魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
この節はファッションショーの話になっています。
しかし、私には衣装やファッション等に関する知識は、こっぱみじんもありません。
(自慢ですが、私は普段から「しまむら」と「サンキ」しか着ません。私にとって「ユニクロ」は高級ブランドです。服を買うのは数年に一度あるかないか。穴が空いた? 破けた? その程度なら堂々と着続けます。堂々と着ていれば、きっとそういうデザインの服なんだろう――人はそう思うものです。たぶん。きっと。もしかしたらワンチャン)
そんなわけですので、衣装のデザインは、AIに考えさせました。
つまり、この節に登場する衣装のデザインは、私のアイデアではありません。
また、実際のファッションショーがどういうものなのかも、私はまったく知りません。
以上をご理解いただいた上で、それでもよろしければお読みください。
11月中旬――。
新首都ノヴァリア。白亜の魔導ゴシック建築が立ち並ぶ一角に、その建物は姿を現した。
――ブラッド・メゾン。
「ブラッド」が、自らの世界観を体現するためだけに建設した特設ホールである。
開演一時間前だというのに、建物の前にはすでに長蛇の列ができている。
仕立て屋見習いのフィーネは、胸元で招待状を握り締めながら、その列へ並んでいた。
隣には同じ工房で働く友人。
並んでいるのは魔導国の市民だけではない。
バハルス帝国の豪商。ローブル聖王国の貴族。ドワーフ国の装飾職人。
誰もが、この日だけは身分を忘れ、一人の観客として列へ加わっていた。
「……緊張するね」
友人が小さく呟く。
フィーネは小さく頷いた。
「うん……」
そう答えながらも、視線は自然と建物――ブラッド・メゾンへ向く。
巨大な窓。磨き上げられた白大理石。均一に並ぶ魔導照明。
その全てが、「ここから先は別世界だ」と語りかけているようだった。
やがて扉が開かれ、観客たちは静かに館内へ吸い込まれていった。
ホールへ足を踏み入れた瞬間、フィーネは思わず息を呑んだ。
そこは紅と蒼、二色だけで構成された空間だった。
天井からは、夜空を逆さに閉じ込めたかのような巨大なシャンデリアが幾重にも吊るされ、青白い光を放っている。壁面や柱には、淡く発光する無数のルーンが縦横に刻まれ、その光が白亜の建築を静かに照らし出していた。
床一面には深紅の絨毯が敷き詰められている。ランウェイの先は深い闇に包まれ、その奥へ続く入口だけを、一筋のスポットライトが静かに照らしていた。
正面には、大きく掲げられた文字。
『アインズマス・コレクション』
開演まで、あと僅か。数千人の観客が、闇の向こうから最初の作品が姿を現す、その一瞬を待っていた。
客席へ腰を下ろす。
フィーネは、まだショーが始まってもいないというのに、自分の胸が高鳴っていることに気付いた。
◇ ◇ ◇
ランウェイの奥。闇に包まれた舞台裏。
「皆、準備はいいでありんすね!」
最終チェックを終えたシャルティアが声を張る。
その衣装、表情、すべてが気品に満ちていたが、赤い瞳には隠しきれない緊張と熱が宿っていた。
「ブラッドの……ナザリックの威信をかけ、至高の美をお見せするでありんす」
ユリが眼鏡の位置を静かに直しながら言った。
「ご安心ください、シャルティア様。姿勢、歩幅、衣装の揺らし方まで、すべて完璧に叩き込んであります」
「そうっすよー。観客を全員失神させる勢いで歩いてくるっす」
いつもの軽い調子で言うルプスレギナに、ソリュシャンが顔を向けて言った。
「アインズ様の名を冠するショーで、不手際は許されないわよ」
「う。わかってるっす」
そんな様子を冷酷な視線で見つめていたナーベラルの肩を、シズがちょんと触った。
「……可愛い。100点」
「あ、ありがとう……。ちょっと! シールを貼るのやめて!」
シャルティアが静かに手を挙げ、舞台裏のスタッフへ合図を送った。
「ナーベラル、シズ。先陣を任せたでありんす」
「お任せください」
「……ん」
シズが小さく親指を立てた。
◇ ◇ ◇
やがて場内が暗転する。
喧騒が嘘のように消えた。
そして、一本の蒼い光が、ランウェイを真っ直ぐに貫いた。
アナウンスが響き渡る。
「これより、ブラッドが贈る一年に一度の祝宴――『アインズマス・コレクション』を開演いたします」
静かで荘厳な音楽がホール全体へ流れ始める。
「最初に皆様へお届けする作品は――『サイレント・スノウ』、静寂の冬です」
ランウェイの奥から、美姫ナーベとシズが姿を現す。
二人が纏うのは、冬空を思わせる蒼を基調としたロングコートドレス。
肩から胸元にかけては滑らかな白銀の毛皮があしらわれ、裾へ向かって幾重にも重なる生地は、歩くたびに雪煙のような揺らぎを生み出していた。
厚みはある。それでいて重たさを感じさせない。
柔らかく、温かそうで、そして、気高い。
フィーネの頭に浮かんだのは、12月の雪が舞う中央公園、青白く輝く街並み――その中を、この服を着て歩く自分の姿だった。
技術がどうとか、縫製(ほうせい)がどうとか、そんなことは、もうどうでもよかった。
ただ、美しかった。そして、自分も着てみたい。それだけだった。
隣の友人も、同じように見惚れている。
「暖かそうなのに、あんなに綺麗……」
「しかも重そうに見えない」
「歩くだけで雪みたい……」
二人がランウェイを去ると、会場は自然と大きな拍手に包まれた。
◇ ◇ ◇
蒼の静謐(せいひつ)は終わりを告げ、照明が赤みを帯び始める。
打楽器を主体とした重いリズムが空気を震わせる。
「次は三作品を続けてご覧いただきます。一作品目は――『ウィンター・フェスティバル』、祝祭の冬です」
軽やかにランウェイに躍り出たルプスレギナが纏うのは、鮮やかな紅と純白を組み合わせたウールドレス。
暖かなケープが肩を包み、歩くたびにスカートがふわりと揺れる。
冬服でありながら軽快。祝祭へ飛び出したくなるような一着だった。
「続きまして――『クリムゾン・エレガンス』、成熟した冬です」
ソリュシャンが纏う深紅のロングドレスは、身体の線を美しく見せながらも、肩から腕にかけては繊細なレースのショールが重ねられ、冬の夜風さえ優雅さへ変えてしまうような気品を漂わせている。
彼女が静かに歩くだけで、会場中の空気まで妖艶に染まっていくようだった。
そしてこのパートを締めくくる最後の一作――
「『ミッドナイト・コクーン』、幻想の冬です」
エントマが姿を現す。
黒を基調としたロングコートは、昆虫の翅(はね)を思わせる独特の意匠を持ちながらも、首元には深紅のマフラーが巻かれ、冷たい冬と不思議な温かさが同居している。
異質――しかし美しい。
恐ろしいほど個性的なのに、不思議と祝祭の街並みに溶け込む姿が想像できた。
フィーネは気付く。
(誰一人、同じ服じゃない。でも全部……ブラッドだ)
誰もが自分に合う一着を探してしまう。
それこそが、「ブラッド」という名の魔法だった。
◇ ◇ ◇
やがて、場内が再び静まり返る。
重厚な弦楽器の旋律が流れ始めた。
先ほどまでの高揚とは違う。空気そのものが引き締まっていく。
「続いてお贈りいたしますのは――『ロイヤル・ブリザード』、威厳ある冬です」
客席から自然と息を呑む音が漏れた。
ユリが堂々とした歩みでランウェイへ姿を現す。
彼女が纏うのは、深紅を基調としたロングコートドレス。
襟元には純白の毛皮。袖口には銀糸で雪の結晶が刺繍され、長いマントが静かに揺れるたび、青白い照明を受けて淡く輝いた。
豪華なのに、決して華美ではない。温かそうなのに、重苦しくもない。
その美しさは、可憐でも妖艶でもない。安心感だった。
この服を着れば、冬の街を堂々と歩ける。そんな不思議な説得力があった。
そして――すべての照明が落ちる。
静寂――。誰一人として咳払いさえしない。
誰もが、この瞬間を待っていた。
◇ ◇ ◇
ランウェイの奥。
暗闇の中、一人の少女が静かに立っていた。
彼女は静かに自分の胸に手を当てる。
(皆、頑張ったでありんす)
一人ひとりが、自分だけの美しさを見せていた。
(ならば最後は……わたくしが締めるでありんす)
この日のために何度も衣装合わせを行った。何度も歩き方を確認した。
この一歩で、このショーは完成する。
「……参るでありんす」
紅いスポットライトが灯る。
そして――シャルティア・ブラッドフォールンが姿を現した。
「……っ」「は…ぁ……」
声にならない感嘆が、波のように客席を駆け抜けた。
ただ圧倒され、熱を帯びた吐息が、会場全体を包み込む。
シャルティアが纏う深紅のロングコートドレスには、白銀の毛皮が優雅に重ねられ、裾へ向かって青白い雪の結晶が刺繍されている。
まるで冬そのものを祝福するために生まれた衣装だった。
銀色に輝く艶やかな髪。白磁(はくじ)のような肌。紅い瞳。
そのすべてが、一着のドレスによって完成されている。
フィーネは、息をすることさえ忘れていた。
胸へ手を当てた。涙が込み上げてくる。自分でも理由が分からない。
服を見て泣いたことなど、一度もない。それなのに――。
(私も……アインズマスには……あの世界の一部になりたい)
シャルティアがランウェイの先端で立ち止まり、小さく微笑んだ。
会場は割れんばかりの拍手に包まれる。
誰も席を立たない。誰も帰ろうとしない。
拍手はいつまでも鳴り止まなかった。
◇ ◇ ◇
ショーが終わり、観客たちがロビーへ出ると、
「アインズマス・コレクション、ご予約受付はこちらです!」
スタッフの声が響いていた。
フィーネは思わず足を止める。
視線の先には、予約受付のカウンター。
すでに長い列ができ始めていた。
誰一人として値札を見ていない。ただ、ブラッドを予約したい――その思いだけで列へ並んでいく。
「……行こう」
友人が小さく言う。
フィーネは頷いた。迷いはなかった。列の最後尾へ並ぶ。
昨日までの自分なら、決してしなかった行動だ。
給金、生活――そんなことを考えれば、簡単に手を出せる買い物ではない。
それでも、アインズマス・イブの夜、青白い光に包まれたノヴァリアを歩く自分を想像すると、もう列から離れることはできなかった。
服を買うためではない。祝祭へ参加するためだ。
その夜、ブラッド・メゾンを後にした人々は、皆どこか晴れやかな表情を浮かべていた。
彼らが予約したのは、一着のドレスやコートではない。
アインズマスという特別な日を、自らも彩るための約束だった。
この日を境に、女性たちの話題は一つになる。
「今年のアインズマス、何を着る?」
その問いが、街角で、職場で、家庭で交わされるようになる。
そして、その日から、人々は祝祭を「待つ」のではなく、「身に纏う」ようになった。