発させているイビルアイの横で、
「今どこ? ……え、なんだよ、まだ家かよ」
独り言を言ってる人がいる。それは一人や二人ではない。
「無事に納品完了しました。今日はこれで直帰します」
独り言を言いながら歩く人たち。
(なんだ、こいつらは……なぜみんな独り言を……そうか、魔法か。<メッセージ>を使っている……こんなにも大勢の人が? ……そんなわけがない)
トボトボと歩き出したイビルアイの横を、巨大な影が近づいた。
「……っ!」
反射的に、イビルアイが臨戦態勢に入る。
見上げた先にいたのは、巨大な獣。
(こっ、これはっ……まさか、ソウルイーター?!)
一体で小国家を滅ぼすと謳われる、伝説級の魔獣。
しかし、イビルアイの実力であれば後れを取ることはない。
すぐさま第四位階魔法の詠唱に入る。
<クリスタルラン……>
その時――奇妙な光景が目に入った。
その伝説の魔獣は、巨大な箱型の乗り物を、悠然と牽引していた。乗り物の中には、何十人もの人たちが、ごく当たり前のように座っている。停留所らしき場所では、老婆が杖をつきながら、その魔獣の足元へ吞気に近寄っていく。
「……は?」
詠唱の途中で、思わず呆けた声が出た。
ふと見上げると、空中を通る道にも数頭のソウルイーターが、長く連なる箱型の乗り物を牽引して走っている。その先に目をやると、青白く輝く巨大な建造物。そこへ、空中を走るソウルイーターが、地上を歩く人々が、次々と吸い込まれては、出てくる。
そんな人々に混じり、ネザー・ハウンド(冥府の猟犬)が歩いている。ネザー・ハウンドに食べられたものは冥府へと送られ、二度と戻ることはない。この街は化け物だらけだ。しかし、誰も恐れていない。母親に連れられた少女が、デス・ナイトに手を振っている。
(あれはなんだ。それはなんだ。これはなんだ。いったい何がどうなっているのだ……!)
呆然と立ち尽くしていたそのとき、
通り過ぎた若い男女から漏れ聞こえてきた声……
「――モモン――枚しかな――」
「……!!」
イビルアイは脱兎のごとくその声の主を追いかけ、腕を掴んで力任せに揺さぶった。
「モモン様がっ、モモン様がここにいるのかっ?!」
「うわぁっ!」
いきなりイビルアイに腕を掴まれた男性が驚き、手にしていた財布を落とした。
「ちょっと、なにするのよ!」一緒にいた女性があわてて財布を拾い上げる。
「教えてくれ! モモン様はどこにいるんだ!」
「なにこの子、モモン様はどこって……物乞い? ねぇ、もう行きましょう」
「あ、ああ。行こう」
「ああぁっ、待ってくれぇぇーっ!」
イビルアイは、力なく項垂れた。
◇ ◇ ◇
イビルアイは、ノヴァリアの街をなおも彷徨い続けた。
モモンに会えるわけもなく、彷徨い続けるほどに混乱が大きくなっていく。
(疲れた……頭がおかしくなりそうだ。今夜はこの街に一泊しよう……)
その時、広い大通りにそびえ立つ、ひときわ輝く建造物が目に入った。
――ノヴァリア・グランド・プラザ。
(これは……王宮? こんな美しい王宮は見たことがない……)
玄関と思われる入口は非常に高く、イビルアイの背丈の3倍はありそうだ。
呆然と見上げていると、ドアマンが歩み寄ってきた。
「ご宿泊でございますか?」
「あ、ああ。ここは宿なのか」
「はい、そうでございます」
「一泊したいのだが」
「こちらへどうぞ」
中へ通されると……すぐに足が止まる。
高い天井。磨き抜かれた美しい大理石の床。青白く輝く壁。
(……これが……宿……?)
イビルアイが凍りついたように立っていると、コンシェルジュが笑顔で出迎えた。
「こちらへお座りになってお待ちください」
わけも分からぬままソファ席に案内されると、すぐにウェルカムドリンクが運ばれてきた。
(私は飲み物なんて注文してないぞ。この宿、いったいいくらかかるんだ……)
スタッフがチェックイン手続きにやって来るや、不安が渦巻いていたイビルアイは、
「ちょっと待て」
右手を前へ突き出し、スタッフが説明を始めようとするのをとめた。
「この宿の宿泊代はいくらだ」
「一泊、10万エンでございます」
「は? 10万……エン?」
「はい」
「エンとはなんだ」
「バハルス帝国からお越しの方でしたか。当ホテルでは、ダラでのお支払いは……」
イビルアイは大声でスタッフの話を遮った。
「バハルス帝国ぅ? なぜそこでバハルス帝国が出てくる?! 何を言っているのかさっぱりわからん! 私は金貨と銀貨しか持っていない!」
「申しわけございません。当ホテルでのお支払いは、エンのみとなっております」
「だから、エンとはなんなのだぁー!」
ついに耐えられなくなったイビルアイは、転移の魔法を唱え……消えた。